第3話 昼時の嫌な会話
「こんな所にパトカーなんて珍しいよね」
「そうね、あまり見た事ないかも」
過ぎ去るパトカーを少年と少女が目で追い振り返る。
「巡回かな?」
愛理が賢志に尋ねる。
「乗っていた人、制服じゃ無かったから事件とかじゃないかな?」
賢志は差ほど興味が無いのか無表情で答えると、それに愛理が「あはは」と軽い笑い声をあげ「ないない」と手を振った。
賢志と愛理はこの近辺に住んでいるが、生まれてこの方事件らしい事件など起きたことが無い。住民同士も仲良く町内会の連携も確り取れているとても平和な地域であるため、ここで事件が起きるイメージが愛理には思い浮かばなかったようだ。
「分かんないよ。最近、深夜帯の猟奇事件が多いってテレビで特集組んでたし」
「ちょっと、怖いからやめてよね」
愛理は思わず鳥肌が立ってしまった腕を手で摩る。
「ケン君がそんな事言うから、ほらぁ鳥肌立ったよ」
賢志はメガネを擦り上げて愛理の腕を見る。
「ちょっとそんなに見ないでよスケベ」
「ス、スケベってなんでだよ!」
「厭らしい目で女の子の肌をジロジロ見るからだよ」
「鳥肌立ったって言うからだろ。別に変なことしてないじゃん」
「あ~はいはい。もういいから、学校遅れるから急ぐよ!!」
「ちょっと、愛理ちゃん待ってよ」
愛理は足早に歩きだす。賢志もその後を慌てて追っていった。
「おはよう!!」
愛理は教室に入ると大きな声で挨拶をする。明るく涼やかな声は教室中に広がりほとんどの生徒がそれに反応し愛理の方へと振り返った。
「おはよう、愛理」
「あ、おはよう田口さん」
あちらこちらからにこやかな声が返ってくる。これはこの教室で見る毎朝の光景であり、田口愛理の毎日の日課でもある。愛理はその挨拶一つ一つに笑顔で応えていく。
愛理はこのクラスのマスコット的存在である。
愛理が教室の入り口から自分の席に着くまで、それこそ何人にも話しかけられ、愛理もそれを嫌がる事無く明るく言葉を交わすのだ。
それに相対して同時に教室に入って来た賢志は静かに自分の席へ向かい、誰とも挨拶一つする事も無く席に座る。これもまた毎日の光景である。
愛理と違い賢志は人付き合いが苦手だった。
基本、愛理以外と話すことはほぼほぼ無い。休み時間もお昼の時間も常に一人で過ごす。偶に見かねた愛理が構ってくるのだが、それが賢志から人を・・・・厳密にはクラスの男子たちを遠ざける原因になっている。
愛理はクラスのマスコット的存在だが、それは別に元気だからとか明るいからだけでなっている訳では無い。クラスで人気になる理由など至極単純で可愛いからだ。
そんな愛理が構うのだから他の男子は面白くはない。かと言って咋な虐め等しようものなら愛理に嫌われてしまうので、結果相手にしないということになってしまう。
賢志はその事を認識していながらも敢えて何かをしようとはしなかった。
賢志は女子からは別に嫌われてはいない。正直、賢志の顔は良い。眼鏡を外せばそれこそ中性的な美少年である。しかし、コミュ症であるが故に誰とも喋らず関わろうともしないので、女子たちも敢えて関わろうという気にはならなかったし、女子もまた愛理という存在が賢志から遠ざかる原因の一因となっている。
賢志としてはこの状況は好ましかった。誰も自分に興味を持たずにやり過ごしてくれることは賢志にとっては過ごしやすい環境であるからだ。だが、愛理はそれを是としたくないらしく、どうにか改善できないかと色々と動く節がある。
そして今も愛理が賢志の世話をやきはじめる。それがこの状況を作っているのだと知らずに。
「もう、いつもそうやって仏頂面して」
愛理が腰に手をあて賢志の机の前に立つ。
彼女は昔から賢志の世話役みたいな事をしてきた。幼少の頃から近所に住んでいたが故に良く一緒に遊んでいた二人。所謂幼馴染というものだが、昔から賢志がこの様な性格の為その尻拭いを愛理がしてきた経緯がある。その関係は中学校に入ってからも変わらずこうして世話を焼いている。ただそれは賢志にとってはあまりうれしい行動では無い。賢志としては一人の方が楽だからだ。
賢志はどうにも昔から他人に興味が薄い。人と接していても何か物足りなさを感じてしまい楽しいと思えないのだ。
「いいよ、別に」
面倒臭そうな顔をする賢志に愛理は臆せず話を続ける。
「また、そうやって。少し明るくすればケン君だったら友達作れると思うんだけどな~」
「余計なお世話だよ」
「む、誰のために言ってると思ってるのよ!」
「別に頼んでないよ、そんな事」
「いつまでもこんなんで良い訳ないでしょう? 私だって構ってあげられなくなるかもしれないよ・・・・」
少し訴えるような目を賢志に向けるが、賢志は表情を変えることなく「別にいい」と突っぱねてしまう。
「・・・・そう。そんな事で後悔しても知らないからね!」
愛理がムスッとして自分の席へと戻る。周りから多少痛い視線を賢志は感じていた。
賢志と愛理が通っているのは都内にある都立霧ヶ崎第二中学校である。創立20周年程のまだ新しい学校で、全校生徒780名ほどが通っている。
特に抜きん出た実績も特色もない普通の公立の中学校で、通っている生徒も学区内の者だけ、当然遠方から態々来る物好きもいない。そもそも近くに私立紫堂院中学校があり、こちらは有名な名門中学であるため、そういった優秀な生徒は皆そちらへ行く。だから言ってしまえば学力も部活動成績も取り分け目立つ実績の無いごく平凡な中学校だ。
賢志と愛理はこの中学では同じクラスで3年F組である。
昼休み、愛理は教室で母親に作ってもらった弁当に箸を進めていると、机を並べ一緒にお昼を楽しんでいた友人が興奮気味に話題を切り出した。
「ねぇ、聞いた~?今朝の事件のこと」
愛理の向かい側で箸に刺したウインナーを軽快に振り回しながら、愛理の友人、佐々木千晶がつぶらな瞳を輝かせる。
ただ出てきた話題は女子がするには色気の無い、愛理と賢志が今朝がたすれ違ったパトカーに関連したものらしい。
「ああ~聞いたわ。えっらい騒ぎになってたっしょ、それ!?」
こちらも女生としては些か、と言うより大層問題ありげな言葉遣いで同意を示したのは、愛理の隣に座る工藤めぐみである。
「え、そうなの?私パトカーが走っているのは見たけど、それって事件だったの?」
愛理は今朝の事を思い出しながら千晶に聞く。
千晶は振り回し過ぎて飛びそうになったウインナーを口に入れる。
「ン、モウモウ・・・・ホメガフゴヒホホ」
「分かんねぇから、食ってからにしろよ」
「んぐ。・・・・そうそれが、さっきトークで回ってきたんだけど、噂の猟奇殺人だったっていうんだよ~。おっかなくな~い?」
「ぎゃはははは、ホントかよそれ? 嘘くせー!!そんな大事だったら学校休校になってもいいんじゃねーの?」
「え~だってトーク回してきた子が見たって書いてあったよ~」
「皆が事件だって騒ぐから、さっきネットニュース覗いたけどそれらしいのは何にも載っていなかったぞ」
「ニュースに出来ない位やばいのなんだよ~きっと!」
「だから、そんなんだったら休校になるだろうが」
「そうね。休校まで行かなくても注意するよう放送位はあってもいいと思うよ。それが無いのだから、それ程大きな事件ではないんじゃない?」
愛理は放送用のスピーカーを指さす。今日はチャイム以外何もスピーカーからは流れてはいない。
「ええ~だって~事件現場にあったのはミンチ肉だったって」
さらりと悍ましい言葉を口にする千晶に本気で引く愛理。箸を入れようとしたハンバーグに視線を落とす。めぐみはそれを見ながらニタニタ笑っている。
「嘘でしょ? やめてよ~怖いから。あと食事中!」
愛理は箸を置いて顔を強張らせる。映画でもホラー系とかが苦手な愛理は、当然この手の話題も苦手だ。
千晶は周りをキョロキョロと見渡した後にスマホをポケットから出す。先生に見つかれば一週間の没収になってしまうので隠しながら二人に画像を見せる。
そこには規制線の奥に集まる警官と血まみれの壁が写されていた。
「ひっ!」
愛理は小さな引きつった悲鳴を上げて即座に画面から目を逸らす。余りにも生々しい画像は見るに耐えないものだ。そもそも食事中に出すものではない。千晶とめぐみはそこまで気にならないのか「なんだこれ~すげ~」と小声で言いながらマジマジと見ている。
愛理は未だ食べ残っている自分の弁当箱の蓋をそっと閉めた。吐きそうだった。
「ね! ミンチ肉でしょ~」
「もう、何でそんなの見せるのよ~。信じらんない!!」
「え~そう? だって凄くな~い?」
げんなりとする愛理とは裏腹に千晶は興奮気味だった。画面ロックを解除して直ぐに写真が出てきたことから、千晶がその写真を何度も見ているのだろうと愛理は思い至り、親しい友人ながらその行動に信じられないと不審な表情を向ける。
「この場所って、あそこの団地の近くだろ?」
「そうなの~。近くだからびっくりだよね~」
めぐみがニヤリとしながら写真を見ている。その顔を見た愛理は嫌な予感に襲われる。大概めぐみがにやけた時にはロクな事にならないのは愛理の経験則が雄弁に語っている。
「放課後さあ、皆で・・・・・・」
「行かないからね!!」
だからめぐみの発言が良くない事だと察した愛理は即座に否定で被せた。
「なんでだよ~。こんな面白い事そうそう無いんだから行ってみようぜぇ」
「全然面白くないから」
「え~だって~ミンチだよ~すごいよ~」
「や、やめて・・・・ミンチとか言うの。想像するから」
「想像も何も写真がさぁ・・・・」
「いや~見ない~」
めぐみが千晶のスマホを机の上に置くと、愛理は顔を背け画面を手で隠すが触るのが怖いのか画面との間が妙に開いている。
「そ、そもそも、その写真・・・・本物なの? なんか嘘っぽく見えるけど・・・・」
「え~、本物だと思うよ~って言うか、愛理ちゃんほとんど見てないでしょう~?ちゃんと見てみてよ~。ほら、あそこの団地の壁だって~!」
「いい・・・・いい、見たくない!」
「あははは、相っかーらず苦手か愛理は!!」
「そんなの好きになれる訳無いでしょう」
この二人はとは小学校からの付き合いだ。愛理の好色など手に取る様に理解している。だからこそこうして愛理の近くにスマホを寄せているのだから。
「昔っからだめなの~?私なんておばけや屋敷とかだ~いすきだよ~」
「ホラーとかグロイのとかは生理的に無理」
愛理は心底嫌そうな顔をする。
「てか、そうじゃなくて、その写真。事件現場の写真なんて撮れないと思うんだけど、いくらなんでも警察の人に止められるでしょう?きっと面白半分で作った画像だよそれ!」
「え~そうなのかな~?合成には見えないけど~。よっく見てみて愛理ちゃん」
スマホを愛理の目の前に持っていく。既に先生に対して警戒することを忘れてしまっている。
愛理は両手で画面を隠しながら「いい。いい」と必死の抵抗だ。
「ま、何でも良いけど。本物かどうかなんて見に行けば分かんじゃね?」
「うん。そ~だね。見れば分かるよ~」
愛理の些細な抵抗など何の意味もなさず、どんどん嫌な方向へと話しが進んでいく。
「やめなさいよ!もし本当だったら危ないし」
「なんだ愛理も本物だと思ってんじゃん!」
「違うよ。思ってはいないけど・・・・けど、もし本当だったらって話よ」
「警察いんだし、大丈夫じゃね?」
「そうだよ~。放送も無かったって事はもう危険がないからじゃないかな~。犯人がつかまっているとか~」
「おお、そうだな!それだよ。だから大丈夫だって、な、愛理」
「そもそも、本当なら絶対に近くになんていけないでしょ?」
「え、何でだよ?」
「そんな現場に入れるわけないでしょ! 警察が塞いでるはずだから見える所になんていける訳が無いよ」
「あぁ~確かに!」
「え~それでも行ってみたいよ~」
「見えないんじゃなぁ・・・・あ、近くに団地あんじゃん! あそこ登れば見えんじゃね?」
「さすが~めぐみちゃん。じゃ~入れなかったら団地から見てみようよ~」
強引に話を進める千晶とめぐみ。めぐみは普段から楽観主義者で楽しければオッケーで行動に移す習性がある。それ故にトラブルを起こすことも屡々だ。千晶もおっとりした性格のためか深く考えない。愛理は二人に友人にいつも振り回されている。
(もう、ケン君の世話だけでも大変なのに)
このまま行けば面倒事になりそうだと、手のかかる眼の前の友人の顔を見ながら深いため息を吐くのであった。
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