第15話 賢志が見たもの

愛理たちがカフェで会話に花を咲かせ美味しいものに舌鼓を打ち、自衛隊が決死の死闘を繰り広げ苦汁を飲んだのと時を同じくして、事件現場から逃げ帰ってきた賢志はベッドの中に潜り込み蹲っていた。


「有り得ない、有り得ない、有り得ない」


 呪文の様に否定の言葉を口にしながら頭まですっぽりと布団にくるまる。

 あの場所で見た光景が今も賢志の頭の中を蝕んでいる。

 脳に直接送り込まれてきたはあまりにも信じがたいものであった。

 目を覆いたくなる残虐非道な光景。それはあまりに非現実的でありながらどこまでも生々しく、賢志は声に出して否定していないと気が狂ってしまいそうだった。


 賢志の脳に流れてきいたもの、それは女性の腕が食いちぎられている姿だった。いや、捕食されていると言った方がいいだろう。

 音も無く匂いも無い、まるでVR機器で少しぼやけた映像でも見ているような、でもそれがやけに現実味にあふれていた。


 それだけに恐ろしかった。気持ち悪かった。


 だが、賢志が見たものはそれだけでは無かった。


 そこにはが居た。


 女性の腕にむしゃぶりついていたもの。一見すれば獣の様でもある。だがそれは賢志の知るどの獣とも違う異形の存在。

 頭部はまるで狼の様に見えた。裂けた口に長い鼻先。頭頂部には尖った大きな耳。その全身は毛で覆われており、部分的に見れば大型犬や狼のようにも思える。


 しかしそれが普通の動物でない事は直ぐに判った。


 はまるで人の様なシルエットをしていたからだ。

 明らかに四足動物とは異なる体つき。二本足で立つことを前提とした人間の様な骨格。それであるのに足などの関節や肉付き方は獣のそれ。それらは物語や映画に出てくるまさに狼男そのものだった。

 大きな鋭い爪で女性の頭を鷲掴みにし裂けた口が齧り付く、そんなモンスターの姿だった。



 食べていた。


 奴らは人を食べていた。


 女性を・・・・・そして子供を。



女性は恐怖と絶望で泣き叫ぶ。音の無い世界であるにもかかわらず無情な無言の叫びは賢志の脳内ではっきりと聞き取れていた。


 「やめて」と。


 それが分かるほど女性の叫びは真に迫っていたのだ。

 だがその絶望の叫びは女性自らの痛みのものでは無い。

 女性は必死に腕を伸ばしていた。何かを掴み取ろうと必死に伸ばしていた。

 そしてその先にあったのは想像を絶する地獄。


 女性を齧る化物とは別の二体が嬉しそうに天を仰ぎ何かを飲み込む。

 握っているのは長い物だ。薄ピンク色のそれを引きちぎっては次々と口に運んでいる。


 何も映っていない虚ろな瞳がこちらを向いていた。

 それは幼い女の子であった。


 化物どもは女の子の腹部をまさぐり、また細長い物を引き出す。


女性が手を必死に伸ばす。女の子を掴もうと手を伸ばす。





 それがあの黒い靄に触れた時に見えた光景であり、そしてあの場所で起こった事なのだと賢志には思えた。いや理解したと言った方が良いだろう。

 そして同時に心が潰されてしまいそうなほど苦しく、息が真面に出来なくなるほどショックを受けた。


 多少の悪意を受けた事はあっても賢志は普通で平穏な生活を送っていた子供だ。

 そんなものを見せられてどうにかならない方がどうかしている。


「あんなのが有る訳ないんだ。いる訳無い・・・・・あれは幻覚だ、現実では無い。あり得ない、あり得ない、あり得ない・・・・・・・」


 冷たくねっとりとした汗が張り付く。吐き気をもよおすが既に胃液ですら残っていない。

 気を紛らわす様に親指の爪を噛む。忘れたくても離れていかない光景に賢志は脅えていた。



◆◆



 愛理はカフェを出た後みんなと別れた。

他のメンバーはその後プリクラを取りに行こうと意気投合し、愛理もと誘ってきたのだが、愛理は「ケン君が気になるから」と断った。だがそれは決して断り文句としてだた言葉ではない。愛理としては紛れもない本心であり、できればあの時も賢志から離れたくはなかったのだ。それぐらいあの時の賢志の様子は変に見えた。

 昌平が何とか一緒に行こうと説得するのだが、それを振り切る様に「ごめんね」と言い残し愛理は店を出た。


 スマホを取り出しトーク画面を確認するが、先程から何度も送っているメッセージに既読はついていなかった。

 画面を見た愛理の表情が不安に曇る。


「どうしたんだろう、ケン君・・・・」


 不安感が自然と歩く速度が速めていく。少しでも早く賢志の元に行かなくてはいけない焦燥感にかられる。


 愛理はスマホを鞄にしまうと小走りに駆けだしたのだった。

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