第2話

 カリヴァーは枯れた木を倒して餓鬼の隠れ家を作れないようにした。悪の草と枯れ木燃やし、山の見晴らしを良くして餓鬼を追い回した。カリヴァーは何度か火縄で撃たれたが気にもせずに暴れ続けた。黄金の街で暴れていた頃に培った精神は火縄の鉄を通さない位に鍛え上げられていたのである。

 カリヴァーは餓鬼を殺せば殺すほど刀は鋭くなるのだが、何かを失っていている気がしている。暴れる度に暗かった森に光が射し込んできて、小さな花が咲いたり、岩清水が湧いたりしている。カリヴァーはそれを見て“美しい”と思うようになってきている。


 狂った雲は次々にオレンジの塊を降らすのだが、カリヴァーはそれを踏みつけながら暴れていた。昼も夜も関係なしに暴れていた。


 ズィーベンは暴れ続けるカリヴァーの面下の眼を見ていた。星空のように透き通った輝きの瞳をズィーベンは痛々しく見ている。一人で暴れるカリヴァーが身近に感じているのである。

 ズィーベン達も違う所で餓鬼と闘っていた。水晶の剣が餓鬼のオレンジの血で濁っている。熊本は笹周辺を守っている。猪田は杉周辺を…鹿井達は岩場の方を死守している。

 いつの間にか圧倒されていた餓鬼達の殺戮は勢いを弱めていた。山の住人達に少しの安堵が戻ってきている。

 ズィーベンも夜は小鳥達のコンサートを楽しむ余裕が出てきている。山の住人達はそれまでは、それぞれが自然の摂理で生きていたがこの戦いによって協力せざる得ないのであった。

 しかし、カリヴァーは闘い続けている。カリヴァーの薙ぎ払う度に辺りが炎に包まれる。カリヴァーの暴れる都度、雷が堕ち炎の柱が上がるのである。


 ある日、カリヴァーは戦いの手を止めて休んでいると透明の川を見つけた。真っ白な砂や岩は美しい…。微笑みながら刀を鞘へ収め、面を取り川の水で顔を洗いオレンジの血を洗い流した。川の美しさに見とれていると後ろに気配を感じた。

 後ろにはズィーベンが立っていた。足元の影の中から黒い狼は唸っている。

「ここは美しいだろ…」

カリヴァーは無視した。

「お前のおかげでだいぶ餓鬼が減ってきた…ありがとう」

「俺は暴れたいだけだ…お礼などいらん」

「暴れたい…だけ?」

「ああ、そうだ」

「…うそつきだな」

「なに!」

「里山では暴れてるが奥山では慎重に闘っているではないか!奥山で暴れたら山の住人の住みかも失われるのが解ってるから、慎重に闘っているのではないか?美しい山の魅力が解っているのではないのか?その眼は美しいものを欲している…私にはそう見えるのだが」

「バカな…お前になにが解る!デタラメな事を適当に言うんじゃない!」

「山に放置してある山の住人の死骸を埋めているのは何故だ?供養しているのは何故だ?戦場にそのひょうたん酒を撒いてから闘うのは何故だ?戦う理由があるからじゃないのか?それに気付いているからじゃないのか?」

「いい加減にしないと、お前も…殺すぞ!」

「お前に私は殺せない…」

「…なんだと!」

「お前は他の気持ちが理解出来るが故に遠ざけているのだ…私の心も解っているはずだ…だから、お前は私を殺せない」

「…」

「お前は…」

「言うな‼それ以上言うんじゃない!」

カリヴァーは面を着け、そそくさと川を渡って山に入っていった。

 ズィーベンはカリヴァーの後ろ姿を見つめた。


 餓鬼達は火縄ではカリヴァーは倒せないと、蔦を編んで作った網罠をあちらこちらに仕掛けた。

 罠に掛かったカリヴァーは暴れたが蔦は斬れずに捕まってしまった。吊るされたカリヴァーに容赦なく餓鬼達は槍や火縄を撃ちこんだ。数日間続き…さすがのカリヴァーも傷付き体力を失っていった。

 トンビは上空で見ていてそれをズィーベンに知らせに行ったが里山で闘っているズィーベンはカリヴァーの元へ行こうと必死に目の前の敵を切り裂いた。


 カリヴァーは何度も撃たれたり刺されたりを繰り返して刀を握る力を失い、そのまま力尽きてしまった。

 餓鬼達はカリヴァーの骸を罠から取り出してその場で焼いた。カリヴァーを焼いた煙は青白く天高く昇って行った…。


 ズィーベンがその場に辿り着いた頃にはカリヴァーの骸は灰になり錆びた刀が地面に突き刺さっていた。ズィーベンは焦げた鬼の面を手に取りきつく抱き締めた。

 ズィーベンの涙がカリヴァーの灰に染み込んで行く…。


 狂った雲はカリヴァーの死を喜び夜な夜な山の住人の肉と酒で宴をあげていた。餓鬼達は歓喜を叫びながら肉を頬張っている。


 ズィーベンは太陽と月にカリヴァーの魂を願った。自分の魂を半分捧げる代わりにカリヴァーを生き返らしてくれと願い続けた。しかし、太陽は代わりの戦士を送ると言う。月は武器なら送ると言う…。ズィーベンはカリヴァーでなくてはダメだと言った。カリヴァーの瞳に映った宇宙の広さを求めた。


 ズィーベンは黒い狼と共にカリヴァーの刀の所へ行くと、カリヴァーの灰がうっすら光っている。しばらく見ていると、灰は宙に浮きパッと光を放った。

 光の中から美しい白馬が現れた。

 白馬はズィーベンに近づき頬を擦り寄せた。ズィーベンも白馬を抱き締めた。

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