第3話

 翌日、マヤは普段どおりに学校に行った。チイパッパの話によれば悪いやつがそろそろ現れてもおかしくはないが、当面は状況を見て対応するとかなんだか歯切れの悪いことをいわれた。

 魔法少女のことについてはひとまず伏せておくようにいわれた。もちろんマヤはいい子なので両親にそういわれたらきちんと教えを守るのである。


 放課後、マヤの両親が学校に来て、担任の山本先生とともに今後のことについて児童相談室にて打合せを行った。

 山本先生はチイパッパを一瞥して「ほお」と小さな納得の声を上げただけだった。彼は地球外生命体がいてもおかしくはないと常々考えているようなちょっと夢見がちな教員だった。

「人類の危機、ですか」

「はい。にわかには信じていただけないことかもしれませんが……」

 山本先生はA4用紙一枚に印刷された資料をしげしげと眺めていた。

 この資料はマヤの父がチイパッパに依頼して急遽作らせたものである。チイパッパは、外部に見せる資料になるから課長の決裁をもらわないといけないし、当日にそんなこといきなりいわれても困るし、課長は今日は部課長会議で離席がちだからどうかな、とかなんとかしゃらくさいことをぐだぐだとぬかした。しかし最終的にはこうして用意させられた。チイパッパにとってははなはだ不本意なことであった。

「うーん、前例のないことですからねぇ」

「私もね、羽島さんは優秀な子ですから個人的には『いいですよ』と二つ返事といきたいのはやまやまなんですけど、いかんせん、教育委員会の意見も聞かないとなんともいえないところが」

 チイパッパにとって更に不本意だったことは、マヤが魔法少女として戦うかどうかのこの打合せに、担任の山本先生だけでなく、主幹教諭の一ノ瀬先生と、校長の田上先生も参加していることであった。この二人は山本先生が呼んだのであった。マヤの両親はこの二人の先生の飛び入り参加に特になんの不満もないどころか、むしろ、心強さすら感じているようであった。しかし、チイパッパはいいくるめなければならない対象が増えたことに心底うんざりしていた。

「公欠以外の理由で登校せずに出席扱いにするというのは制度としては絶対にないわけではないんです。羽島さんの場合は違いますが、ケースとしては例えば不登校の児童がフリースクールに参加したり、あるいは自宅で学習を行ったり、そういった適切な課外活動でもって出席と認めるというやり方はあります」

 一ノ瀬先生が『日真小学校学則・規定集』と背表紙にしたためられた分厚いファイルを手繰りながら説明してきた。マヤの両親は熱心に聞いているが、チイパッパはクソクラエと思っていた。

「ふむむ、なるほど、一ノ瀬先生、こちらの規定集を読む限りですと、学外活動で出席扱いにするには、担任、保護者、または相当の責任者が活動を適切に監督し、報告書を提出しなければならないとありますが」

「らしいですね。ええっと、北小でそういうケース取り扱ったことがあるらしくて、知合いの先生にお昼に話聞いてみたんですけど、まあ、そんなに細かいことはいわれないみたいです。校長先生と、教育委員会に提出ですね、たしか」

「書式とかってあるんですか。あるならWordでいただけるとありがたいです。あ、あと、担任って副担任でもいいんですか、これって。私もひょいひょい授業抜け出すのは難しそうですし、副担でもオーケーなら私が忙しいときは吉見先生にお願いしたいんですけど」

「どうかなぁ。教育委員会に聞かないとアレですけど、私はいいと思いますけどね」

「教員ならどなたでもいいんじゃないですか。なんなら、手が空いてるときなら私も行きますよ」

「あらまあ、校長先生にお越しいただけるんですか。それは申し訳ありません」

 とかいうことを先生たちとマヤの両親たちは話したりした。チイパッパはその会話には全く興味がわかず、「課長、結構機嫌悪かったな」ということを気にしていた。

 多少の無駄話を交えながらも、ともかく大人たちの話はまとまりつつあった。マヤの魔法少女活動を認知する人間が増えたことはチイパッパには遺憾なことであったが、しかしながらマヤの父の説明のとおり、これらの教員たちは善良で御しやすい人々なようであるから、どうにか平穏に事が済むのではないかと切望していた。


 突然、チイパッパからブザーが鳴った。集まったついでにマヤの進路の相談をしていた大人たちは会話を止めて、若干眉をひそめながらチイパッパに視線を集めた。

「お話し中のところ失礼します。このブザーは悪いやつが出現したことを知らせるものです。そうですね……いまから一時間か二時間ほどでこのへんまでやってくるでしょう」

 マヤの両親と教員らは顔を見合わせた。そんなにすぐに始まることになるとはだれも想定していなかった。今日は金曜日であったし、週明けからぼちぼち取り掛かろうかとみんな思っていた。

 しかし、よその星の見知らぬ文化の、しかも敵対的な相手がそんな事情を配慮してくれるはずもなく、ともかく悪いやつは地球にやってくるのだそうである。

 人類のため、というよりも、差し当たっては自分とその身近な人間たちが悲惨な目にあうことを避けるべく、みな最善を尽くすことにした。

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