第25話 新たな通報

 日本の警察は公務員であるが故か書類と睨めっこのデスクワークが多い。ドラマの様に現場を何日も掛けずり廻り犯人を追いつめることなどはあまりない。全く無い訳では無いが、今の日本は科学捜査がメインである為、所轄の刑事の仕事と言えば裏取りと聞き込みが主な外仕事で、後はそれに伴う書類を作るのに殆どの時間を取られていた。


 ここにもデスクワークに苦悩している人物がいる。

 ヨレヨレのワイシャツに無精髭。脚を大きく開いて座り貧乏揺すりをしている40代の男。それはあの団地の現場にいた刑事である。


 この男の名は箭内と言う。

 彼は直感行動派で良くも悪くも昔の刑事ドラマに出てきそうな性格をしている。その為何時間も机に向い鉛筆でカリカリとする作業はどうにも性に合わないらしい。

 魂が抜けきった焦点の定まらない虚ろな瞳で、書類の上に鉛筆で小刻みなビートを奏でている箭内に男性が1人速足で近づいてくる。


「叩くだけでは字は書けんぞ、箭内。それ今日中に出してくれよ。課長から催促が入ってるんだからな」


 やれやれと言った感じで小言をほぼしたのは刑事部係長の上田だった。

 上田は箭内の後ろから進まない書類を覗き込み嫌味の混じった発破をかける。箭内は苦虫を噛み潰したような顔をすると恨めしそうに上田を見上げた。


「係長が出してくださいよ、これ。俺偶々ヘルプで入っただけで、本来三課のはってたヤマじゃないですか。そんなもんどうやって報告書を上げろって言うんすか」

「箭内・・・・お前が確保したからだろ。三課の面目迄潰したんだからそれ位で済んで良かったと思えよ」


 午前中にたまたま発生した窃盗事件の現場近くにいた箭内が犯人を取り押さえたなのだが、間が悪いことにこの犯人、別件の窃盗事件で三課が動き裏取りを終え満を持して確保に向かった矢先、いれ違う様にして今回の犯行に及んでいた。

 箭内としては窃盗犯を現行犯逮捕しただけなのだが、経緯が経緯故三課から捜査の邪魔をされたと謂われないクレームが入ってしまったのだ。

 良くも悪くも公務員。その報告書作成に昼からずっと箭内は悩んでいる。


「あと、昨日の奴も出せってあちらさんからも来ていたぞ」

「特災のですか? そう言えば人狼だって聞きましたけど」

「箭内!!声が大きいんだよ。いくら所内とは言え外部に漏れないとは限らないんだぞ」

「あ、すんません」


 呆れたように溜息を吐く上田。刑事としての腕はいいのだが、度々問題行動を起す箭内には、何度も尻拭いをさせられている所為か特に厳しく接してしまう。


「で、係長。あれはどうなったんですか?奴らちゃんと駆除したんですかね?」

「まぁ、詳細は降りてこないから分からんが、合同捜査が入るって話だ。恐らくは・・・・・・・・」

「逃がしましたか・・・・」


 特殊災害に関する捜査は所轄では刑事部第一課、警視庁では刑事部捜査第一課が受け持っている。捜査内容や活動内容など全て極秘扱いとなっており、同じ警察内でも一部の者にしかその情報は開示されていない。現場に駆け付けた警察官などに見られた場合は直ぐに上層部からの戒厳令がしかれ、当事者には他言無用の誓約書も書かせる徹底ぶりだ。


 上田から合同捜査の話を聞いた箭内は「これは・・・・忙しくなりそうですね」と顔を顰める。


「あぁ、やっぱり箭内、お前もそう思うか?」

「前と同じなら、ですがね」


 そこまで話すと上田はあたりを見渡し、箭内に指でついて来いと合図する。向かった先は取調用の個室。そこに二人で入ると上田は扉を閉めた。


「さて、以前現れた人狼とどうも同じ種類、と言うのが彼方さんの見解らしいぞ。同じ個体かどうかまでは不明となっているが、捜査要請の書簡を見る限りではそう考えている様子だな」

「そうですか。二度に渡ってコケにされるとは、腹立たしいすね」

「お前にとっては因縁だからな」


 上田の言葉に箭内が「まぁそうですね」と素っ気なく答えるが、その眼には酷く鈍い色が宿る。

 上田は箭内の様子を窺いコーヒーでも用意すべきだったかと思いながらも更に話を続ける。

 

「で、どう思う。箭内としては、あれと?」

「来る、でしょうね。奴等が人を襲うのは謂わば食事ですからね。もそうでしたが、習性っていうんすかね。あいつ等縄張りが決まってるみたいで、俺がした後にも同じ場所に戻ってきたんですよ」

「やはり獣に近いのかもな、その見た目通りに」

「前って結局6人犠牲者が出ているんです。大体半径2km圏内に収まるくらいの範囲で」

「昨日の現場近くでまた人が襲われるってことか」

「そう思いますね。つまりはうちの管轄ですね」


 二人して難しい表情を浮かべる。そうなって欲しくは無いがその考えはまず間違いないだろうと思えた。そもそも合同捜査の話が来るのが早かった。昨日の今日で所轄に情報が下りてくるなど異例ともいえる。逆に言えばどこで捜査をすればいいのかを事前に知っていたかのような対応だ。


「なるほどな、本庁もそう考えている訳か・・・・いや、知っているんだろうな。意図的に情報を伏せているんだろう」


 二人が話の終わりと部屋を出ると、丁度若い刑事が箭内の元に急ぎやってくる。


「箭内さん!!」


 箭内と上田が同時に若い刑事の方へ振り返ると、若い刑事は上田の存在に一瞬たじろいでいた。


「どうした?」


 箭内の声で直ぐに気を取り直すと二人を若い刑事は二人を交互に見ながら話し始める。


「あ、すみません。さっき通報が入ったのですが、2丁目の矢代公園って知ってますか?」

「ああ、知ってる団地の直ぐ近くのだろ?」

「はい。そこで奇妙な叫び声がした後、一人の少年が顔面蒼白状態で挙動不審に走り去るのを見たっていう通報がありまして・・・・」

「なんだ?少年麻薬か?それは四課の・・」

「いえ、その後にもう一本通報が・・・・その公園の木の上に人の腕らしきものがぶらさがっているって・・・・」

「・・・・・・・・」


 その話を聞き、箭内と上田の視線が合わさる。嫌な予感がそのまま現実になってしまったと二人は苦虫を噛んだような表情を浮かべた。


「係長!!」

「ああ、直ぐに出よう! 私も出る」


 箭内と上田は我先にと署を後にした。

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