短編集「パワースポット」

人形

　日曜日の昼過ぎに目を覚ましたエヌ氏は、ベッドのうえで何者かと目が合い、声をあげて飛び起きた。

　恐るおそる正体を確かめると、それは一体の人形であった。

　大きさは三十センチほど。

　顔は不細工で可（か）愛（わい）げがない。

　売り物ではなく、だれかの手作りのようだった。

　なぜ、そのようなものが自分の部屋にあるのか。

　エヌ氏は昨夜のことを思い出そうとしたが、二日酔いの頭は働いてくれなかった。

「まあ、いいさ。明日の朝、生ごみと一緒に捨てよう」

　月曜日の朝、エヌ氏はゴミ置き場に人形を捨て、会社へ向かった。

　先週飲んだ同僚たちへ確認したが、エヌ氏が人形をもらったり買ったりしたのを、見た者はいなかった。

　おそらく同僚たちと別れたあとで、人形を手に入れたのだろう。

　一人で店に入ったような記憶が、エヌ氏にはあった。

　心に引っかかるものをエヌ氏は感じつつ、人形の件はそれでおしまいにした。

　火曜日の朝、目を覚ましたエヌ氏が短い声をあげたが、それも当然だった。

　ベッドのうえで、捨てたはずの人形がエヌ氏を見つめていた。

「呪いの人形というやつだったのか。だとしたら、どうすればいいのだろう」

　エヌ氏がスマートフォンで検索をかけた結果、供（く）養（よう）に出すべきだったが、平日に寺へ行く暇はなかった。

　しかし、休日まで人形を置いておくのも嫌だったので、その日の出張先に持って行き、駅のゴミ箱に捨てた。

　水曜日の朝。

　目を覚（さ）ますと残念ながら、人形がエヌ氏を見ていた。

　少し背が高くなっていた。

　捨てるたびに大きくなるのだろうか？

　しかし、家に置いておきたくはなかった。

　会社の帰りにリサイクルショップで金庫を買い、エヌ氏はその中に人形と石を詰めて、川に投げ捨てた。

　これならどうだと念じながら。

　木曜日の早朝、エヌ氏は深くため息をついた。

　人形は濡れていなかったが、さらに大きくなっていた。

　早めにアパートを出たエヌ氏は、潰れた工場へ侵入して、置かれていた一斗缶の中へ人形を入れて、火をつけた。

　人形が燃え尽きたので、エヌ氏は会社に向かった。

　金曜日の朝。

　燃やしたはずの人形の顔は、もとの可愛げのないものに戻っていた。

　その代わり、背丈は五十センチにまで伸びていた。

　ようやく下手に動くべきではないことを悟ったエヌ氏は、土曜日にお寺で供（く）養（よう）してもらうまで、人形に手を触れないことにした。

　土曜日の朝。

　エヌ氏は人形供養で有名な寺へ出かけたが、夕方には、人形を抱えて帰宅した。

　受け付けで供養をお願いしたところ、別室に通されて、住職から金の入った封筒を渡された。

「この人形は当寺ではどうにもなりません。どうか何も聞かずにお帰りください」

　エヌ氏は訳を聞きたかったが、何を尋ねても無駄だった。

　日曜日の昼すぎに起きたエヌ氏は、ペットボトルの水を飲みながら、テーブルのうえに置いた人形を、まじまじと見つめた。

「しかし、何だかんだと一週間も経（た）つと、見慣れて来るものだな。まあ、魔除けになりそうだし、不細工だが置いといてやるか」

とエヌ氏が言い終えた時だった。

　人形から猛烈な異臭が漂い始め、テーブルの上に濁った水が広がり、さらには発火して、その顔はこの世のものとは思えぬものになった。

　それからしばらく燃え続けたのち、人形は完全に灰となった。