第4話 何も無い現場

 本日最後となる授業の終礼チャイムがスピーカーから流れる。

 区切りが良かったのか教師はチャイムと同時に授業を終わらせ、生徒たちが凝り固まった体を伸ばしたり友人に語り掛けたりとしたりと教室内に音が氾濫し始めた。

 この授業を担当したのが丁度クラス担任だったので、その場で連絡事項を何点か告げられて解散の運びとなり、煩わしい時間が無くなったことに多くの生徒が喜びを顔に出す。


 下校時間直後の昇降口は生徒たちで何時もごった返す。

 何せこの学校は部活動の強制参加は行っておらず、あくまでも自主参加である為、部活が無所属の所謂帰宅部である生徒が非常に多いのだ。帰宅部は終礼と同時に傾れ込んでくるのだから混雑もするだろう。

 だから少しでも早く教室を出られるのは彼らにとってはありがたい。


 賢志や愛理もその中の一人だ。


 賢志は体を動かすのが得意ではないし絵や音楽も特段興味がない。生まれて14年間、特に強い興味を抱いて何かに打ち込んだことも無ければ、かと言って友人と暇を持て余して遊び惚ける事も無かった。出来るだけ静かに淡々とした生活を送ってきた無気力人間、それが賢志である。当然、部活に参加するはずも無くこうして終礼と共に一人或いは愛理と家路につくのが常だった。


 賢志は上履きを下駄箱にいれながら面倒臭さに深くため息をついた。


「ねぇねぇどんなだと思う!」


 やたらと甲高く張った声が昇降口に響く。


「本当にあれば、の話しだろうが」


 それにぶっきら棒な女の声が答える。


「在るかどうかは分からないけど、仮にほんとだったら物騒だよね」

「だな。女の子だけだったら狙われんじゃね?」

「じゃぁ俺らで守んねぇと」


 追随して男3人が気長けた笑いながらそう言った。


 今日の帰りはいつもと違う。

 何故か愛理を含む6人と一緒に帰ることになってしまった。

 その事に賢志は再度溜息をこぼした。


 話は昼休みに遡るのだが、愛理とめぐみと千晶が朝方の事件のことで盛り上がった結果、愛理の健闘も虚しく皆で現場を見に行くことになってしまった。

 当初は三人だけで行こうとしたのだが、近くでその話を聞いていた・・・・偶然を装った計画的な盗み聞きなのだが・・・・猪俣昌平いのまたしょうへいを含む3人の男子生徒が自分達も行きたいと言い出し、男がいたほうが安全だろうと悪そうな笑みを浮かべためぐみが助言した事もあり、それならば一緒に行こうという話になってしまったのだ。

 愛理としては物騒な現場にも行きたくは無いし普段通りに賢志と一緒に帰ろうと思っていたのだが、こうも盛り上がられては嫌とは言えない。だから多少の八つ当たりもあったのかもしれないが、愛理は賢志を一人にすることを過去の経験から極度に嫌がることもあり、賢志も一緒に連れていくと宣言をした。

 賢志はその事を全く知らなかった。放課後になって愛理から有無を言わさぬ決定事項として告げられ半ば強引に連れてこられてしまったのだ。


「愛理ちゃん。僕もいかないと駄目なの?」


 だからこうしてムスくれるのを誰が咎められようか。

 だが愛理は下駄箱から靴を出し賢志の隣に並ぶと「私だって行きたくないんだからケン君も来なさい」と勝手な都合を押し付けてくる始末。賢志は不満をありありと浮かべながらも愛理が言い分を聞いてくれそうにないと悟るとこうして諦めの溜息を吐き出した。


「・・・チッ」


 そんな賢志と愛理のやり取りを見て小さく舌打ちをする存在が一人。


 猪俣昌平だ。


 昌平は横目で二人のやり取りをそれとなく見る。その目には強い敵意が感じられる。

 それもそのはず、昌平は愛理が賢志を構うのが気に入らない。これに関しては一緒に来た他の男子も同様らしく、昌平ほどではないにしても面白くなさそうな視線を二人に向けている。その理由は言うまでもなく思春期の少年たちにはどうしようもないものだ。


 そんな男子たちをめぐみがニヤニヤと見ていた。


(面白くなりそうだな)


 また一つ事件が起きそうな予感にめぐみは胸を躍らせた。



 目的地は事件があったとされる住宅密集地で、学校からは歩いて20分程の距離しか離れてない。常識から言えばこのような所で事件があれば何かしら学校に連絡がきているべきだろう。だがこの事件に関して警察から特別な発表は無く、近隣の住民や学校にも詳細は伏せられ「解決した」との連絡だけしか届いていない。それはこの事件の特異性の為であり、それが如何に残酷で常軌を逸脱した犯行であったとしても、そのと思しきものを公表することが出来ないためだ。


 そんな事は知らない賢志たち7人は談笑を交えながら事件現場へと向かっていた。

一行は前に愛理たち女子三人、次に猪俣ら男子三人、最後に賢志という形に纏まり、女子三人は怖がる愛理を面白がりながら一生懸命宥め、後ろの男子三人がそれを眺めながら何やら思いに耽っている。賢志はと言えば特に何もせず、少し離れた位置取りで黙々とついていく。



「ここだよね~?」


 目的の場所に辿り着くと千晶が首を傾げながらスマホの画面と見比べた。

 写っている場所で間違いは無いのだが、その表情は納得がいかないといった様相を浮かべている。


「・・・・何も無いね」


 愛理がぼそりと呟く。

 その安堵ともとれる声色に千秋の頬は更に膨れ上がっていく。


 そこには何もなかった。


 いや、何時も通りと言うべきだろうか、写真にあるような肉片も壁に飛び散っていた血の跡も何も無かった。警察が立ち入りを規制しているなどと言うことも無く、至って静かな住宅街の一角でしかない。


「ほら~、やっぱり悪戯だったんだよそれ!」

「え~そうなの~。がっかり~」

「なんだよ、つまんねぇな。ここまで来たのに何にも無なんて」


 ホッとする愛理に落胆する千晶、そして期待外れに怒るめぐみ。三者三様の反応ではあるが、それでもみんな共通して肩透し感はあった。

 その女子三人とは裏腹に男子三人組は何も無い現場にそれほどの興味を示してはいない。幾分つまらないなと落胆する部分はあっても、目的がでないため優先度としては低い。そもそも愛理と一緒に行動する事に意義があり現場がどうなっているかはどうでも良く、正直面倒事が無いにこしたことはないというのが本音だろう。凄惨な現場があって怖がった愛理が思わず抱き着いてくるなどの理想のハプニングも想像したりもしてはいたが、それが現実に起きるとは流石に思ってはいない。だから内心では何もないことを是としているのだ。


「田口さんの言う通り悪戯だったんだね」


 昌平が愛理のご機嫌取りに同意してみせる。すると他の男子も負けじと乗っかりはじめる。


「流石田口さんだよね、学校に連絡ないのはおかしいって言ってたもんな。そこまで気付かないよ普通!」

「うん、冷静に判断する田口さんはすごいよ」

「え、いや、そこまでの事では・・・・」


 あからさまなお世辞に顔を引きつらせる愛理の横では、諦めきれないのかまだ画面と睨めっこをする千秋がいる。


「ん~そうなのかな~」

「千晶ちゃんまだ諦めてないの?」

「さすがにこう何にも無いとなぁ・・・・」

「そうだよ佐々木さん!写真は合成だったんだって」

「う~ん」


 皆から言われながらも納得できない千晶に愛理たちが苦笑いを浮かべていると、一人のおじいさんが近づいてきた。


「おや、また見学者かい?」

「え、あ、こんにちは。またって、何人か来ていたんですか?」


 おじいさんに一番近かった昌平が対応する。昌平は陸上部に所属しているためか以外に礼儀正しい。因みに賢志は大分離れた所に一人立っていて我関せずを決め込んでいるようだ。


「ああ、朝から沢山来ていたよ。学生さんも何人か来ていたけど、後片付けが終わった後だったから何も無くてがっかりして帰って行ったね」


 おじいさんが気になることを口にした。


『後片付け?』


 昌平とめぐみがハモる。


「ああ、警察がここのを片付けて綺麗にしたんだよ」

「え、じゃ~ここにやっぱり死体があったの~?」


 千晶がおじいさんに駆け寄る。いきなり駆け寄ってきた千晶におじいさんが少し驚いていたが、直ぐに持ち直して笑いながら話し始めた。


「ハッハッハッハ、若い女の子がハッキリと凄い事を口にしたものだな!死体かい?やっぱりそう思って来ておったのか。他の野次馬たちも皆そう思っていたからなぁ。どうもそれは違うらしいぞ。警察が言っておったが死体に見せかけた悪戯だったらしい。壁の血の跡も水性絵の具か何かだという話だしなぁ。悪質ではあるのだがただの悪戯らしいぞ」

「え~そうなの~」

「そうでなければ近くに来れる訳が無いだろうに、それにこんなに早く綺麗にするなんて有り得んことだろう」

「そう・・・・ですよね」


 千晶がおじいさんの話を聞き肩を落とす。結果的には愛理が言っていた通りの話だ。誰も見てはいなかったが愛理がホッと胸を撫で下ろしていた。自分では無い無いとは思いつつも不安はあったのだろう。それを第三者からそうだと肯定してもらえたことでやっと安心に確信が持てた。

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