時の墓標
白い墓石と青い
私が身を任せていた自動運転車は飛行をやめ、墓地に無数にある、円状の空き地のひとつへ着陸をはじめた。
車の外へ出ると、私は大きな背伸びをすませたのち、母の眠る場所に向かった。
母の墓石の前で身をかがめ、花束を供えると、私は短い祈りをささげた。
今日の一〇四五年前、私の母は亡くなった。
人を不老不死にする方法、発見される。
この一報が世界を巡ったときの様子は、千年以上前のことながら、いまだによくおぼえている。
長い間生きてきた中で、二番目に興奮した瞬間であった。
遺伝子操作により不老不死にするのだが、
費用も最初こそ、庶民には手の届かない額であったが、やがて高級車一台ぐらいの値段に落ち着いた。
夢のような話であった。
だが、だれでも不老不死になれるわけではなかった。
まず、細胞の老化がある程度進んでいた者はだめだった。
私の母はそのひとりだったが、本人はさほど残念がらずに、自分の死を受け入れて、いまは墓の中にいる。
また、すでに何らかの遺伝子操作を受けている者も、不老不死になることができなかった。
病気、美容、若返り。いろいろな理由で遺伝子操作を受けていた者たちは、自分自身を呪った。
そして、残念ながら、細胞の老化が進んでおらず、遺伝子操作も受けていなければ、だれでも不老不死になれたわけではなかった。
最終的には、遺伝子の構造が適しているかどうかで決まった。
私が検査を受け、適合を知らされた時の興奮は、言葉で表すことができない。
興奮のあまりに亡くなってしまう者もいたが、それは仕方のないことであった。
何といっても、不老不死になれるのだったから。
墓地の
不老不死を手に入れた者と、そうでない者によって、社会はふたつに分断した。
分断の理由はたくさんあったが、結局、両者の対立を深刻にしたのは、相手方に対する嫉妬であった。
老いて死んでいく者たちからすれば、死なない者たちがうらやましかった。
対して、不老不死の者からすれば、自分の子孫を残せる者たちが憎かった。
生殖機能を失い、自分の細胞からクローンを生み出せなくなることを承知して、不老不死を選んだくせに。
結果、戦争が起きて、不老不死でない者たちを我々は絶滅させた。
その時の働きで、私は胸元で輝く勲章を手に入れた。
その後、私たちはゆっくりと、だが着実に、社会を変えて行った。
科学技術は発展し、インフラは整えられ、だれも衣食住に困らなくなった。
我々は不老不死だったが、さすがに頭部を失うなどすれば、その死を避けられなかった。
しかし、機械の故障等で不幸な事故が起きれば、我々は知恵を出し合い、再発防止を徹底したので、やがて、自ら死を選ばない限り、ほとんど死にようのない社会になった。
ごくまれに不慮の事故で人が亡くなると、我々は盛大な葬儀を執り行い、その場で対応策を議論する。
それに対して、自殺者の葬儀は行わないことにしている。
やがて時間を持て余すようになった我々は、世界を隅々まで整備した。
ピラミッドや万里の長城などを修復し、建設当時の威容を取り戻させたり、世界中の砂漠を緑化したりと、世界をきれいにしていった。
そして、それにも飽きてしまった我々は、次の娯楽として歴史の整理に手を出した。
全員が不老不死の身で、昔の貴族のような生活を送るという、それまでの人類が成し得えなかった社会に生きる我々が、ゆいいつ過去を生きた人々を羨ましいと思うのは、彼らが歴史の住人であったことだ。
我々は変化も事件もない生活を、もう五百年以上過ごしており、歴史はすっかり止まっていた。
いつ頃からか、だれともなく集まり、有り余っている時間を消費するために、人類の歴史を取りまとめる作業がはじまった。
それはやがて、全人類が参加する一大事業となったが、この一連の行為は、我々に最後の審判を連想させた。
時間はいくらでもあったから、過去を生きた一人ひとりを入念に調べ、皆で議論して評価を定めている。
一度確定しても誰かが異議を唱えれば、初めからやり直す決まりになっていたが、時間はいくらでもあったから問題はない。
いま、我々は歴史を
そして、この事業が永遠に続けばいいと思っている。
終わってしまえば、新しい暇つぶしを探さねばならない。
高原に吹く風が心地よい。
私は東屋を出て、もう一度、母の墓へ向かった。
もし、母も不老不死になっていれば。
この千年間、考えても仕方のないことが、時々頭をよぎる。
私は母の墓前に再度ひざまずくと、いつものように首を垂れ、いつものように「お母さん」とつぶやいた。
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