第12話 ワーウルフ殲滅戦3

 何とか二体目を倒したのも束の間、耳を劈く轟音を上げ機械が倒れた。


「ヴァグゥァ!!」


 そして目の前に現れたのは三体目の化物。

 戦場に安堵する間など無い。


「迎撃!」


 化物の金色こんじきの眼がギラリと暗闇に浮き立つ。

 何と狂気に満ちた眼光だろう。

 化物は明確な怒りをあらわに雄叫びを上げ、その大音響は周囲の機械を共鳴に震えさ、村瀬達隊員たちの足を竦ませる。


 だがそれも一瞬。

 掻き消すように上げられた村瀬の号砲により、隊員たちは負けじと雄叫びを上げながら臨戦態勢を整えていく。


「おらぁ!」


 この隊の紅一点である【片岡花蓮かたおかかれん】が、女生徒は思えない気合の声を上げ小銃の引き金を引き絞る。

 隊員たちはフレンドリーファイアを防ぐため扇状に展開して人狼ワーウルフを囲み封じ込みを掛けていた。


 跳弾も意識してかM4A1カービンの連射を押さえているのはかなりの制限ではあるが、だがそれでも場数を踏んでいる兵士たち。その連携力の高さを如何なく発揮し化物を押さえ込んでいる。


 しかし相手は文字通りの化物。やはり小銃の弾丸では鋼鉄のごとき毛皮に弾かれ致命傷を与えることが出来ない。その事は先の戦闘で思い知らされた。だがそれでよかった。これはあくまでも足止めが目的なのだから。

 如何に堅い毛皮であっても衝撃までは消せはしない。弾丸が当たれば僅かではあるが人狼ワーウルフの体を弾くことは出来た。それに頭部は全て体毛で守られている訳では無い。人狼ワーウルフとて急所となる所はあるのだ。


「すまない、ぬかった」


 別班が合流する。


「いや仕方が無い。こいつらを押さえるのは至難だ。それに・・・・」


 押さえきれなかった事を悔しそうにする謝罪する別班リーダーを村瀬気にするな諫め、それから難し気に顔を顰めるとこう続ける。


「この残りの一体は何だか前のとは違う気がする」


 それは村瀬が感ずる僅かな違和感。

 こうして相対してみて初めて感じる相違点。


 最初に打ち抜かれた一体は分からないが、村瀬達が仕留めた人狼ワーウルフと、今押さえ込んでいる人狼ワーウルフは何か別な物に感じている。


(見ているだけで肌が痺れやがる)


 戦場に感じる空気感、それがこの人狼ワーウルフだけ違う様に村瀬には思えた。


(だがそれはそれだ。俺らがやることに変わりがある訳じゃ無い)


 邪念を振りほどくように一息吐くと村瀬も小銃を人狼ワーウルフに撃ち放つ。


 効果は確実に出ていた。

 人狼ワーウルフは顔を腕で覆いその脚を止めている。この調子で押さえ込めば直ぐに浅間がライフルで打ち抜いてくれるだろう。


「どんどん撃ち込め。このまま押し切っていく。動きを止めたところで仕留めろ!」


 小銃で動きを封じマテリアルライフルで仕留める。それが今できる手段の中では最善であり最良であり唯一の手段。それで先ほどの一体は仕留める事が出来た。


 だからすぐに決着は着くと思っていた。




 だがその考えは甘いのだとこの後思い知る。



 追い詰められた獣が如何に危険で狡猾な存在であるのか、を。




「ギャァァァァァ!」


 人狼ワーウルフが吠えた。


 次の瞬間、人狼ワーウルフが忽然と村瀬達の前から姿を消した。


「な!?」


 驚愕する村瀬は即座に辺りを見渡し、そして見つけた。

 人狼ワーウルフが狙撃手である浅間に襲い掛かるところを。


 スコープ越しで敵を探っていた浅間は、自分に化物が迫って来ているのに気が付いていない。気付いたとしても銃身が長く大きいマテリアルライフルを構えている浅間が今からでは回避できないだろう。


 やられた!!


 村瀬はそう悟った。


 振り上げられた爪が振り落とされる。まるでスローモーション様に感じる刹那の間を村瀬はただ目を見開いて見ていることしか出来なかった。



「ぬぅん」



 だがそれは信頼する仲間により窮地を脱する。


 村瀬の班員である【日下俊春】が浅間と人狼ワーウルフの間にその身を割り込ませた。


 人狼ワーウルフの剛腕を、この隊一の巨漢である日下が外部骨格で強化された腕をクロスし受ける。


 ゴキリと嫌な音を上げるも日下は片膝をつきその一撃を止めた。


「っ!」


 目の前に迫っていた人狼ワーウルフの巨大な爪。浅間はそれに息を飲む。


「奴を引きはなせぇ!」


 村瀬の檄が飛ぶのと隊員たちが動き出したのはほぼ同時だった。

 隊員たちは一斉にパワードスーツを兎モードへと変更した。青白い光を辺り一面に広がらせ、それが人狼ワーウルフへと集まっていく。


 人狼ワーウルフの反応もまた速い。

 隊員たちが集まるよりも早くその場から飛び退いてしまう。攻撃を受け止めた日下がその場で崩れ落ちた。


「退避させろ。弾幕張れ。近付かせるな」


 銃口から次々に噴き出る火花。もう脅威に対し跳弾を気にする余裕などない。

 戦場は混戦に荒れた。

 

 人狼ワーウルフが障害物だらけの空間を縦横無尽に飛びまわる。火花の明滅がそれを駒撮りのように映し出し、さながら瞬間移動でもしているかのようにさえ見える。

 交わる銃声と猛獣の咆哮。絶え間なく続く激しい戦闘は苛烈さを増していく。

 そのあまりの動きの素早さと、人とは全く違う機動性に、隊員たちはこの暗がりもあり目で追い切れない。まるで複数の敵を相手にしているのではとすら思えてくる。

 隊員たちは互いに背中を合わせ円陣を組む。そうしなければどこから襲われるのか分からなかった。

 この閉鎖空間は人狼ワーウルフにとって絶好の狩場なのだろう。身を隠す事も多角的な移動を可能とすることも、ここは絶好の場であった。

 機械から機械へと跳ねる人狼ワーウルフに、熱せられた赤い弾光は唯々線を描いていくだけだった。


(このままでは拙い)


 隊員たちの表情には焦りの色が見えだした。

 いつ襲ってくるか分からない恐怖と緊張に精神が疲弊してきていた。

 だが状況の悪さはそれだけでは無かった。

 長期化は特対にとって不利だった。


 パワードスーツの稼働時間には制限がある。バッテリーが切れてしまえば身動きが一切取れなくなってしまう。

 亀モードであればまだ持つだろうが、先ほどの局面で兎モードにしてからはもう戻すわけにはいかない。この状況で動きの遅い亀モードにしてしまっては一気に崩されかねない。だがそれはバッテリーの消費を著しく増やすことになっている。


(残量からすればもってもあと十分か。ナイフを使えば五分すら怪しい。弾も底が見えた)


 更に弾数の問題だ。

 ライフルと小銃の弾にも限りがある。特に足止めに必要なM4A1カービンは弾の消費が激しい。


(これ以上戦闘を遅延させるのは得策ではない、か。ならば・・・・)


 だから村瀬は決断する。危険はあるが現状を考えると他に手がない・・・・いやこのまま引き延ばせば打てる手がどんどんなくなっていく。

 命を掛けなければ命が無くなる。


「一気に叩き潰す。SVE超高振動電磁ナイフ装備、出力最大。集中攻撃だ。狙撃タイミング逃すな」


 村瀬は全隊員に号令を出した。突撃しろと。


 右手外装に装備されたSVE超高振動電磁ナイフが甲高い音で唸りを上げる。パワードスーツの筋から青い光がまるで息吹いたかのように溢れ出る。

 疑似筋繊維とアクチュエーターにより強化された脚力で隊員が飛び出していく。それは常人の凡そ三倍ほどの膂力を持っている。瞬間的な出力で言えば実に五倍に達するほどだ。


 青い残光の尾を引き隊員たちが一斉に散らばる。


 人間対化物のガチンコ勝負は最終局面へと移る。

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