第2話

 マヤの母はチイパッパに対して、お前はいったい何者であり、また、マヤに何をさせるつもりなのか、ということをかなり厳しくテッテ的に追及した。

 チイパッパはしどろもどろになりながらも懸命にいいつくろった。だからほかの人間にバラされると厄介なことになって嫌だったんだ、と腹の中で舌打ちした。聞こえのいい美辞麗句を並べ立てながらも人類の使命やら責任だとかを織り交ぜつつ、のらりくらりとマヤの母をいいくるめようとがんばった。バレはしたが、たかが人間一人ぐらいならどうにかなるはずだ、と自分を励ました。

 しかれどもマヤの母は実に常識人であり、かつ、マヤを非常に大事に思っていたので、チイパッパとかいうマヤの母の家族らにとって敵か味方かも判然としない生き物の言葉にはみじんたりとも心を動かされなかった。

 マヤの母は、なぜマヤだけがそんな苦労をしなければならないのか、心身に危険はないのか、そのあいだ学校はどうするのか、なぜ他人にバレてはいけないのか、この活動に対する報酬はあるのか、といったことをかなり厳格にチイパッパに尋ねた。

「でもマヤちゃんががんばってくれないと人類の危機が……」

「魔法少女はマヤ以外の子じゃダメなんですか。負担軽減のために当番制にするとかいくらでもやりようはあるでしょう。そもそも魔法少女とやらに頼る前に、警察とか自衛隊に頼るべきではないんですか。それをね、こんな無力な一般庶民の力を使おうとするなんてあなたがたの星の道徳規範というのはどうなってるんですか」

 マヤの母は感情的にはならないよう努めて、あくまで理知的にチイパッパを追い詰めていった。かくしてチイパッパから吐かせた話によれば、以下のことが明らかになった。


・世間一般に広く周知すると魔法少女の力を悪用する人が出てくるかもしれないのであまり話を広げたくない。


・悪いやつは魔法少女でしか倒せないと思っているが、実をいうとほかの方法はそれほど本気で試していない。魔法少女の攻撃で倒せたからほかの方法はあまり模索していないのが現状である。


・魔法少女活動に対する報酬は考えていない。ボランティアの精神を発揮していただければと思う。活動で命を落とすことは稀だとは思うが、絶対にないことは保証しかねる。人類のために命を賭ける行為の崇高さに免じて欲しい。


・人類全体を魔法少女にするのは当方のコストの問題で現実的ではない。


 結局のところ、マヤの母を上機嫌にさせる話題は一つも出てこなかった。マヤの母は、たとえ人類が滅亡することになったとしてもそれは人類の問題であって、部外者に訳知り顔で口をはさんで欲しくないといいきった。

 チイパッパは「えっ、へっ、へっ」なんてお追従笑いを浮かべたが、マヤの母は黙殺した。地球人と異星人とのあいだには不穏な空気が漂っていた。


 そんな茶の間にマヤが入ってきた。台所に飲み物を取りに降りてきて、マヤの母たちの会話が聞こてしまったので、ついつい様子を見たくなったのだそうである。

「お母さん、いいよ。みんながそれで助かるっていうのなら、私が魔法少女になって悪いやつらをやっつけるよ」

 マヤはいい子であるので、家とか学校で聞かされる純粋な道徳的な精神を純粋なまま持っていたのである。そも、子供だから報酬とか賃金といった発想がなかったし、死ぬかもしれないという事態に現実的な想像が及んでいなかったのである。

 チイパッパはよろこび勇んで何かいおうとした。しかし、それをかき消す勢いでマヤの母がいとしい我が子を抱いておいおいと泣いたためタイミングを失した。マヤの母は、この子はいい子過ぎるのだ、と感動とも悲嘆ともつかない涙を流した。だからこそ、この子をそんな理不尽な目にあわせることなどあってはならない、とますます態度を硬化させた。それを受けてマヤは、母を泣かせるこのチイパッパとかいうやつは好ましからざる生き物なのかなと憶測し始めていた。

「ほら、マヤちゃんもこうおっしゃってますし、ここは本人の意思を尊重して……」

「マヤは私たちの子供なんです!」

 マヤの母は民法第なんとか条では未成年者の契約はなんとかかんとかということを怒涛の勢いでまくし立てた。チイパッパはもう帰りたくて仕方がなかった。本音をいえば、人類なんてクソクラエだ、と叫びたい気分であった。


「ただいま。おや、お客さんでも来てるのか」

 いっこうに話がチイパッパの期待どおりに進まないままに、今度はマヤの父も帰ってきた。父が茶の間にやってくると、チイパッパのあいさつもすっ飛ばしてギネス級の早口で母が状況をしゃべりまくった。

「とんでもない話だ。あなた、チイパッパさんですか。私はマヤの父です。もう一度初めから隠し事なしに話してもらえませんか」

 チイパッパは自身が出し得る最大限の媚び諂いの態度をにじませながら、どうにかこうにかマヤの父に状況を説明した。

 マヤの父は終始無言であったが、その眼差しにはあからさまな猜疑が込められていた。彼は、こいつの話し方とか話の構成は、仕事でやらかした人間がなんとか責任の所在をあいまいにして、なんとか怒られないように努力しているのに似ているな、と感じていた。

「そうですか。しかしいまのお話には気になる点がいくつかあります。よろしいですか」

 マヤの父は折込みチラシの束をあさくり、裏が白地になってるやつを抜き出して、ボールペンで「気になる点」を箇条書きにしていった。ずいぶんたくさんあった。マヤの母が指摘した事項もあれば、傍目には何事もないように思える文言もあった。

 たったいまはじめての遭遇を果たしたばかりであるにもかかわらず、マヤの両親たちにもチイパッパなる得体の知れない未知の地球外生命体が進退窮まって往生していることがありありと推測できた。

 マヤの父と母によるチイパッパへの厳しい尋問は続いた。マヤはいい子なので夕食に昨夜の残りのシチューを温めた。チイパッパにも一応は何か食べるか尋ねると、水を欲したので飲ませてやった。


 マヤの両親が全身全霊でもって搾り上げたチイパッパからは以下のような話が得られたのだった。


・チイパッパは地球からはるか彼方にあるハニャホニャラ星の某国の住人である。このことはチイパッパが携帯していた身分証でも確認でき、また、チイパッパの部署の責任者というやつの確認も取れた。


・悪いやつというのは某国で国体破壊を企てるも失敗したテロリスト集団で、彼らはハニャホニャラ星から逃げ出して潜伏先を探している。その潜伏先の候補として地球が挙げられているところである(しかしこれは裏付けをとれなかったが)。


・チイパッパらにとっては、地球や人類がどうなろうとぶっちゃけ知ったことではないが、テロを企んだ悪いやつらを残らず処理しなければ安心できないので協力を要請している形である。


・その他いろいろ


 話合いを重ねるうちに、マヤの両親とチイパッパは眠くなってきて他人への気配りも若干弱まり、かなりざっくばらんに腹を割って議論した。マヤはいい子なので午後九時には寝た。

 それからも大人たちの激論は続いたが、午前一時を少し回ったころ、あくびを噛み殺しながらではあるものの、どうにか落としどころを見つけるに至った。


「いや、結構なことじゃないですか、人類がどうでもいいだなんて。『あなたのためを思って』なんて言葉は信用できませんからね。チイパッパさんは自分のため、我々も自分のため、それでお互い割り切っていきましょう」

「私もハニャホニャラ星を代表してできる限りのことはさせていただきますんで、なにとぞよろしくお願いします」

 チイパッパは全身を二十重ぐらいに折らんばかりに頭を床にこすりつけた。彼の瞳はわずかにうるんでいたが、眠気のせいだけでもないようだった。

「ま、事情は飲み込めました。あとは現場を見てからですかね」

「そうねぇ。マヤが危ない目にあうっていうのなら許可できないし、それに、マヤは中学受験を控えてるでしょ。六年間の皆勤賞だってかかってるから、学校ほいほい抜け出して欠席になるのはちょっとねぇ」

「確かに。担任の山本先生に明日相談してみようか」

「あの、できればもうこれ以上ほかの人をかかわらせない方がいいと思うのですが」

「お気持ちはわかりますがね。しかしマヤの担任の山本先生は信頼できる人です。あなたにとっても損にはならんでしょうよ」


 マヤの両親は今日会ったばかりの異星人の土下座になぞ、いかほどの価値があろうかと冷めた気持ちすら抱いていた。チイパッパを外に見送り、しっかり戸締まりして、眠りについた。

 こうして、チイパッパにとっては期待する方向と期待しない方向の両面で話が進みそうになってきたのであった。

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