第6話 そこにあるもの
静かになった悪戯と判明したはずの事件現場に賢志は一人残った。
賢志が愛里の誘いを蹴ってまでここに残ったのには理由がある。
人付き合い自体苦手で余計なことで煩わされるのであれば一人の方がいいというのもあるが、一番の目的は別だった。
「この場所・・・・何でこんなにも気持ち悪いんだ」
違和感と言えばいいのか、妙な圧迫感の様な得も知れぬ気持ちの悪い感覚が、ここに着いてからというもの賢志にはずっとあった。いや実際にはこの場所に着く前から近づくにつれてどんどんそれは強くなっていた。ことここに着いてからは少し目眩すら覚えるほどに強烈になっている。
賢志が皆と離れて歩いていたのは馴れ合いを拒む以上にこの不快感からだった。
賢志が見た限りでは愛理たちは何も感じていない様子だった。彼女たちはいたって普通であり、何もなかったこの場所を心底残念そうにしていた。中には楽しんでいた者までいる。今の賢志が感じているものを彼女たちが多少なりとも感じたのであれば、そんな行為はできないだろう。そう思えるほどこの場の不快感は酷かった。
「僕だけ・・・・何で」
ならば自分だけが、それはそれで気味が悪い。これは自分おかしくなったのか、或いはここがおかしいのか。
ただ何にせよ愛理が早々にこの場所を離れてくれたのは賢志としては幸いだった。正直この気持ちの悪い場所にいつまでも愛理を居させたくは無いと賢志は思っていた。
「やっぱり何かおかしい。今まで感じた事の無いこの不快感はいったい?」
一歩、その袋小路となっている路地へと踏み出す。濃い何かが賢志にまとわりつき不快感を与えてくる。
正直賢志自身も直ぐにでもこの場から立ち去りたい気持ちだった。だがどうにも気になって仕方が無い。何故この場所で何故このような感覚に陥るのかが知りたくてたまらない。自分でもどうしてこんな考えを抱いているのか不思議なほどに。
賢志はそこへと近づく。
賢志は千晶が持っていた写真は見ていない。見ていないがまるで知っているかのようにその場所へと真直ぐ進んでいく。
いや、それも違うだろう。賢志は確かに見ている。事件現場の写真とかでは無く、その場所にある何かを。
一番奥の壁の手前で賢志は立ち止まった。
(何だよ・・・・・・これ!?)
止まってしまいそうになる息を意識して胚を動かし辛うじて継続させる。速くなる鼓動で胸が痛く苦しい。
驚き困惑するが、その一方で「これはこういうものだった」と妙な既視感も湧いてくる。
少し歪んだアスファルトの道に変哲の無い剥き出しのコンクリートのブロック塀。雨の後だろうか黒く変色した縦縞が古さを感じさせる。
それはどこにでも見受けられる光景。この一角は比較的古い建物が多い所為かこの風景は周囲に良く馴染んでいる。そんな何の変哲もない場所である。
だけどこれは、この目の前に浮かんでいる物だけは異質であった。
「・・・・黒い靄?」
ブロック塀の前に薄っすらと黒い靄の塊が浮いていた。
黒煙の様なものが風にも流されず浮かんでいる。それは余りに不自然で不可思議な現象。
賢志は眼鏡を外してから軽く目を擦り再度掛け直して、改めてその場を見る。
「・・・・・変わらない」
その視界は何も変わりは無かった。やはり黒い靄のようなものが見えている。
靄はブロック塀の少し前に一塊だけ存在していた。それは何かの形があるようで形が無い。球状に渦を巻きながら時折不規則に形を変えていく。明確な境界線も無く、まるでその一角だけ空気を黒く着色してしまったかのような光景。靄はあるような無いようなとても不確かな状態だ。
賢志は恐る恐る近づき黒い靄へと手を伸ばした。1.5m程ある靄はゆらゆら揺らめいてはいるがその場から動く様子は全く無い。
臆病な賢志がどうしてそんな行動をとったのか。今この時はそのこと自体すら賢志は意識すらしていなかった。
賢志の手が靄に触れた。
「・・・・・・・・・・・・・・うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その瞬間、賢志は絶叫を上げ靄から飛び退くと尻餅をついた。
喉を詰まらし咽返りながら肩で荒々しく呼吸を繰り返す。一気に蒼白とかした顔色はまるで生気を無理矢理抜き取られたかのよう。白目が剥き出しになる程目を見開き、額からは冷たい汗が流れ出てくる。
賢志は目の前に漂う黒い靄から少しでも離れようと尻摺りに後ずさる。
(何だこれ、何だこれ、何だこれ、何だこれ)
賢志の頭の中は錯乱していた。理解できない状況と光景に、脳と心が焼き切れそうだった。
それは余りにも常識外れでありながら、妙に現実的な光景。
「何でこんなものが頭の中に入って来るんだ?! 違う、有り得ない。こんなのは現実じゃない。こんなの存在するはずが無い」
両手で頭を抱え蹲る。滴る汗が地面に黒い染みを作っていく。
「何でこんな酷いのが見えたんだ・・・・・いや、違う頭の中に直接浮かんできて・・・・ウゲェェェ」
込み上げた不快感と強烈な恐怖にその場で嘔吐した。
「ハァ、ハァ、畜生。何だよこれ・・・・・・」
賢志は両手で顔を押さえ呼吸を整える。口の中に残っていた嘔吐物を吐き出し、落とした鞄を急ぎ拾うとふらつく足でその場を急ぎ離れる。取り敢えずここから離れたい、近くにいたくない、その一心で必死に足を動かす。鞄を抱え賢志は走り出す。もつれる脚を叩き必死に前へと進ませる。途中一人の制服を着た少女とすれ違った。
すれ違った少女が賢志に振り返り見るのだが、賢志はその事に気が付くことなく、況してや少女など目に入っていないかのように走り去っていった。
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