第18話 後悔と葛藤
賢志は冷蔵庫から500mlのミネラルウォーターを取り出すとそのまま口を付けて飲んだ。口の端からこぼれる水の筋が服と床を濡らす。
喉から胃に流れ込む水の冷たさが、何だか頭も冷やしてくれたような気がした。
カーテンが全て閉められたままの日中であるにも関わらず薄暗いリビング。その中央付近に置かれた二人掛けのソファーに賢志は腰を沈め、深く息を吐き出した。
「学校、休んじゃったな・・・・・・・・愛理ちゃん、きっと怒ってるんだろうな」
膝の上に肘を乗せて両手を組み目頭を押さえ項垂れる。昨夜の出来事を思い出しては再度深い溜息をこぼした。
未だにあの光景は脳にこびり付いたままだが、それでも時間と供に若干の落ち着きを取り戻していた。しかし今はそれにプラスして昨夜愛理にしてしまった事への後悔も混ざっている。思い返すたびにその酷い仕打ちに罪悪感でいっぱいになる。だがあの時はどうしようも無いほど自分を保つ事が出来なかったのもまた事実だった。
「あれは現実なのかな・・・・」
青白い顔の目の下には隈。賢志は結局一睡もできずに夜を明かし、気持ちが沈んだまま朝を迎え、そのまま学校も休んでしまった。今日両親が旅行でいなかったことは彼にとって幸いだったかもしれない。
賢志はテレビの電源を入れるとチャンネルを次々に変えていく。だが目当てのものは無く直ぐに消す。
「やっぱり、ニュースにはなっていないのか、昨日の・・・・・・」
悪戯として解決したはずの近所で起きた事件らしきもの。賢志は黒い靄に触れ、そこで起こったと思われる映像を見せられた。賢志は不思議とそれが真実であり、悪戯として処理されたのは虚偽であると確信している。それを確かめたくてこうして朝から何度もテレビをチェックしているがその様な報道は一切されていなかった。新聞も同様であのことに関しては何一つ触れられていない。逆に言えばそれが尚の事怪しくも思えてくる。悪戯にせよ学校であれだけ話題になっていたのだ、全国紙では無いにしても地元紙に記事として載っていても良いだろう。
「・・・・あの場所・・・・どうなっているかな」
テレビのリモコンをソファーの上に放り投げ、カーテンの隙間から入る日差しを見ながらつぶやく。
昨夜は一睡もできなかった事で限界が来たのか、賢志はいつの間にか寝てしまっていた。
芸能人のお忍びデートを真剣に討論する馬鹿げたワイドショーがテレビに映っていた。
カーテンの隙間から入りこむ日差しが室内の奥深くまで伸びている。ふと賢志が時計を見ると既に午後の三時を回っていた。
「寝ちゃったか。もうこんな時間・・・・あぁ、学校も終わりかな」
いつもなら朝迎えに来る愛理が今朝は来なかった。昨日自分がした仕打ちを考えれば当然の結果だろう。賢志はそのことを思うとズキリと胸に痛みが走った。
「愛里ちゃん・・・・」
虚ろな瞳で天井を見つめる。
愛理が部屋に来た時怒鳴り散らして追い返してしまった。どれだけ悲しい想いをさせてしまったのかわからない。
賢志は手で顔を覆う。自分がやらかした馬鹿な行為に後悔の念が膨れる。もう自分のことなど見限られてしまったかもしれない、そう考えるととても胸が苦しい。
愛理と一緒に居ることが当たり前な生活。もしこのまま愛里が居なくなってしまったら・・・・・・・賢志は急激に一人でいることの寂しさが込み上げてきた。
「僕は一人でいるのが平気だと思っていたけど・・・違ったな。いつも愛里ちゃんがいるから耐えて居られたんだな」
世話焼きで面倒見のいい近所の女の子。生まれてからずっと一緒に居るのが普通だった。その少女が離れてしまうかもしれないと思うと、身体の中から大事なものを抜き取られるような感覚に陥る。
「・・・・僕の所為で今日は愛里ちゃんも一人に・・・・・」
普段であれば一緒に登校し一緒に下校する。通い慣れた道であってもそこを一人で通ることなど殆どなかった。
その道を一人で歩く愛里を想像する。
またしても罪悪感と後悔が押し寄せ・・・・・・・・そして不安が急激に掻きたてられた。
「一人で・・・・あの場所の近くを・・・・」
賢志の脳裏に日常が崩れ去る残酷な映像が浮かび上がる。
通い慣れた道の近くで起きたあの惨劇が、無惨に食い千切られる親子とおぞましい化け物の姿が。
「あいつらはあの後・・・・どこに行った?」
賢志は背もたれから体を起こす。
(あの化け物たちがあそこでしていた事は何だ)
賢志は悍ましき光景を思いだし顔が歪む。
そして考える。あの場で起こったことの意味を、感じ取った悦の理由を。
(あれは・・・・・・食事だ)
そして導かれるのは一つの満たされた欲求。それは空腹を満たす欲求。
「だったら・・・・・あれがもし化け物の食事だったなら、それはあの時だけで終わりなわけがない・・・・・・そうだよ、これは毎日繰り返される!?」
それに気づいた賢志の血の気が一気に引く。
もしあれが化物にとっての本能的な行為であるのならば、更にはそれが日常として行われる行為であるのならば。
こうしてニュースにもなっていないあの事件。もしかしたら賢志たちが気付いていないだけで今までにも行われていた可能性だってある。
そうでなくともあの化け物がそのどうなったのかが不明だ。
だったらもう何も起こらないと考える方がおかしいのではないか。
その事に考えが行き着いた賢志はガバリと立ち上がる。
「駄目だ。あそこを通っちゃ駄目だ・・・・いや、あそこだけじゃ無い。一人だと」
だったらそれはまた繰り返される。ならばどこで?
賢志は化け物が近くにまだいるような気がしてならない。あれは化け物でもあるが獣と一緒だ。それであるのならばあの近辺は奴らの狩場なのではないだろうか。もしそうであるならば昨日の場所の近くは危険なのは間違いない・・・・いや、あの場所が学校と自宅との丁度中間地点で有る事を考えれば、この辺り一帯も危険なのではと思える。
そんな危険な中に愛理が一人。
賢志は再度時計を見ると15時25分を差している。
「もう下校時間じゃないか・・・・・・・どうしよう・・・・でも、僕が何かできる事でもないし・・・・それに、あそこにまた化け物が出てくるとは限らない。そうだよ、警察が終わったことにしてるんだから、きっとあの化け物だって・・・・・・・・」
助けなければ、そう思いたつもそれはすぐに尻すぼみとなって縮こまっていく。
賢志は武道を習ったことなど当然無い。それどころか運動が苦手で喧嘩も一度だって下ことない。そんな自分が行って何になる、そう自問した賢志はゆっくりと腰を落した。
「そうだよ、僕が居たって何が出来る訳でも無いんだ。逆に愛理ちゃん一人の方が邪魔な僕が居ないだけマシだ」
どれだけ自分が無力な存在なのかを再任させられ卑屈な笑みが浮かんでしまう。
だけど同時に奥歯がギシリときしむ。肩と腕が小刻みに震える。
幼い頃から人と接するのが苦手な賢志は事あるごとに愛理に庇ってもらっていた。どんどん一人になる賢志を見捨てることなく守り続けてくれていた。時には賢志を庇った為に一緒に虐めを受けた事もある。その時だって愛理は明るく「大丈夫だから」と笑って言ってくれていた。数えきれない程の恩がある。彼女の存在に何度も救われている。
生まれた時から一緒に育ってきた姉弟のような存在。常に一緒にいてくれるのが当たり前で、誰よりも賢志の事を理解してくれている。
「・・・・・・僕は」
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