幸せもどき

門前払 勝無

第1話

幸せもどき


 チョコレートケーキとモンブラン…。

 コーヒーの香り漂う喫茶店で迷っている。

 クリームソーダのチェリーを最後まで取っておく子供がいる。

 窓の外、僕のバイクの向こう側の古い街道には桜が満開、去年は何をしていたんだろうと哀愁に浸る。

 あの時、あの交差点に止まった数秒間は覚えている、ミラーに映った僕の背中にしがみつく君の不安そうな顔、僕はイタズラにスピードをあげたんだ。


 ひんやりとした部屋に君との事を美化する。


 僕を中心に世界へと波紋が拡がった時に僕は異次元へ入ったんだ。エンジンの爆音と排気ガスの匂い、ギアチェンジを繰り返しながら君とのページをめくって行った。そして、ヒストリーを閉じて僕はここに居る。

 チョコレートケーキとモンブラン…どちらにするか迷っている。

 もうすぐ君が来る。

 君から合鍵を受け取り、僕は新しいストーリーへと突入していく、それは君も同じだ。

 新しいストーリーでは僕はモンブランを選ぼう。チョコレートケーキはほろ苦いから…。

 

 新しいと言う表現が適正なのかは判断が付かないが僕なりの心境で言うならば、一冊の本のページを捲ったとしておこう。


 君が自慢気に作ってくれたギョウザはもう食べれなくなるが僕は手に入らない物があった方が大人になれると思っている。SR400があればロケットのように何処へでも行ける。君は僕に「冷たい」と言っていたけれど、僕は執着心がないだけで…と言うよりも、僕みたいな人間が他人を縛るような事はおこがましいと先行してしまうのである。傷付くのは僕だけで良いとー。


 一分の幸せを味わうと一時間の幸せが欲しくなり、一時間の幸せを味わうと永遠の幸せを欲しくなる。でも、幸せとは理想の変化系であって存在しないのである。自分じゃ作れ無いから他人に委ねて失敗を繰り返す。失敗ではない…自分の理想とは違う方向へ行ってしまうとしておこう。でもって違う他人に押しつけていく…何度も繰り返すうちに妥協が現れて我慢になっていつしか忘れてしまう。

 僕は幸せと言う縛りが足枷になることを嫌っている、常に選択しながらプロセスを楽しんでいる。結果は掲げるがそこまでの行程の中の選択肢を作ってパズルを組み立てるのである。自分の選択によって望んだ結果にいかに近づけるかを楽しむのである。

 君が仲直りしたいと言うのならば、僕は二択を作るであろうが、その時になってみないと解らない。

 このままSR400に二人で跨がって僕のアパートへ帰るか、君を一人この喫茶店に置いて帰るか…。僕は後者を選ぶと思う。その方が僕が始めに掲げた結果に近いからである。僕の君への幸せはハッピーエンドではないのである。塩味の効いたさっぱりとしたラーメンのような恋愛と言うテーマを持って君と同じ時間を共有してきたのだ。別れもさっぱりしないと後味が残ってしまう。


 テーブルにモンブランが運ばれると同時に赤いスポーツカーが僕のバイクの前を横切った。助手席から君が降りてきた。足早に店内へ入っていてキョロキョロと僕を見つけて正面へ座った。

「元気?珍しくモンブランなんだね」

「うん、チョコレートケー…」

君は僕の会話を遮って合鍵をモンブランの横に差し出した。

「ごめん、時間ないから…行くね」

君は水とおしぼりが来る前に店を出て行った。


 僕はページを捲った。


 男は少し渋味のある甘いモンブランを一口含みながら、ハラハラと落ち葉の舞う街道を見つめた…。

 完


 となっていた。

 僕の次のページはラストシーンであった。


 おわり

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