第5話 違和感

 おじいさんはそれだけ告げると去って行った。


 殊の外つまらない結果に終わってしまった事に、千晶もめぐみも消化不良なのか不満そうな顔をしている。


「大概はそんなものよ」


 気楽になった愛理がほかの二人を窘めると、小柄な千晶が頬を膨らませムスッとする。その姿はまるで駄々をこねる子供のようだ。愛理が千晶の頭をなれた手つきで撫で始め、千晶はそれを拒むことはせずに受け入れる。

 昌平たちがその様子を尊いものでも見る目で眺めているなど愛理と千晶は気づいていない。ただめぐみだけは違う。

 めぐみは顎に指を添え思案気に愛理と昌平そして賢志を順にみると、口角の両端をにゅっと持ち上げてから口を開いた。


「まぁしゃーねーわな。たくよ、手の込んだ悪戯だよ。ここまで来ちまった千晶が馬鹿みたいじゃないか?!」

「え~なんで千晶だけ~。めぐみちゃんも張り切っていたじゃな~い」

「ほら、もう気が済んだでしょう? だったら帰りましょう」

「あ~、何かスッキリしねぇなあ。なんかもっとおもしれー事ねぇのかよ?」


 そしてめぐみが頭の後ろで手を組み少し演技がかったセリフを口にしながらちらりと昌平たち三人に目くばせをする。


(あぁちょっとわざとらし過ぎたか?)


 余りに露骨過ぎた切り替えしに我ながら下手だなと自覚しつつ、パスを出した相手に期待の目を向け続ける。


(でも何にも無しじゃぁつまんねぇんだよな。あたしは煮え切らないのが好きじゃないんでね。愛理には悪ぃけどたきつけさせてもらうよ。あとちょっと面白そうだしな)


 そしてそのめぐみの思惑は昌平が続くことで望み通りと動いていく。


「な、ならさぁ、この後遊びにでも行かないかい?駅前にアメリカの何とかってカフェが新しくオープンしたみたいだし、皆でいってみようよ!」


 昌平は別にめぐみの意に気付いた訳では無いのだろう。実際昌平は愛理ばかりを見ていてめぐみの事など全く見ていない。だがめぐみの与えた仕掛けは彼にとっては好機であった。ならば乗らない手は無いと、昌平はその機会を利用し提案をする。


 ただ気を焦り過ぎたのか少々恰好のつかない疎かな情報でのお誘いではあった。


「そうだな、その何とかってとこで休んだらプリ撮ったりとかさ」

「おお、いいね。その何とかって店おいしいって隣のクラスのやつ言ってたわ」

「誘うならお店の名前くらい覚えておこ~よ~。何か聞いてて気持ち悪くなる~」


 そんな昌平に他の男二人が無理に合わせたものだから猶の事質が悪い。曖昧すぎる記憶に千晶が不快そうに眉を顰めて文句を言う。


「てか、どこだよ!何とかって!」


 折角のお膳立てをこうも無下にするのかとめぐみは呆れと苛立ちに語気を強め、アスファルトを数度脚で打ち鳴らす。


「ニューヨーク・タリーズカフェよね。クロワッサンがおいしいって言ってたよ」

『そうそれ』


 地元の情報誌に載っていたなと思いだしながら愛理が情報のフォローをいれると、男子三人がそろって相槌を打った。


 誘い方はお世辞にもうまいとは言えないが、結果的には愛理がその場所を知っていたということは少なからず興味があるのだろう。

 それならばと更に攻勢を強める。


「いくでしょ皆?」


 皆と言いながらも愛理に視線を向けて同意を促している。愛理のおいしいという話に既にほかの女性陣は行く気満々の様子。


 愛理は少し困ったと眉尻を下げチラリと賢志を見た。賢志は相も変わらず我関せず、何もなかった現場をぼうと見ている。


「でも・・・・」

「愛理ちゃんいこう~よ~。皆でおいしいの食べた~い」

「どうせ、やる事無くなったんだしよぉ。あたしも憂さ晴らししたいからね」

「ね、田口さん行こう」


 躊躇う愛理を千晶が手を引くように強引に誘う。めぐみと昌平がその後押しとばかりに促す。

 愛理は再度賢志を向き「ケン君も・・・・」と一緒に行くよう誘おうとすると、賢志が視線を愛理へと向けると「僕はいいよ。もう帰るから」と愛理の言葉を遮った。

 

 愛理はそんな賢志に僅かな引っ掛かりを覚える。

 賢志が素っ気ない態度をとることはしばしばある。それは大概他人が居る時だ。だからこれもいつも通りの行動と言えばそうなのだが、愛理はこの時いつも以上に賢志を放っておくのは駄目だと思えた。


「え、だったら私も・・・・」


 自分は行かない、そう伝えようとするとそれは昌平に強引に阻まれてしまう。


「行こうよ田口さん。皇は何か予定でもあるんでしょ。折角だからみんなで話題のお店を確かめようよ」

「そうだよ~いこうよ~愛理ちゃん」

「う・・・・うん」

「よし、じゃー先ずはクロワッサンを食べにいって、その後はその時考えようか!」


 愛理はつい流されるように返事をしてしまった。

 ここまで押されると断りきれずに愛理は千晶とめぐみに手を引かれ皆と一緒に駅方面へと歩き出した。

 一人残る賢志を気にし何度も振り返るが賢志は愛理を見ることは無かった。愛理はそのことに寂しさを覚えつつ諦めたように素直にめぐみ達についていくのだった。

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