大好きなあの子

アキちゃんズ!

彼は美しくてカッコいい

 一目惚れなんてしないと思っていた。

 見た目で決めてないで重要なのは中身。確固たる自信がそれまではあったのに一気に瓦解した。彼の姿を一目見ただけで世界が変わったようだった。

 実際には何ら変化はないかもしれない。世界という情報の受け取り手が、いつもと同じ、酷似している内容にも関わらず変わったと思い違いしているだけだ。そんなことはわかってる。わかってるけど、世界がこんなに色鮮やかに感じるなら、思い違いだっていいじゃないか。

 入学して直ぐに彼の存在を知って私はゾッコンになっていた。同じ部活にも入ったし、休み時間になるといつもいつも会いに行く。鬱陶しいと思われたら嫌だけど、彼は私が来ると喜んでいる素振を見せてくれた。

 私より一年早くこの学校にいる先輩。無口で、いつも……なんだろう、すませた感じ? で空や景色や、生徒達を見ていることが多い。顔はカッコよくて体も平均に比べれば大きい方だと思う。体重は知らない!

 それに比べて私は一年の女子で、身長は平均、体重も平均。学力は……ちょっと下。そんな私じゃ全然つりあってないってわかってる。けど先輩の事が大好きで夢中で、ゾッコンだから。毎日会いに行くのだ。

 でもなぜか彼はクラスの女子の間では話に上がることが少ない。おかげで会ってても友達に「またー?」としか言われなくて済むけど、人気があると思うのに人気が無いのはそれはそれでやだなと思ってたりした。


「また会いに行くのー? なんだっけ、マサオ君だっけ?」


 クラスの女の子じゃなく今は仲良しの先輩との雑談中。私は時間になったので先輩に会いに行く旨を伝えると美穂みほ先輩が少し呆れたように言ってくる。それに対して私は一応尊敬してるので敬語のつもりで返す。一応尊敬してますので。


「違いますよ! マキキタ君ですってば! もう、全然覚えてくれなくてちょっぴりショックですよ」

「いやだってさ、確かによく見るとイケメンっていうのはわかるけど、そこまで? って感じ。虎とかの方がカッコよくない?」

「今肉食動物の話はしてないですよーだ。ちゃんと同種で考えてくださいよー! 女の子に対する可愛いと猫に対する可愛いを同一視するのと同じですよ、それ」

「うわ、それはやだわ。いやぁごめんね? 彼のことそんな風に言って」

「分かればよろしいんです! じゃまた明日です、美穂先輩とその他先輩方!」

「……最後に話してなかったらその他でまとめるの本当、いい性格してるよね、あの子」


 別れの挨拶を済ませたらすぐダッシュです。先輩方の小さく聞こえた声なんて見向きもせずに走るのです。

 地面を蹴って、廊下を走る。先生が適当に「廊下は走るなよー」と注意しているが、そんなことはおかまいなしなのだ。走る、ただそれだけだ。揺れるスカートなんて気にしていない。だってこの後汚れるのを見越して体操着に着替えるから、それを更に見越してもうスカートの中には短パンが履いているからだ。

 到着前に背負っているカバンを机の上に部室の机の上に置いて、中から学校指定の長ズボンを取り出して履いたら先輩に会う準備は大詰めだ。制服の下には体操着がもう既に着ているので、シャツやスカートを脱いでカバンに押し込んだら部室の外に出て探す。もちろん探しているのは先輩の姿だ。


「流石、毎日一番目来る。そんな君の熱心さに心打たれるよ」

「先生、今日は何キャラ路線ですかそれ。正直ちょっと……いやかなりキツイです」

「キツイ言うなキツイって。先生だって色々あって毎回キャラチェンジしてるんだぞ、少しぐらい許容して構ってくれたっていいじゃないか」

「先生、女でよかったですね。男だったら今すぐ別の先生にセクハラだって言いふらしてましたよ」


 白衣を纏った先生。毎日毎日挨拶代わりにどぎついキャラクターを披露してくれる。口ではああ言ったが別に先生のこういう性格は嫌いじゃない。男だったら死ぬほどキツいので、先輩に会うためでも部活に入るのを止めるか検討するぐらいだ。本当、女で良かったぁ……。

 あー、一番目に来るといいつつ先生が一番初めに来ていることについて解説しますと、先生が鍵を持ってるので必然的に一番になるだけです。一応二番目は毎回キープできてますけど。グループチャットがあって先生が着いた報告をそこに載せるのでいつもヒヤヒヤしてますけど、みんなそんなに興味がないのか来るのは少し遅い。私は先輩には興味深々ですけど。


「先生先生。先輩は?」

「ふふふ、もういるぜ。そこにな!」


 大きな声で指を指さされた所にいたのは……先輩だ。急に自分に向けて大きな声を出してきたからかビクッっとしていて可愛い。普段は無口で済ましてる彼には見られない意外な一面みたいで正直嬉しかった。

 ほんと先輩可愛いなぁ。かっこいいなぁ。どこ見てんだろー。空かなー。空見てる先輩絵になるなー。可愛いなぁ。かっこいいなぁ……ーー。

 あっ、いかんいかん。このままじゃ無限ループに突入しちゃうところだったぜ。危ない危ない。今日は、今日こそは勇気持って行動すると決めたんだ。今日こそは、今日こそは……! でも先輩可愛いなぁ。

 そんな結局無限ループをしてる彼女を先生は微笑ましく眺めていて、先輩は彼女のことなんて知らないように空を見上げていた。いつもいつも空ばかり見ていて見方によってはミステリアスな一面、とも言えるだろう。本当、いつも空を景色を、見ているな。


「ねー先輩。マキキタ先輩。また、一方的に話しててもいいですか?」


 こっちを向いた。それは先輩のOKの合図だ。


「今日はね、先輩たちと話してたんですよ。そしてら虎の方がかっこいいって論外だと思いませんか? そもそも全然同種じゃないですし、虎よりも、かっこいいし。あと、それにちょっと……かわいいし」


 先生がニヤニヤしてこっちを見ているのがわかる。先生はいつもこうだ。観察するのが好きなんて言っていつも私と先輩の会話を聞いてる。別の子達が来たら来たで別の話聞いてますけど。

 いつも通り。毎日毎日平和で、幸せで、嬉しい毎日。好きな先輩と一緒に部活も休み時間も一緒にいられる。場所はいっつも部室前のこの場所で、変、なんていうかもしれないけど。だけど、私はこんな日々が続けばいいなって思う。

 でも、不意に。心の奥底の言葉を口に出してしまう。


「好きですよ先輩」


 先生が興奮気味にこちらを見ている。そして僅かに「キース、キース」なんて煽りまでやっている。先生、何歳なんですか、もう。

 だけど、先輩はそんな先生の言葉に嫌がる素振りは見せず、こちらを優しい眼で見ている。その眼に私は吸い込まれそうだ。ずっと眼を合わせていたい。

 だけど、今は――。

 私は目を瞑って先輩の唇に優しくキスをした。


「うおっほおい!!」


 外野がうるさい。雰囲気はぶち壊しになったけど私は幸せで満ち溢れていた。明日からも先輩とずっと、ずっと一緒にいられたらいいな。

 好きなんかじゃ収まんないぐらい。私は先輩のこと。


「……愛してる、って言ったら重いですかね」


 顔を赤らめて私は伝えた。

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