第2話 奇々怪々
ウウーーーー。
普段は閑静な住宅街にけたたましくサイレンが鳴り響く。周囲の住宅の壁を赤い回転灯の光が走り回る。
「箭内警部こちらです」
若い制服警官が黄色の規制テープを持ち上げ身を屈めて潜り通ると、箭内と呼ばれた中年の男も同じ様に続けて潜り抜けていく。
「これはまた惨い事しやがるな」
「はい、今まで見た中ででも特に酷い状態だと鑑識も言っていました」
若い警官と箭内が見ているのは、元が何であったかもわからない程に散乱した肉片である。周囲が住宅のブロック塀に囲まれた細い袋小路にまき散らされていた。
箭内はハンカチで口元を覆う。とても耐えられる様な匂いでは無い。現場に馴れている箭内でも顔を顰めてしまう程ここは強烈だ。
「いつだ?」
箭内の問いに若い警官は手帳を取り出し「発見が今日の朝6時ごろ」と告げる。開く前に淀みなく答えている辺りから、手帳を広げているが若い警官は見たというより習慣で開いたのだろう。
若い警官の返答に箭内は無精髭が目立つ顎を指で摩る。
「それだと犯行は深夜あたりか!?ここまで酷いと鑑識も特定が難しいだろうな」
「はい、今朝から調べてはいますが大凡で昨日の午後から今朝方との見解しか出ませんでした。とは言っても既に死体とすら呼べないものでそこまで分かるのですから、大したものと感心しますけどね」
「科学捜査は日本の警察の真骨頂だからな。で、害者の目星は?」
「それが全く。特定する物が何分少ない、と言うよりは肉片と体液だけしか残っていませんし、それこそ衣類の切れ端すらありませんでしたからね。街頭カメラで確認するか行方不明者として申請された人物を当たっていくか、どちらにせよ時間はかかると思われますよ。それにこの状況ですと恐らくは・・・・」
「特殊災害扱いか?」
「そうなるでしょうね」
二人は今後の展開を考えると渋い表情を作る。
特殊災害扱いになると地元警察はサポート役に回されるだけで、実質捜査に参加できなくなる。自分たちの管轄内で起きた事件を他所の者に掻っ攫われるのは心情的に面白くない。
「あいつらのやり方は好きになれねぇんだよな。もしそうなったら害者は行方不明扱いか・・・・・・」
「気持ちは分かります」
箭内は現場をサラリと見渡し、
「そうなると、ここにこれ以上用はないか・・・・・」
軽い溜息をつくとその場を離れ、若い警官もその後に続く。
「目撃証言も無しか?」
「この近隣では一切出てきていないですね」
箭内は胸ポケットから電子煙草を取り出し咥えると、ぷはーっと長く煙を吐き出した。
「ただ、一つだけ残っていた物がありまして」
若い警官が手帳に挟んでいた写真を一枚見せる。
「釘?・・・・いや、毛、か?」
「はい、恐らく。それでこれが特殊災害の根拠、ですかね」
写真に写っていたのは短く真っ直ぐな灰色の一本の毛。明らかに人毛では無さそうだ。
「あぁ・・・・見た感じ随分と堅そうな毛だな」
写真で見ても分かるくらい異様な程厚みがある毛は、先端が針のように尖っている。
「何のかは分かっているのか?」
「まだ正式には報告が上がってきていませんが、ジンロウだろうとは言っていました」
「ジンロウ!?」
箭内は開いた口から思わず電子煙草を落としそうになるのを慌てて手で掴む。
「あいつか・・・・・・また厄介だなそれは」
電子煙草を手に持ち頭を指で掻く。
「箭内警部は確か以前ジンロウと」
「あぁ、前に一回だけあるな。あれは硬いうえに速くてな。とても俺たちだけでは対処できなかったよ・・・・・・ああ、それで俺が呼ばれた訳か?」
「まぁ、そうですね。実際出くわしたことのある箭内さんの意見をと思いまして! それで、速いのはイメージ的に分かるのですが、硬い、ですか?」
「ああ、俺らの装備では傷すらつかねぇよ。銃の弾が弾かれた時には度肝を抜かれたぜ」
「それは・・・・また、すごいですね」
想像したのだろう、若い警官が眉を顰める。
「ジンロウだとすれば犯行は夜で確定だな」
「上もそう言ってはいましたが、以前もそうだったんですか?」
「ああ、前のも全てが夜狙われたよ。俺が見たのも深夜だったしな・・・・今思い出しても身の毛がよだつよ・・・・あの化け物は」
箭内は顔を顰めると両腕をさする。
「その時のって討伐されていないんですよね?では、これもその時の・・・・でしょうか?」
「どうだろうな?その可能性は高いとは思うけどな。あと、討伐されてないんじゃなくて、出来なかった、だ。俺たちだけじゃなく自衛隊でも全く歯が立たなかったらしいからな」
「え?それでは・・・・」
「流石に自衛隊も無策のままでは無いだろうから何かしら手は打つだろう。あれから半年経っているわけだし。何も対策立てていませんでした、何て言ったら税金払っている世論が黙っていないさ。とは言っても世論に漏れるかどうかは分からんがな」
「はぁ、だといいのですが?」
箭内の弁に若い警官が対策か世論かどちらともつかない曖昧な返事を返す。
「そう言えば、さっき目撃情報でこの近隣ではって言ってたな?ここ以外で何かでてるのか?」
「はい、未確認ですが郊外のつぶれた工場でおかしな物音を聞いたという情報が、何でも遠吠えの様だったそうなので、その確認はこの流れですとあちらさんで、となるでしょうね」
「まぁ、下手に遭遇したら俺たちでは何もできないで全滅だろうからな、それならそれで助かるよ」
「上からの連絡は?」
「いつも通りですかね」
「取るもの取ったら片付けろってか?」
「はい、そうです。誰かの悪戯という形で処理しろと、多分箭内さんが来たのでもうそろそろお達しが来ると思いますよ」
「はっ、それはお早いことで。近隣への非難勧告も注意警鐘も無しになるのか?」
「ええ、基本的にジンロウであれば日中は問題ないとのことですし、行動範囲も掴めていませんからね、逃げろと言っても何処に逃げたらいいのか」
「家に閉じこもっていても関係ないしな。警察が言うのも何だが護りようが無いってのが正直なところだな。不甲斐なくて胸糞悪ぃことだ。あいつらの事だ、市民の安全確保だけは俺らの責任にするんだろうしな」
「そうですね。だから本庁でも形だけの警戒をするだけで実質は何も出来ない、ですかね。では、私は現場に戻って片付けの準備を始めます」
「ああ、ご苦労さん。俺は無駄だろうが念の為聞き込みしてくるよ。せめて害者さんだけでもはっきりさせたい」
箭内がひらひらと手を振り去っていく。若い警官は箭内を見送ると軽く敬礼だけをしてまた現場へと戻っていった。
箭内はパトカーに乗り込むと、再度電子煙草を銜え数回吹かしてからシフトを動かした。
現場の凄惨さや今後の面倒くささで多少やさぐれた気持ちでいた為か、暫く進んだところで二人の学生とすれ違う際に思わず悪態が口からこぼれる。
「若造がイチャこらとしらがって」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。