ズィーベンとカリヴァー

門前払 勝無

第1話

 西の空に狂った雲が集まりだした。

 狂った雲は大きな塊となり東へと動き出した。雲は名だたる山の神達を殺戮し始めた。戦いの経験の無い神々達は直ぐに狂った雲に殺されてしまった。残された生物たちも逃げ惑うばかりであった。狂った雲は土を腐らせ生命を排除しながら東へと進んでいる。

 狂った雲が現れてから三年が経っていた。

 太陽と月はこのままでは全ての大地が腐ってしまう…しかし、太陽と月は何もできなかった。太陽と月は相談した。生命が助けを求めたとき互いに時間を半分づつ出し会い二つの魂を地上へ送ろう。その魂に地上の混乱を納めさせよう…。


 ある山へ狂った雲が押し寄せてきた。

 狂った雲からオレンジの塊が降ってきた。

 山の住人達に不安が過った。山の至るところにオレンジの塊が降り注ぎ、木々は枯れ始めた。悪の草が生えてきて山の住人達の古から守ってきた秩序は失われた。

 山に来たオレンジは徐々に餓鬼へと変貌し山の住人達の殺戮を開始した。逃げ惑う山の住人達は里の住人達に助けを求めたが聞き入れられなかった。

 餓鬼に戦いを挑む者もいたが彼らの持つ強力な武器にはかなわず、山には住人達の死骸が散乱した。腐敗臭は森に漂い霧となり視界を遮る。


 その惨状を遠くから見ていたトンビは、海に輝く太陽に相談をしに出掛けた。

 太陽は「しばし待たれよ」と言い沈んでいった。


 朝陽と共に現れたのは深い青の鎧を着た一人の女性であった。その女性の影からは黒い狼が出てきた。女性はトンビに“ズィーベン”と名乗り狼に跨がりトンビの案内で山へ向かった。


 夜な夜な黄金に狂わされた街で暴れる鬼がいた。

 鬼は黄金に目もくれずにひたすら暴れている。鬼は面を着け、錆びてガタガタの刀を担ぎ、はだけた派手な着物を直そうともせずに、ひょうたん酒を飲みながらひたすら徘徊していた…。街の住人達は困っていたが手も足も出せないでいた。この鬼が現れたのは三年前である。

 ある日、鬼が夕焼けを見ながら柿を食べていると、一人のお坊さんがやって来た。

「なんだボウズ!食っちまうぞ!食われたくなければあっちへ行け」

「そんなに意気がるな…お前さんの面から覗く眼は輝きを失っているだけだ…」

「…うるせぇ!」

「山へ行け…その眼は輝き、その錆刀は鋭くなるだろう…お前さんも暴れ甲斐があるはずだ…」

「うるせぇボウズだ!」

「山が怖いのか?お前さんよりも強いもののけがいるのが怖いのか?」

「怖いものなど無い‼」

「では、行け!」

「…どうせ暇だしな!」

「お前はカリヴァーと名乗れ…」

「…名前…」

「今まで“鬼”と呼ばれていたが、これからはカリヴァーと名乗れ…」

カリヴァーは錆びた刀を担ぎ直して立ち上がった。柿をペッと吐いて座っていた岩から飛び降りて、振り返るとお坊さんは夕陽の中へと消えていった。


 半月後ー。

 ズィーベンは何匹もの餓鬼を殺したが次々に現れる餓鬼に圧されていた。山の住人達も一緒に戦ったが強力な武器と限り無い数に圧倒されている。山の住人達の代表者達が協力しているが皆疲れていた。奥山の熊本五郎と猪田進はズィーベンと一緒に戦い慣れてきている。鹿井又兵衛、田貫新兵衛、木津根権兵衛もそれに続いている。


 カリヴァーは山に入ったが、道に迷ってしまいひたすら上を目指した。所々にいる山の神に道を訪ねるが教えてはくれない…。

 しばらく行くと熊の死骸を担いでいる二匹の餓鬼に会った。

「おい!」

「なんだよクソガキ…」

「お前らは山の住人か?」

「お前は誰だよ…ズィーベンの仲間か?」

「俺に仲間はいない…夕陽のボウズに聞いてここに来れば暴れられるらしいが…お前達もその口か?」

「…ここは殺しまくれるぞ!お前は俺たちの仲間だな!」

「…じゃあ、早速!」

カリヴァーは餓鬼に錆刀を振りかざした。

 餓鬼の首はカリヴァーの足元に転がった。もう一匹の餓鬼が火縄を向ける前にカリヴァーは喉元へ錆刀を突き刺した。

「…なんだコイツら…ザコじゃねぇか」

カリヴァーは餓鬼の頭を蹴っ飛ばした。

 笹の中から子熊が出てきた。子熊はカリヴァーの横に来て頭を下げている。

「ガキんちょ…なぜ頭を下げている?」

「お母ちゃんの仇をとってくれたから…」

「この死骸はお前の母ちゃんか?」

「…はい、僕を守って餓鬼に火縄で殺されました」

「火縄ってこのヘンテコな道具か?」

「はい。それは鉄を吐き出して僕たちを殺す飛び道具です…」

「飛び道具か…それはつまらんね…暴れるなら飛び道具は使ったらダメだ!」

「貴方は誰ですか?」

「俺はカリヴァー!暴れに来たんだよ!どこに行けば暴れられるんだ?」

「変な人…」

「人じゃない!カリヴァーだよ!」

「この餓鬼達をやっつければいいんじゃないですか…」

「…じゃ、チビ!案内しろ!コイツらがたくさん居るところへ!」

子熊はにっこりして走り出した。

 カリヴァーは慌てて追い掛けた。


 ズィーベンは山の長老達と会議をした。

 諦めて違う土地を探すべき、最後の一人まで戦うべき、隠れながら暮らす…など、皆の意見が別れてしまい。ズィーベンは困っていた。一人では力尽きてしまう…。熊本達はズィーベンに従うと言っている。

 そこへ子熊とカリヴァーがやって来た。

「長老様!暴れん坊のカリヴァーさんを連れてきましたよ!餓鬼を二匹アッという間にやっつけて母の仇をとってくれました」

「人間を連れてきてはいかん!」

皆が一斉に警戒した。

 カリヴァーは刀に手を伸ばして抜いた。

 ズィーベン達も武器に手を伸ばした。

「…あ!」

カリヴァーは自分の刀の刃を見た。

「おお…錆が落ちてる!」

皆の頭の上にはてなマークが浮かんだ。

 カリヴァーは直ぐに刀を締まった。この状況が解ったのである。

「…解った!」

「何がだ!」

ズィーベンが言った。

「お前らが弱き者…さっきのオレンジの餓鬼が強き者…だろう?」

「私達は闘っている!弱くなんて無い‼」

「どっちでもいいが…餓鬼を斬ると刀が綺麗になるからよ…明日からアイツらをやっつけるから…あんたらは邪魔しないでくれよな!」

カリヴァーはそういって出ていった。

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