マヤはいい子、魔法少女

@con

第1話

 羽島マヤは通学路を下校中に落ちているぬいぐるみに気づいた。田んぼ道、畦に茂った草の中に隠れるように落ちていた。

 マヤはもう六年生だし、ぬいぐるみに未練が全くないわけではなかったが、あまり好みのデザインではなかったし、あんなところに落ちているということは汚れていそうだし、何より、道に落ちているものをみだりに拾ってはいけないという父と母の教えを思い出した。

 マヤはいい子なのだ。したがって、マヤはそのぬいぐるみを無視してまっすぐ家に帰ろうとした。家に帰って、宿題して、漫画見ながらおやつ食べようと考えた。

 すると、ぬいぐるみが不意に動き出して、マヤに話しかけてきた。

「きみがマヤちゃんだね。この星は悪いやつらにねらわれている。どうかきみの力を貸して欲しいんだ」

 マヤは最近はこういうAI的なものが搭載されたぬいぐるみもあることを思い出した。去年の誕生日にねだろうと思ったが、やや値段が高そうであることと、ほかにもっと優先順位が高いものがあったので見送った。そして結局よくあることなのだが、いまはそれほど欲しいとも思わなくなっていた。

 しかし、落としものであればタダで手に入るわけである。とはいえ、落ちているものを勝手に拾ってはいけないという父と母の教えは守らねばならない。

「ごめんね、お母さんが道に落ちてる物をむやみに拾っちゃダメだって」

「とんでもない。ぼくは物なんかじゃなくて生き物さ。ちょっと怪我をしてるんだ。マヤちゃんの家で手当てしてもらえると助かるんだけどなぁ」

 マヤは地球のほかに生命体がいてもおかしくはないという話を科学的な児童書で読んだことがあった。子供向けの話であるから、地球外生命体が存在してなおかつ地球と交信できる確率はかなり悲観的なものになるなど現実的かつ野暮なことは書いておらず、きっとどこかにはいるだろうね夢があるね、といった論調でまとめてあった。そのため、マヤはチイパッパが地球外生命体であると聞かされてもそれほど取り乱さなかった。

 この状況は確かに未知との遭遇ではあるが、マヤはもう六年生なので自分が知らないことが世の中にはまだまだたくさんあるのだと自重するところもあった。目の前のチイパッパなる生き物は不可思議ではあるけれども、それは最先端科学や世界遺産といったマヤがまだ経験したことのない不可思議と同様なようなものであり、「へえ」とちょっと感動はしたが、差し当たってはそれ以上の特筆すべき感情はわかなかった。

 ともあれ、マヤはいい子なので結局そのぬいぐるみらしき謎の生き物を拾って家に持って帰る(あるいは連れて帰る)ことにした。

「ぼくの名前はチイパッパっていうんだ。ところでマヤちゃん、これはとっても大事な話なんだけど、ぼくが生き物だってことはほかの人には内緒にして欲しいんだ。悪いやつらがどこでねらってるかわからないからね。あと、マヤちゃんは魔法少女になって悪いやつらと戦って欲しいんだけど、いいかな?」

「うん、わかった」

 マヤは屈託なく返事をした。チイパッパを抱えて、家に帰った。

「ただいま」

「おかえりなさい……あら、マヤ、その抱えてるものは何かしら?」

 在宅勤務中だったマヤの母は、マヤを迎えると直ちにチイパッパの存在に気づいた。どこかで拾ったのだろうか? あるいは友達からもらったとか? しかし、マヤの趣味とは外れているような気がするし、第一、マヤがいままでにそんなことをしたことはない。これは聞いておくべきだろう、とマヤの母は世間一般的な小学生の子を持つ親として考えたわけである。

「あのねお母さん、これは内緒にして欲しいんだけど、実はこの星は悪いやつらにねらわれてるんだって。それでね、これはぬいぐるみじゃなくてチイパッパって生き物らしいの」

 マヤはごまかすことなくチイパッパとの秘密をつまびらかに母に明かした。

 いきなり約束を反故にされて、チイパッパは心底度肝を抜かれた。このガキ何しやがる、とさえ思った。

 しかしマヤの名誉のためにいっておくと、マヤにとってチイパッパとかいうさっき出会ったばかりの得体の知れない生き物よりも、母の方が比較できないほど信頼できる存在なのである。それに、マヤの基準によれば母は「ほかの人」にはカウントされないし、母に明かして悪いことになるはずがないという判断もあったのである。

「まあ、そうなの。じゃあこれは生き物なんだ」

 母はマヤからチイパッパを受け取って、抱えてゆすったり、腹をなでたり押したりした。

 チイパッパはぬいぐるみを装ってしばらくはじっとがんばったが、マヤの母が思ったより執拗にチイパッパの正体を暴こうとしたため、結局は生き物であることを白状した。

「もう、そんなに乱暴にすることはないじゃないか。ぼくはチイパッパ、マヤちゃんにはこの星の平和を守って欲しいんだ」

 マヤの母は正体不明の知的生命体に驚愕も恐怖もしなかった。チイパッパの外見が地球人に動揺を与えづらいものであることも大きな理由だったが、それ以上にマヤの母は我が子をたぶらかしたけだものに不審と敵愾心を抱いていた。彼女はマヤがまっとうな人間に成長することを願っていたし、何より、我が子の生命身体ならびに財産自由を守るためであれば腕の一本や腎臓の一つぐらい全く惜しくはないほどの具体的な覚悟を備えていた。

 マヤの母は唐突に表れた地球外生命体に対してきわめて冷静に対応した。

「へえ、そうですか。マヤ、お母さんはチイパッパさんとお話があるから、あなたはしばらくお部屋で遊んでおくか、お外に遊びに行ってきなさい」

「はーい」

 マヤはいい子なので母のいうことをきちんと聞いて、自分の部屋に引っ込んだ。マヤの母はチイパッパをリビングに「よろしいかしら」と連れて行った。

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