第10話 ワーウルフ殲滅戦1

 夕暮れ時の仄かに朱く染まり始めた空色が天井に開いた穴から覗く。その柔らかすぎるその光源ではこの場を照らすにはあまりに役不足と言えた。暗がりは鼻で笑うように建物内に居座り続け中の見通しを悪くする。どれだけ人が立ち入っていなかったのか、動くたびに舞う埃がその役不足な光源に乱反射して少し幻想的に靄るのは何とも皮肉が訊いていた。


 陸上自衛隊陸上総隊特殊作戦群所属の特殊部隊・・・・・・通称【特対】。


 彼らは郊外にある廃棄された工場内の闇に溶け込むように身を潜めていた。


 元鍍金加工をしていた工場内には動かさなくなって大分経つ機械が未だ所狭しと並んでいる。ここは鍍金以外にも金属加工もしていたようで、一つで数トンはありそうな大型旋盤やシャーリングなどの機械が数多く放置されていた。


 その機械の狭間からスラリと伸びる黒色の筒。

 他の機械と違い黒光りするそれは些かこの場では異彩と感じずにはいられない。


 アンチマテリアルライフル【バレットM82A1】


 それは銃身長七三六.七mmのロングノズルから一二.七×九九mmNATO弾を八五三m/秒で打ち出す大口径対物ライフルで鉄板をも容易く貫通する威力をもっている。射撃の到達距離も二kmを超え、その大きさ故に取り回しは難しいが撃破能力には絶大な定評があり、多くの国の軍で採用されている兵器の一つである。


 その銃口が今にも獲物を射抜かんと狙いを定め息をひそめる。


 獲物は化物。


 それは硬質な体毛で通常の小銃では決定的なダメージを与えることは困難とされ、凡そ生物に対して使用するものでは無いこのライフルが持ち出された。


 それは人を優に超える巨体の狼。

 人狼ワーウルフと呼ばれた害獣である。


 バレットM82A1から射出される五〇口径NATO弾は鋼鉄をも貫く威力を有する。その貫通力を持ってすればいくら人狼ワーウルフの頑強な体毛であろうと容易く貫通させることが出来るだろう。逆に言えばこれで貫通出来なければ用意する武器が弾丸ではなく弾頭になる。


 本来アンチマテリアルライフルは閉塞的な場所で使用する様な代物では無い。ましてやこれ程の近距離で放つなど異例中の異例だ。だが人狼ワーウルフを仕留めるためにはこれ以下では出来ない可能性がある。


(馬鹿げた化物でありますな)


 スコープ越しにみたその異常生物にアルファチームの狙撃手である【浅間秋津】は内心で吐き捨てた。

 この兵器を使用しなければいけないものなど最早生物と呼んでいいのかと疑問にすら思える。だがスコープ越しに見えるそれは確かに躍動している。生き物特有の呼吸による伸縮運動が見られている。

 浅間は悪態を吐きながらも冷静に目標を捉え続ける。


 幸いなのは標的が事だろう。だがその可能性は前もっての予想はしていた事。だからこそ急ピッチでありながらこのタイミングで作戦を決行することになったのだ。

 人狼ワーウルフは夜行性であり日が落ちる前に仕留める。それが今回の単純でもっとも効率の良い作戦だった。


 浅間はハンドサインで背後の仲間たち「問題は無し」と知らせる。



 潜入しているのは全部で三分隊。四人一チームとなりそれぞれ別なルートから潜入している。


「アルファよりセンターへ、目標の確認。状況はクリア。指示を待つ、送れ」


 各班がそれぞれのポイントに到着。後は指令が下れば何時でも殲滅が可能。

 アルファ班のリーダーである村瀬は司令部へ伝達した。


『センターより各隊に、これよりカウントテンにてターゲットへの狙撃。その後の判断は任せる。健闘を祈る』


 そして直ぐに指示はきた。

 インカムから流れる司令官の中条の言葉に、浅間は銃床を肩で押さえスコープを覗き込み体全体を地面に這いつくばらせ射撃体勢へと入る。

 


(そのまま永遠に眠るでありますよ、化物)


 三方からの一斉狙撃。この初手で人狼ワーウルフを完全に仕留めるつもりでいる。

 技術科からは捕獲と要請が来ているが現場指揮官の中条は最初からそれに答えるつもりなど無い。本気で殺しにかからなければ倒せる相手では無いのだ。


 インカムから再び中条の指示が飛ぶ。


『センターより各員に告ぐ、これよりカウントを開始する』


 場の空気が変わるとはよく言われるが、廃工場内の空気感が張り詰めた硬質的なものへと変わる。

 冷えたロングノズルの銃身が火を噴くのを今かと待ち構える。


『カウント、テン・・ナイン・・エイト・・』


 浅間をはじめとした狙撃手たちは息を止め僅かな身体のぶれを押さえ集中力を高めていく。


『フォー・・スリー・・』


 後ろに控える隊員たちも即座に動けるよう身構える。


 トリガーに指がかかる。それは狙撃手の明確な死への儀礼。

 スコープ越しにターゲットと自分を繋げる。一本の死の道筋を描きそこに全神経を集中し・・・・・・・・そして


『ツー・・ヒト』


 彼らは相手が化物であるがゆえに忘れていた。


 奴らは野生の獰猛な獣を象った化け物であることを。

 野生の猛獣たちは過酷な命の奪い合いで命を繋いでいくために、一番過敏に感じ取る事が出来る気配があることを。


(・・・・っ、拙い!)


 火蓋が着られる号砲を前にして、浅間はそれを見た。


 薄暗い中に化物の金の瞳ギラリと光るのを。


『・・今!』


 ダガ~~ン。


 号令が先か引き金が先か、三方からの轟音と硝煙が廃工場を蹂躙する。閃光がほとばしり大量の埃が舞い上がる。それだけで隊員たちは皆その戦果を確信していた。


 ただ浅間だけは顔を蒼褪めさせ・・・・・そして叫ぶ。



「ロスト!!!」



 銃声で耳鳴りする鼓膜が僅かに捉えた浅間の叫びに、訓練された兵士たちは即座に反応する。


「回避ぃぃ!!」


 隊員たちはその場を一斉に動き出していた。



 ゴギィィィン!



 瞬間、アルファ班が隠れ蓑にしていた重厚な鋳物の機械が轟音と共にぐらりと揺れる。飛び散った火花にそれは瞬きの間映し出された。



「グガアァァァァァァァァァ」



 機械の上部に黒い巨躯が立ち上がり、天井を突き破らんと怒りの咆哮を上げた。

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