第7話 クロワッサンを頬張って
「おいし~」
「うん、サクサクしっとりって不思議な食感だし、バターの味が濃くってすごくおいしい!!」
「確かにうめぇな」
満席となっている駅前のカフェで年若い男女の6人が幸せそうに小さなクロワッサンを頬張っていた。
駅前の少し奥まった位置にあるこのカフェは、最近オープンした話題の店だけあってこの場所にも関わらず入り口では順番待ちの行列が出来ていた。
近所としては初めてとなる大事件の現場へと意気揚々とやって来ては悪戯だったと知った愛理たちは、昌平の誘いのもと折角だからと出向き待つこと30分。予想よりは持ち帰りの客が多かったためか早くに席に着くことが出来た少年少女は、待たされ焦らされた分と期待感に膨れ上がった食欲に、手にしたクロワッサンに勢いよくかぶりつく。
看板メニューとなっている話題のクロワッサンは、一口含んだ瞬間に絶妙な甘さと軽やかなサクリとした食感に芳醇なバターの香りが口いっぱいに広がり、これ以上ない幸福感で満たしてくれる。
少女三人は次々と口に頬張っていく。そこは女性と言えどまだあどけなさが残る年代。おいしさに周囲の目など気にしないとばかりに大きく口を開いては、一つ一つが小ぶりなクロワッサンは二口ほどで跡形も無く消え去っていく。
少年三人はそんな少女たちの反応に満足そうに眺めては、クロワッサンを一口で一気に食べきる。少年らはそのあまりの軽さと小ささに少々物足りなさを感じるが、それ以上の向かい側の席で幸せそうに笑みを浮かべる意中の少女という眼福があるが故不満になど思うはずも無い。
「しかし、悪戯にしては手が込んでるよな、これ?」
千晶のスマホの写真を改めて見ながら昌平が口にする。
「ちょっと~。食べているときにそんなの出さないでよ!!その所為でお昼御飯も途中で食べられなくなったのに、ここでもなんて嫌だよ!!」
やっと嫌なことを忘れ気分が上向いていた愛理は、またぶり返された嫌な話題にムスッと不機嫌さを露にする。
これは話題の提供ミスだったことを昌平はすぐに悟る。食べることに集中して女子だけで楽しそうにしていることに焦った昌平が犯した痛恨のミスだ。
昌平は苦い表情を浮かべ慌ててスマホを千晶に返した。
それでも「ごめんごめん」とお道化て場の雰囲気を壊さないように謝るあたり、昌平は結構場慣れしているのだろう。
「愛理もそんなに目くじらたてんなよ」
「怒ってないけど、おいしい物を食べているときは嫌!!それ以外も嫌だけど。今は絶対嫌」
「あ~はいはい」
めぐみが適当に手を振ってあしらうと、愛理は「む~」と頬を膨らませる。
「それにしてもよぉ、こんな悪戯になんの意味があるんだろうな?手間だけは凄いかかっていると思うけど、そこまでする事にメリットってあるのか?」
だがめぐみにしてみればこんな面白い反応をする愛理は絶好のからかいの的だ。むくれる愛理を楽し気に、かつ獲物を見つけた獣の様に獰猛な笑みを浮かべ、ここぞとばかりに話を膨らませていく。
「え~悪戯だから意味なんてないんじゃないの~?」
「最近話題の事件を真似して驚かせたかったとかじゃない?テレビでも特集組んでたから目立とうとして、ほら模倣犯だっけ?そんな感じの」
そこに悪意無く唯々興味と流れに乗った千晶と少しでも愛理の印象に残ろうと必死に食らいつく男子生徒が、愛理の意に反してめぐみの思惑にどっと乗っかる。昌平だけは先ほどのミスがあるからか様子見をしていた。
「模倣犯はちょっと意味が違うんじゃね?例えるんだったら愉快犯っしょ」
「う~ん、めぐみちゃんの言っている方がしっくりくるね~」
「確かにそうだね」
「でも千晶はまだあれが悪戯だったって納得してないんだよね」
男子生徒の弁に飲んでいたカフェオレの氷をストローで回しながらめぐみが異を唱えると、砂糖でべたつく手を紙ナプキンで拭き終えた昌平が流れ的に問題無いだろうと相槌をうった。
そのタイミングで本日四個目のクロワッサンを指代わりにめぐみに向かって指した千晶が「その通り」と大きくうなずくと、くりんとした大きな瞳でゆっくりと全員の反応を確かめるように見渡していく。そして最後に引きつった表情の愛理を見てはそのクロワッサンをぱくりと口に放り込んだ。
「あのほき、ちわきは、ムグムグ、ほっとはむへがしたんはよね」
「いや、食い終わってから喋れよ」
口に頬張ったまましゃべりだす千晶にめぐみが呆れに手を振る。流れ的に千晶が全てを咀嚼し終るのを全員が待つこととなった。
「んぐ、あぁ喉に引っ掛かりそうになったよ~。あ、でぇでぇ、あの時、あの現場に着いた時、千晶、すんごく背中がぞくっとしたんだよね。多分千晶が思うに悪戯って方がカモフラージュで本当は事件が起こったのを警察が隠しているんだと思うんだよ~」
「何だその陰謀説」
よほど早く話をしたかったのか、勢いよくクロワッサンを頬張りアップルジュースで流し込んだ千秋は、雰囲気を出す為か若干声のトーンを落としてホラーじみたミステリーを口にする。
愛理が「うっ」という引いた悲鳴を上げるが、めぐみの呆れ口調の突っ込みにかき消される。
実際千晶が口にしたことは遠からず真実に近い事を言っていたのだが、そのことに気づくものは誰もいない。
「さすがにそれはテレビの見過ぎじゃね」
「だよな。実際日本の警察ではそう言うのって難しいでしょ?」
「まぁその方が面白そうだけど、流石に小説のようにはならないだろうね」
「無いからね!あれは悪戯だからね!」
からからと笑い飛ばす男子同級生たち。愛理だけは少々必死に否定を念押しする。そのどれもが千晶の物言いを真に受けるものはいないようで、それに不満なのか或いはやはり悪戯であるということが面白くないのか、千晶は憮然と口を折り曲げた。
カフェ内には次々と入る注文によく教育された店員のはきはきとした声が届いてくる。大きな解放感のあるガラス窓に掛けられたスクリーンカーテンが傾いてきた日差しを程よく和らげてくれている。
そんな心地よくスタイリッシュな店内で交わすには不釣り合いな話題に、思春期真っ盛りの少年少女は華を咲かせていく。
ただ一人愛理だけが居心地悪そうに斜に構え、嫌な話の流れを遮ろうと牽制を入れた。
「まだ、その話題するの?」
「だって気にならない田口さん?」
「気にならない。私はもう忘れたいの」
「あははは、愛理ちゃん必死ぃ~。今日夢に出て眠れなくなりそだね~」
「言わないでよう。あ~思い出しちゃった・・・・うう、本当に夢に見そう・・・・」
涙目になり項垂れる愛理の背中をめぐみがバンバンと叩く。
「大丈夫だって。何ならあたしが一緒に寝てやってもいいぞ」
ニヤニヤするめぐみにどう見ても悪意を感じる愛理がジト目を返す。
「めぐみは絶対嫌よ。夜中にこの話してくる気でしょう!!」
「あはははは、当たり前だろ!!」
悪ぶれるそぶりも見せないめぐみがはしたなく親指を立てる。愛理は軽い溜息を吐くと、また一口クロワッサンにかぶりついた。すると今の話が無かったかのような幸せそうな顔をするのだった。
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