小さな一歩
冬に二十歳を迎えた私は担当医を信用できなくなって通院するのを辞めてしまい、気づけばそのまま夏を迎えようとしていた。私はまだバイトを探している。そんな時、近所に新しいピザ屋がオープンしたとのことで人を募集していると、バイトを探しているネットサイトに書かれていた。少し前にも同じことが書かれていたので応募したのだが、電話に出るのが怖くて面接の予定を取り付けることができなかった。もう一度応募するのは気が引けたが、家も近く条件も悪くない。そして、ピザを作る人だけでなく、配達する人も募集していたので、私はそちらで応募してみることにした。
応募したピザ屋からの電話は意外にも早かった記憶がある。そして、一週間ほど時間を貰い、履歴書やら証明写真やらを準備した。久しぶり。いや、もしかしたら初めてだったかもしれない。ともかくその履歴書は、何度も間違えては新しく書き直して出来上がった一枚だった。何枚書き間違えたのかはもう覚えていないが、多分コンビニで売っているようなものを二袋程使った気がしている。その出来上がったものに写真を貼り、同封されている封筒に入れて当日持って行った。
正直な話、当日はどんな質問をされたのか覚えていない。頑張って病気のことを話さないようにしていた気がするが、そのことすら覚えていない。今までしてきた仕事の話や、運転手としての技能テストを受けた。そしてそのまま面接を終え、二、三日程で返事を貰えることになった。家に帰ってから母に色々と聞かれたが、返事もそこそこに布団に身体を預けた。
「……疲れた」
自分なりに頑張ってこぎつけた面接。これがダメになってしまったら、また父に激励と言う名の暴言を言われるかもしれない。受かったとしても、誰かと比べられるかもしれない。もうそんな話は聞きたくないと、そう思いながら布団を被って引きこもった。
次に目を覚ました時には、辺りは既にもう真っ暗になっていたと思う。こんな状態でもお腹は空くので、ご飯を食べるためにリビングに行くために引き戸を開けると、仕事から帰ってきた父がその日はそこにいたと思う。この辺りはもうほとんど覚えていないし、思い出したくもない記憶だ。父と特に何か会話をするわけでもなく、聞かれたことに適当に相槌を打って、食べ終わった私はまた部屋に戻りパソコンに向かって何かをしていたと思う。
当時はいつもイヤホンをして音楽を流しなら執筆やら色々とやっていて、ひたすらに父と会話しないようにしていた。父もそれをわかってか、私に必要なこと以外はあまり声をかけなかった。ただ、何度もキーボードやマウスの音がうるさいと言われたので、私は寝る場所自体を変えてパソコンやスマホをいじって過ごした。
その数日後に私は採用との連絡を受け、母にそのことを伝えると嬉しそうにして「おめでとう、よかったね」と言ってくれたのを今でも覚えている。
長く暗いトンネルの中で 樫吾春樹 @hareneko
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