バタバタを踊ってみた

 「バタバタを踊ってみた」というタイトルの動画が、大手動画サイトに投稿された。


 動画を再生すると、室内に何も置かれていない、水色一色の部屋が映し出される。

 しばらく見ていると、ノイズ混じりの間延びした曲調のBGMが流れる中、もともと荒い画像がさらに乱れるのだが、それが収まると、画面の中央に、白い肌をした人物が立っているのに気づく。

 しかし、さらに画面が鮮明になると、その人物の肌の白さが、乱雑に塗られたペイントによるもので、地の色は褐色であることがわかる。

 露わとなっている両の乳房の張りから、若い女だと推測できるが、顔につけている白い仮面のせいで、その表情はわからない。

 女は、赤い刺繍が目に映える白いパレオ姿で、身につけている首飾りと両腕のブレスレットが、黄金色に輝いている。


 それらの様子が、動画を見ている者にはっきり分かるようになると、音楽に合わせて、女が踊りはじめる。

 その動きは単調で、前後左右に行きつ戻りつ、首と腕を曲げていく。

 だれも今まで見たことがないというよりも、だれも踊ろうとしなかったというべき踊りを、一心不乱に女が踊り続ける。


 神に捧げる踊りのように見えなくもないが、このようなものを見せられても、神は喜ばないだろう。

 短気な神なら、踊り手に罰を与えるかもしれない。

 かといって、魅力がないわけではなく、見ているとつい両頬が緩みだす。

 踊り手の表情は仮面のせいでわからない。

 しかし、何となく、笑みを浮かべているように見えてくる。 


 不思議な踊りがしばらく続くと、動画は終わる。

 見る限りではたいした代物ではなく、なぜ、バタバタと呼ぶのかもわからない。

 動画を見ている限りにおいては。



 問題は、動画の通りに踊った場合に生じた。

 物好きたちが踊ったところ、その最中に亡くなる者が相次いだ。

 その瞬間まで元気であった者が、恍惚の表情を浮かべながら倒れ込み、息を引き取った。


 一例を挙げると、不衛生なアパートの一室で、太った無精ひげの男が踊りはじめた。

 男の表情は人生に疲れ切った者のそれであったが、徐々に明るいものに変じていき、やがて苦しみの表情を浮かべることもなく、ゴミだらけの床に倒れ込んだ。

 その様子がリアルタイムで配信されていたため、駆けつけた警察官が撮影を止めるまで、男の姿は、インターネット上でさらされ続けた。

 男の動画は拡散され、追従する者が後を絶たなかった。

 人がバタバタと死んでいった。



 事件の発端になった動画が、運営会社の判断で削除された時には、すでに全世界へ広まっていた。

 なお、投稿者はわからずじまいであった。


 人により差異はあったが、十分ほど踊るだけで、傍から見た限り楽に死ねる方法が広まってしまった。

 場所も取らないので、自殺の意思さえあれば、止めることは難しかった。

 苦しいのは嫌だが、楽に死ねるのならばと、世界中で、バタバタと、バタバタと人が倒れていった。



 各国政府のはたらきにより、踊りに関する情報は、インターネットや書籍から排除された。

 しかし、これらの政府や報道機関の取り組みは、自殺者を減らすうえでは無意味だった。

 自殺が簡単にできるようになった人類は、哲学や宗教に活路を見出そうとした。

 テレビの番組や学校の授業で、それらに裂く時間が大幅に増やされた。


 なぜ、生きるのか。

 生きて行かなければならないのか。

 科学技術の発展により、多忙となった人類が忘れていた問いかけ。

 この質問への回答が、何よりも優先されるべき人類の課題となった。

 貧困、労働環境、人間関係……。

 人を自死に追いやる動機を軽減するために、人類の叡智がつぎ込まれ、社会は変わって行った。

 行き過ぎた資本主義が是正され、また、戦争や紛争が姿を消した。

 結果、世界は穏やかになっていった。



 バタバタと人が死んで行った結果、慢性的な人手不足に陥り、職にあぶれる者はほとんどいなくなった。

 地方ではインフラを維持することができなくなり、人々は住人の減った都会へ移り住んだ。

 人がいなくなった地方は、自然のもともとの姿に戻っていった。


 やがて、みんながそこそこの生活を送れるようになると、現状に満足する者が増えた。

 結果、現状への不満という後押しを失った科学技術は、停滞を余儀なくされた。



 ある時、著名なダンサーが、バタバタを踊ると世界に向けて宣言した。

 死を選ぶ理由を明かさなかったこともあり、彼女の行動は人々の耳目を集めた。

 彼女を始終監視していれば、その自殺は食い止められたが、最終的に、個人の意思が尊重された。


 バタバタが広まる前に比べて、ずいぶんと生きやすい社会になっていたが、それでも、自ら死を選ぶ者がいなくなったわけではなかった。

 そのような者たちの選択を、消極的ながらも、社会は受け入れていた。



 はじまりの動画を模した水色の部屋の中で、カメラに向かい、白い仮面と金の装飾品を身につけたダンサーが、音楽に合わせて、踊りはじめた。

 最初の動画と寸分たがわぬ踊りが、世界中に配信されたが、どういうわけか、いくらっても、女の身に変化は訪れなかった。

 やがて女は諦めて、踊るのをやめた。



 それから、いくらバタバタを踊っても、だれも死ななくなった。

 やがて世代が変わると、バタバタにまつわる話を、信じない者も現れはじめた。

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