第9話 特殊災害害獣特別対策班

 住宅地から数キロ離れ幹線道路にほど近い工業団地。その一番端にある周りからしたら小さな工場は既に稼働を止めて廃棄されてからそれなりの年月が経っていた。

 人が踏み入らなくなった敷地には強い生命力を遺憾なく発揮した雑草がアスファルトの隙間ら生い茂り建屋の背丈半分ほどを覆い隠している。

 元々は鍍金の塗布加工を行っていた工場だった。

 請け負っていた仕事が海外の企業に奪われ業績不審に陥り倒産したのが六年前。その後売りに出されるも買い手がつかずに不良不動産と化し、それ以降人が立ち寄らなくなって久しい。それ故に敷地同様トタン回しの外壁は地面に近い所から腐食し隙間が出来てしまっている。スレートの屋根は苔に塗れ至る所が風化して朽ちていた。


 そこは工業団地内であるのに妙な静けさがあった。


 もうじき日が暮れる時間帯、工業団地の端とはいえ通常であればトラックの走行音や他の工場からでる機械音など、公害にならない程度には聞こえてくる。

 だが今はそれらが全くない。まるでこの一帯が人のいない空白地帯にでもなってしまったかのようで不気味さすら感じる。



『各班リーダーに伝達。ターゲットワンからスリー、ポイント北西角にて熱源を確認』

「アルファー、了解」

『ブラボー、了解だ』

『チャーリー、了解した』


 落ち着いた低音の声を潜めインカム越しに了承の意を伝える男は、そんな朽ちた廃工場の壁際で大きな体をかがめていた。そのすぐ後ろには更に3人が控えている。


 彼らはある特殊な部隊に所属する兵士達である。


 警察が【特殊災害】として認定したものは、その後の指揮系統が警察庁から防衛省へと移行される。事案の捜査及び対象の捜索に関しては、警察と防衛省の内部部局が協力して行うこともあるのだが、対象の捕縛または殲滅に関しては防衛省の陸上総隊が担当することになっており、これに警察が関与することは出来ない。状況により海上での行動がともなう場合は陸上総隊の要請により海上自衛隊が、空域であれば航空自衛隊が派遣されることがあるが、現状そこまでの事案は幸いと言うべきか起きたことは無い。今現状、特殊災害に対して動く部隊は一つしかない。



それが彼ら、【特殊災害害獣特別対策班】訳して【特対】である。



 【特対】は陸上自衛隊陸上総隊特殊作戦群の組織下に入っている。もともと国民にはその装備など一切が知らされていない特殊作戦群だが、その中でも【特対】に関しては更に厳重で国秘として扱われている。


 【特殊災害】それは言葉としては使われるのは【NBC災害】、所謂【核】【生物】【科学物質】により引き起こされた災害の事をさす。ある分その範疇で間違いはないのだが、この【特対】で対処を行う【特殊災害】は一般のそれとは違う。生物が引き起こした災害ではあるのだが、彼らが対処するもの、それは・・・・・所謂【化け物】に対する防衛及び殲滅である。


 【特対】の存在自体も極秘扱いされており、自衛隊の内部でも彼らの詳細を把握しているのは限られた上層部の人間だけになる。世の中の混乱を避ける為と隊員の安全を確保するのが主な理由ではある。

 そんな彼らは人知を超える存在に対して防衛あるいは殲滅を主な目的とした、との戦闘に特化したスペシャリストの集団である。


 今この廃工場を中心とした半径数百メートルは陸上総隊特殊作戦群の小隊が包囲し固めている。要所要所に重火器を搭載した車両も配置されその厳重さは日本国内とはとても思えないほど物々しい。今この工業団地が静かなのもその為だ。工業団地一帯は自衛隊を残して今無人と化している。


 何故か、それはこの廃工場内には彼ら【特対】が対処すべき存在がいるからに他ならない。


 そうと呼べる存在がここにいる。


 彼ら、【特殊災害害獣特別対策班】は今作戦に四人一組の三チームが投入された。各班ともリーダー格一名を軸に近距離戦闘員二名と狙撃手の構成だ。


 各班はターゲットの確認が取れたところで本格的な装備の確認作業に入った。


 【特対】は他の自衛官とは異なる特殊な装備が多く支給されている。その主装備の中の一つにパワードスーツがある。油圧アクチュエーターと電磁感応疑似筋繊維による動作補助により、人体の大きさでありながら小型重機並みのパワーと四足動物並みのスピードを得ることが出来る次世代型のパワーアシスト装置となっている。

 外観は一見すれば真っ黒なウエットスーツの様な質感をしたボディースーツを纏っている。そのスーツ全体に筋の様な独特の模様が刻まれ背中には大きな硬質素材のバックパックが取り付けられている。人体の各急所にはバックパック同様の耐衝撃性にとんだ硬質プレートで保護されており、さながら近未来的な鎧の様にも見える。

 だが一番の特徴は膨張した手足であろうか。

 それは一見極限まで発達した筋肉の様でありながら決して人体ではおこりえない盛り上がりをしている。例えるなら人間にマウンテンゴリラの腕をつけたような、そんな縮尺的に異質な大きさだ。

 それもそのはず、一番に強化すべき部分である手足に疑似金繊維だけでなく耐衝撃用の外骨格も備えている。

 このパワーアシストスーツで本気で動けば人体の骨格では到底耐えきれない。それ故に容積が増えてしまうのは致し方の無い処置である。


 彼らは【化物】と戦うため【化物】を身に着けている。

 



 陸上総隊が包囲している廃工場から少し離れた路上に二台のトレーラーが停車していた。

 見た目は普通の箱型フルトレーラーだ。だがその中身は全くの別物だ。

 【特対】専用であるその車両は、装備の予備パーツの交換などを行うドッグ機能と医療設備を搭載したメンテナンス車両、それとJMRC-C17無線装置をはじめとした機器を搭載した管制指令室を要する指揮車両に分かれている。この二台がそろえば基地機能の大半を賄えるほどの能力を有している。



 その指揮車両内の司令室区には三人の男女が小さな円卓を囲み座していた。


 一人は防衛省整備計画局防衛計画課特殊災害害獣対策技術室長を務める女性で名を【川崎玲子】。

 その右隣りには陸上自衛隊第一師団二等陸尉である【皆川武治】が、そして対面には陸上自衛隊陸上総隊特殊作戦群特殊災害害獣特別対策班隊長であり、この部隊の司令官である【中条和久】一等陸曹が座っていた。



「皆川さんお孫さん生まれたそうね。おめでとうございます」


 祝いの言葉を口にしている割には無に近い表情で、川崎玲子が前に座る皆川に頭を下げた。


「ああ、川崎室長ありがとう。初孫なもので私も家内も大変喜んでいるよ」


 少し照れながら皆川が返礼すると川崎は「そう」と自分から言い出しながらも素っ気ない返事をする。それから直ぐに興味無さそうに今回の作戦内容に目を通し始める川崎に「相変わらずだな」と内心思いつつ皆川は苦笑いで場を濁した。


「今はお孫さんと一緒に暮らされているのですか?」


 代わりに場の空気を読んでか終わりかけの話を盛り返したのは中条である。

 中条は人当たりのよさそうな笑みを浮かべ、皆川へと質問を投げかける。そんな中条に皆川はまたしても苦笑いを浮かべるが、直ぐに口を開くあたり満更でもないのだろう。


「息子の嫁は既に両親が他界しているからな、産後の休息を家でしてもらっているんだよ。と、言っても家内が全部やっているし、私は家に帰る事がほとんどないからね。なかなか孫の顔が見れないんだがね」


 はっはっはと機嫌良く笑う皆川に「それは残念ですね」と中条が述べる。


「致し方あるまい、こんなご時世だ。我々ものんびりとはしていられんさ」

「そうですね。まさか【特殊害獣】がこれほど多く出てくるとは思ってもみませんでしたからね。初めて奴らが現れてから14年ですか?不謹慎かもしれませんがこんな事にも慣れてきてしまいましたよ」

「はははは、そこは私も一緒だよ中条君。昔の自衛隊の一番の仕事は訓練と自然災害救援だったのだがね、今となっては化け物退治が常とはまるで映画の世界に来てしまったかのようだよ」

「そろそろよろしくって?」


 皆川が手をヒラヒラ振りかるく息を吐き会話の流れが中断したところで、一通り資料に目を通し終わった川崎が持っていた資料を机に置くと淡々とした口調でそう告げる。その言葉を皮切りに皆川と中条も緩んでいた表情が一気に引き締める。


「そうだな。では始めようか。川崎君」

「はい。技術班から今回のターゲットに関する報告を致します。まず、ターゲットは人型に近くそれでいて狼種とおもしき能力と見た目を持った個体です。便宜上それをと仮称致しますが、このワーウルフ三体が本作戦の殲滅対象となります。ワーウルフは過去にも一度確認されていまして、その際は現地警察官が接触、その後自衛隊とも交戦いたしましたが行方を晦ませてその後足取りは不明となっています。この時の詳しい内容は手元の資料の通りとなりますが、あくまでも相対した警察官からの聴取が殆どなので主観的な内容となっていますのであくまでも概要参考程度と考えてください」

「発生地区が一緒だが同一個体と思っていいのかな?」


 川崎の説明に皆川が質問するとそれに答えたのは中条であった。


「その可能性は否定できないですがそうだとも言い切れません。それを特定する要素がないですからね。あくまでも一警官の目撃証言と被害者の状況だけでしかありませんので。同一個体であれば懸念が減っていいのですがね」

「なるほどな」


 皆川は分かったと軽く手を上げると、川崎は続けて話はじめる。


「では、話をもどします。今回現場からワーウルフの体毛が採取されています。それをもとに調査検証した結果ですが、まず簡単に申しまして小型の実弾銃は効かないと思われます。これは以前出現した際警察官から報告もされていました特徴とも一致します」


 淡々と語られる事実に皆川と中条の二人は自然と眉間に皺が寄る。


「これはなかなか面白い特性を持っています。普段は弾力がある硬い毛でしかないのですが、瞬間的な物理衝撃が加わると性質が変化し鋼鉄並の強度を有する物質へと変化しました。パワードスーツにも採用しているD3oなどに近い性質が見られます。全身がこの体毛で覆われているのですから、口径の小さい銃では衝撃は多少与える事は可能でしょうが、急所の目や或いは毛並みに沿ってなどを狙わない限り直接傷を負わせる事は難しいと言えるでしょう」

「こうして改めて聞かされると途方も無いな、このというのは。作戦立案時に届いていた報告書に目を通した時は何を馬鹿なことをと思ったよ。で、今回使用するバレットM82A1の57mm弾は効くのかね。正直こんなものを人の住む街中でぶっぱなしたくはないのだがね、君たちの見解だとこれくらいないとどうしようもないと言うから引っ張ってはきたが」

「計算上では可能です」

「あいまいだな」

「仕方がありません。検証出来ないのですから」

「確かにそうですね」


 技術部門の責任者である川崎からの冗談とも思える報告となんとも力のない後押しに、皆川は革張りの椅子の背もたれにギシリと体を預け、死地へと赴く隊員の資料を仰ぎ見る。そこに記載されていた装備品で目を止める。


「今回超高振動ナイフが初投入となるそうだね」

「はい。今回特対の装備として支給しました超高振動ナイフは三橋総合研究所製で、刃の部分が毎秒15万回の微細振動をすることで鋼鉄をも簡単に切り裂くことが可能となっています。単純な切断能力に加え、振動エネルギーから起きる高熱により、ターゲットに対して効果はある程度見込めるものと思います。ただ、欠点といたしまして、パワードスーツから電力を供給しないといけないため、ただでさえ短い稼働時間が更に短縮される恐れがあります」

「バッテリーパックか・・・・あれの稼働時間は中条君のところで検証しているのか」

「さすがにぶっつけ本番は危険ですからね。まぁ同時使用で凡そ二十分ほどですね。亀モードでしたらその三倍一時間ほどは動けますが、兎モードですとそれが限界ですね。これから害獣が増えるようでは、早く燃料電池の性能が向上してくれるのを願うばかりです」

「それだけか。そうなると短期決戦を挑むしかないのだな」

「えぇ、ですので今回の作戦プランという訳です。M82で片が付いてくれるようなら最高ですが、まぁそこは油断しないに越したことがないでしょう。前回はまんまと逃げられていますからね。我々としては何としても今回で仕留めたいところですよ」

「中条さん捕獲重視でお願いしますって言ったと思いますが?」


 仕留めると語る中条に川崎が睨む、中条はニコリと笑ってすげなくそれをかわす。


「川崎室長、分かっていますよ。ただ隊員の生命重視ではいきますのでご了承ください。三体の内二体は出来れば初手で仕留めておきたいのですよ。かと言って保険無しという訳にもいきませんので結果としては最初で決めろ。そう隊員には言ってあります」


 その口ぶりの所為かあるいは言われたことに反論しがたいためか、川崎は不機嫌さに表情筋をピクリと引きつらせる。


「いえいえ、分かっていますよ。川崎室長の仰りたい事は。出来るだけはいたしますので」

「川崎君も分かってやってくれないか。中条君の立場ではそういうしかないのだから」

「分かっています!!」


 飄々とした様子で躱す中条に対し益々川崎の視線は強くなる。二人に挟まれる皆川は胃が痛くなる想いを感じながら間を取り持つしかない。

 さすがに人命を優先するという中条の方針にはいくら研究馬鹿といえど無視はできない。だがやはり納得ができないジレンマから川崎は語気を強める。それを中条がニコニコと見ているものだから、皆川はこれ以上面倒は御免だと書類へと視線を逃がした。


「んん、では作戦自体の変更は現時点では無いので、双方問題なければ【特対】を突入させるが、構わないかな?」


 咳払い一つ、皆川が二人を見渡し同意を求めると、異論はないと中条は頷き川崎も不満そうだが頷いた。


「ではこれよりオペレーション【穴ぐらの犬】を発動する」

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