第36話 己の過ち

 どこまでが現実であるのか舞桜は分らなくなっていた。

 もしかしたら自分はで既に倒されていて、死の間際に幻の世界で彷徨っているだけなのかもしれない、そう思えてくる。


 それだけ舞桜は目の前の彼の変容は受け入れがたいものがあった。


 見た目は舞桜の記憶に残された彼の若かりし頃そのままの姿だ。

 だが醸し出される存在は比べ物にならない程弱く小さい。


 舞桜が知っている彼と己が慄きを覚える程強大であり強かった。唯一自分と釣り合いが取れる存在であり、唯一対等に心を通い合わせる事が出来た存在だった。


 舞桜は己が強かったが故孤独だった。

 敬う者はいた。付き従う者は数えられないほどいた。

 だがそのどれもが自分の下であろうとするだけで、誰も舞桜に並ぼうとはしなかった。


 いや、出来なかったと言った方が良いだろう。


 その舞桜に唯一同等であると思わせ抗った者、それがである彼だった。


 そんな彼に舞桜の心が引かれるのにはそう時間はかからなかった。

 何しろ未だかつていなかった並んで立つ相手なのだから。

 人間性的にも彼は舞桜にとって好ましかったのもある。もしかしたら見た目で惹かれていたのかもしれない。今となっては始まりが何であったのか判断はつかないが、舞桜が彼を特別だと思い焦がれたのは間違いない事実だ。


 しかし皮肉にもその彼は自分とは敵対する国家の人間だった。

 言葉を交わすよりも刃を交わす事の方が多かった。

 対等であるが故に交わることの無い二人の関係に舞桜は悩みながらも使命を全うしていた。


 だがそれも限界はあった。


 膨れ上がった気持ちは何よりも重く尊かったからだ。


 そして訪れた転機。


 自分の独りよがりと思っていた想いは相手も同様だと知る。もうそうなってしまっては舞桜は自分の気持ちを止める事などできなかった。


 ずっと一緒に彼と居る為に。


 舞桜と彼は転生をした。







「わたしが・・・・・わたしの所為だ」



 混乱していた思考が少しずつ回りだすにつれ浮かんできた一つの可能性。

 それは舞桜にとっては絶望的なものだった。


 本来であれば直ぐに気が付くべき事だったのかもしれない。何かが起こるとすればそれ以外に原因となりうるものが無いのだから。

 だがそのあまりにも救いの無い残酷な事実は、無意識なのか或いは意識的だったのか、舞桜の思考からは遠ざけられていた。


 だから気付けなかった。


 気付こうとしなかった。



「わたしが・・・・・・しまった」



 自らが彼をこのように貶めた原因であり元凶であることに。



 舞桜が行った転生とは、魂を高次元化し、別な世界に飛ばすとともに、一度破棄した肉体の情報を基に生まれ変わらせ、そこに再び魂を戻すという、精密且つ高度な魔法だ。

 それは魔王であった舞桜が彼と一緒に歩むために長年研鑽し組み上げた極限とも言える奇跡。


 だがそれは逆に言えばその者を舞桜が勝手に造り変えているとも言える。


 転生る者の在り方を、存在を、そして記憶も何もかもが、舞桜自らの手によって保全され、分解し、そして組み立てられるのだから。


 意図したものでもあっても、意図しないものであっても、舞桜が転生したものに大きな影響を与えられる。

 もし賢者の強大な存在を奪うような所業が出来るとするならばその時しかないだろう。


 つまり舞桜は失敗した。


 彼を、賢者を、この今の賢志として作り上げてしまったのは誰でもない舞桜自身。

 賢者であった彼の存在を、記憶を、何より一緒に居るはずだった未来を、その全てを自らの手で消し去ってしまった。

 彼に裏切られたのでもなく、捨てられたのでもなく、全ては自らの手で一番大事なものを壊した。


 その事実に舞桜の深い碧の瞳からは大粒の涙が流れ落ちた。

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