第22話 海崎舞桜2
授業と言う抑圧から解放された生徒たちからは次第と声が溢れだし教室内が喧騒としだす。「これからどうする」「一緒に帰ろう」など、そんな学生ならではの楽しそうな会話が飛び交う。
しかしその楽し気な生徒たちだが、その中心になりそうな舞桜は混ざってはいなかった。
これだけ隔絶とした美を持つ少女であればさぞかしチヤホヤとされるのかと思いきや、まるで真逆の様相で、机脇にさげた鞄を抱え筆記用具などを丁寧に詰め込み一人で帰り支度を黙々と進めている。
その間舞桜に話しかけてくるものは誰もいない。
チラリチラリと多くの生徒が遠巻きに見ているのだが近寄ってこようとする者はいない。まるでそこだけがぽっかりと穴が空いたように教室内に人の空間が開いている。
舞桜は舞桜でその事を意に介す様子すらみせない。
だがこれは無視などの虐めの類とはどうやら違っていそうだ。
覗き見る生徒たちの瞳からは嫌悪や
だが誰も舞桜に近づこうとしない、関わらない。
それはこの教室では極見慣れた光景である。
海崎舞桜は誰とも交わらない、交わることが出来ない。
それはこの学校ではある種の不文律として定着していることで、誰しもが知っている事実だ。
本当に希少な美術品には恐れ多くて触れることはできない。高価な装飾品をおいそれと手に入れようなど唯人が出来る訳も無い。
謂わば海崎舞桜と言う少女の隔絶した美はそれである。
近寄れず話かけ辛く遠目から鑑賞するだけの至極の美。
それに合わせて舞桜の性格も人を遠ざけることに拍車をかけている。
海崎舞桜と言う少女は他人に一切の興味がない。
入学当初から3年となった今に至るまで、舞桜から誰かに話しかるなど一度たりともなかった。ならばと意を決して話しかけてみれば拒絶まではされないが素気無い態度に直ぐ話題に詰まる。表情だって何時も平坦だ。それこそ完璧にあしらえた美しき人形のようで感情を少しでも垣間見たものは一人としていない。当然笑顔など以ての外だ。
それら要因から舞桜に近づく者は入学から徐々に減っていき、今となっては誰も近付こうとしなくなっていた。
「あ、あの・・・・海崎、さん」
だが今日は違っていた。
今日の舞桜はどこか人間臭く普段の隔絶とした雰囲気は身を潜め、ほんの少しではあるが人らしい隙が生まれていた。
クラスメイトの一人が舞桜へと声をかけた。
だが驚きを示したのは周囲だけでは無かった。
声を掛けられた舞桜も僅かに驚きをみせていた。と言っても僅かに形の良い眉が上がったかどうかぐらいの違いだが、それでも舞桜にしては珍しい反応ではある。
この学校で授業以外に話しかけられたのは何時ぶりだろうか、などと感慨にふけるもそれは一瞬の事。舞桜は直ぐにいつもの平坦さを取り戻すと声を掛けてきた少女へと長い睫毛を揺らしその大きな瞳を向けた。
「・・・・・何かしら?」
若干の間を開け応える美声は心地良さの中に突き放すような冷たさを感じられる。さらには舞桜の青み掛かった大きな瞳が少女を捉えると、少女はその身を固まらせ、呼吸の仕方を忘れたかのように、音の出ない口をただパクパクと開閉させる。
(あう、えっと、私・・・・なんで声をかけたんだろう)
何気無しに声をかけてしまった少女。特に話したいことがあった訳でもない。今日の雰囲気がいつもと違い話しやすそうだ、そう思ってしまった結果声にしてしまっただけだ。当然舞桜に対する会話の常用句など用意していない。
沈黙にて見つめ合う、もといにらみ合う二人。教室内に残るクラスメイト達は素知らぬふりをしつつ緊張の場に意識を傾ける。誰もが欲する切っ掛けを少女が作れるのか興味を高めている。
「忙しいの、ごめんなさい」
だがそんなクラスメイト達の期待は簡単に閉ざされてしまった。
結局少女は眼を躍らせるだけで何もできず、しびれを切らした舞桜が拒絶をしめしたからだ。それはいつもと変わらない幕切れ。だがそこに落胆などない。やっぱりかという諦念のみ。
軽く会釈した舞桜は少女を残して教室を出ていった。
「・・・・・ぷはあぁぁ」
静かに締まる扉を見送ると少女は途切れさせていた息を盛大に吐き出した。
「ちょっと美穂、どうしちゃったのよ行き成り」
遠巻きにしていたクラスメイトがわらわらと少女へと寄っていく。あれだけぽっかりと空いていた空間が一気に密集地へと変わっていく。勇者を祀るかのように人だかりが出来上がる。
「いやぁ、なんでだろうね。今日の海崎さんだったら話しかけられるかなぁなんて思ったんだけど。ちょっと何時もより防御力減ってる、みたいな」
「何よその防御力って」
「あはは、わかんない。でもやっぱ無理だった。あの綺麗な顔で見られちゃうと緊張しちゃって何にも言えなかったよ」
あざとく舌をだして失敗したと話しかけた少女【美穂】がおどけてみせる。仲の良い女生徒が「わかる」と指を突き出しそれに幾人かが同意に頷く。「だよね」と美穂は後頭部を掻いて照れ笑いを浮かべた。
「あぁでも今日の海崎さんって確かにいつもとは違ってたよね」
そんな少女たちの会話に、授業で当てられて立ち尽くしていた男子生徒が横やりに混ざってきた。
突然の不躾な乱入者に美穂が辛辣な一言を放つ。
「は?何あんた、うざ」
「いや、その反応酷くない」
げんなりと項垂れる男子生徒に美穂はジト目を送る。
「気持ち悪い目を海崎さんに向ける奴には全然酷くない。寧ろ正当な評価だね」
「俺だけじゃないのに、なんで俺。
「タケはガン見してたからだろ」
無慈悲に胸を抉る美穂にうぐっと胸を押さえる男子生徒。授業中の様な一人だけ生贄になるのは御免だと、近くにいたもう一人の男子にその矛を逸らすもあえなく撃沈。
「確かに竹川君はすごく見ていた。それは「ぼくあの指になりたい」って考えてたのがまるわかりになるほど。正直キモい」
「お、思って無いしキモく無い」
「うわ、その反応マジもん?ちょっとやばいんですけど」
結局集中砲火を浴びる授業で立たされた男子【竹川】は顔を真っ赤にして口を曲げて抗議をしめす。
その竹川を「はいはい」と美穂が適当にあしらい、それはそうと本題を続ける。竹川はうっすらと涙目に天井を見上げた。
「それにしてもあの海崎さんにしては珍しく緩んでいたよね。普段の海崎さんだったら私だって声かけようなって思わなかったし、何があったんだろうね・・・・・・・あ、あれかな」
「う~ん」と抜出を組んで悩む美穂、だがすぐに何かに思い至ったのか指を一本ぴんと立てる。
「仕事関係でのトラブル、とか」
その目はこれだよと言わんばかりに輝いている。
だがその憶測にあまりピンとこなかったのか、友人のちんまりとした女子【宇津木燈子】は眉尻をさげて小首を傾げた。
「そんな風には見えなかった、多分違う」
「じゃぁどんな感じだった?」
独特な切った語り口で否定されてしまったが美穂に蟠りの色はみられない。それどころか純粋に燈子の意見を聞きたそうに顔を寄せていく。
らんらんとした美穂に燈子は若干引きつつ、恥ずかしそうに思っていたことを口にする。
「・・・・・・恋に悩む乙女」
少し頬を赤らめる燈子。自分で言っていてちょっと恥ずかしかったようだ。それを聞いた美穂は口に手をあてて静にはしゃぐという器用な真似をする。
男子たちはと言うとあからさまな不機嫌をその身に宿していた。
「あの哀愁に満ちた吐息は片思いに耽る女のそれ。仕事とかそんな面倒なものじゃなく、愛しさと切なさと心強さを感じさせる複雑だけど嫌じゃないやつ」
「あぁ、どっかで聞いたような表現だけど・・・・・うん、そうかも。そ・れ・に・してもぉ、燈子は随分と分かってる風だけど、もしかして経験がある、とか!?」
「無い。想像の上での客観的な意見」
「あ、うん、そうなんだ、まぁ分かってた。でも燈子の言う事は・・・・うん、納得だわ。じゃあじゃああれかな、海崎さんがってことはやっぱりあれ系の人だよね」
「それは分からない。でも可能性は高い」
恋バナに発展していく女子たちに男子たちは複雑な表情を浮かべる。
そうじゃ無ければいいな、と内心で真剣に祈りながら、話が終わりそうにない女子からそっと離れるのだった。
クラスで自分に対する野暮ったい憶測が飛び交っているなど露知らずの舞桜は、普段の帰り道とはとは違う道を一人歩いていた。
これだけの美しき少女であるのに不思議と行き交う人々は舞桜に振り返るどころか視線を向けすらしない。
天から釣り上げられたかのようにピンと張られた背筋。するりとしなやかに動く細く柔らかそうな白肌の脚。未発達であるのに女性特有の曲線をその背筋の良さで強調されたシルエット。そして誰もが感嘆と陶酔の息を零してしまう美貌。そのどれもが極上であるこの少女に見向きもしない。夕方近くである為家路につく学生も多い中で偶然そうなったとは考えにくい。だが誰もが舞桜が見えていないかのようにすれ違っていく。
不自然、そう言わざるを得ない現象を起こしつつ、舞桜は何かを探すようにあたりを見渡していた。
駅近くにある紫堂院学園の周辺とは随分と景色が変わり、あたりは低い建物が並ぶ静かな住宅街となっている。
「確か・・・・この先よね」
スマホの地図を確認する舞桜。ストラップもついていないシンプルな装いのスマホだが、意外にもカバーの色はピンクだ。画面上を磨かれたようなきれいな爪を滑らせて地図の縮尺を変える。
「絶対ただじゃおかないわ」
そう豪語する口とは裏腹にその表情は不安と怯えが入り混じる。
学校にいる時には想像出来ない程今の舞桜には感情が宿っていた。
「わたしを放っておいた事を後悔さてあげるわ」
強気な言葉を口にしていてもその語気は弱い。僅かに震える手をぎゅっと握りしめ、見慣れない制服の少年少女を忌々し気に見つめる。
荒れ狂う感情を押し込めるように一度天を仰ぐと舞桜はいつもの平坦さのマスクをかぶる。
「霧ヶ崎第二中学、ここをまっすぐ進めばいいのね」
そしてスマホを鞄にしまうと止めていた歩みをまた進めだした。
すると脇に小さな公園が現れる。規模の割に防風林の様に周囲を囲んだ木々が鬱蒼としていて閉塞感を感じる公園だ。
中には数人の親子がいた。母親が幼い子供の手を引いて何やら話し合っている様子。ただその様子があまり良いものには見えなかった。
舞桜にとってはどうでもいい事だ。多少気にはなったが直ぐに興味を無くすと先を急ごうと歩みを速める。
だがその足取りは数歩進んでぴたりと止まった。
立話の母親たちから聞こえてきた内容に舞桜は引っ掛かりを覚えたからだ。
「何だったのかしらあの子」
「眼鏡をかけた可愛い顔の男の子だったわね。でもちょっと様子が異常で気味悪かったけど」
「中学生かしら、もしかして何か悪戯とかしてたんじゃ」
(中学生くらいの眼鏡をかけた可愛い顔の男の子)
それは奇しくも舞桜が最近見た少年と一致する。そしてその少年はこれから舞桜が会おうとこうして出向いてきた本人でもある。
母親たちの話しからすれ今さっきのあった出来事を語っているようだった。
(彼がここに・・・・・・何で・・・・・っ!? 魔力の残差)
そして舞桜は気づく。
この公園から漂う良からぬ気配に。
それは舞桜に一つの確信を与える。
「そう・・・・・これを追えば彼に会えるのね」
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