第4話 魔女不在。閉店
その翌日。
送られた資料を夜通し読んで、しかも大したことが書かれていなかったという徒労感に、どんよりとソルシエールは空を見上げた。
せいぜい分かったことと言えば、行方不明のエラ嬢が箱庭育ちだと言うことぐらいだ。街どころか、住んでいる生家からすらほとんど出たことがないらしい。
もし単なる家出だったとしたら、世間を知らない少女がずいぶん思い切った行動に出たものである。
眩しい朝日に目を閉じたソルシエールを、赤ずきんがなぐさめる。
「むりやり仕事任されて、それで、師匠やさぐれてるんだね」
「やさぐれてなんかないやい」
「でもなんでわざわざ馬車で移動するの?」
「それは…」
送り迎えまでしてくれるという懇切丁寧な王の計らいだった。もしかしたら親切さよりも、逃げるなよ、と念を押されたと取る方が正しいのかもしれない。どちらにしたって大して変わらない。
「なんでだろうね」
魔女はお茶を濁しておいた。
二人は荷物を抱えてのそのそと出発する。
まだ日が上がって間もない、朝早い時間帯である。
眠さでぼんやりしている魔女に比べて、赤ずきんは上機嫌だ。
家の前には猫の額ほどの小さなハーブ園があり、そのハーブ園と外との境界線には棒にくくりつけられた風見鶏が地面に突き立てられている。鶏の口に咥えられている石版の文句、『魔女在宅。開店』がソルシエールがぽんぽんと手を叩くことにより、『魔女不在。閉店』に変わった。
客が来ることはめったにないのだけれど、念の為というやつだ。
森の中にある家には、目くらましの魔法がかけてある。客よけだ。それでも、その魔法をかいくぐってまで死に物狂いで依頼に訪れる人間はちらほらいる。だから、風見鶏だって単なる飾りではないし、多少の欠点はあれど目くらましの魔法が便利であることにも変わりはない。
しかし、この魔法を使っている限り家まで迎えがやってくることはないので、二人は仕方なくそれぞれ脇に荷物を抱えて森の外れまで出ていく羽目になった。
馬車は、指定された場所、指定された時間通りに、やってきた。
王家の紋章などが入った派手なものではなく、その辺で見かけるような変哲のない長距離移動のものだ。目立つのを避けるためだろう。
チャリオットじゃなくてよかった、ソルシエールは内心胸をなで下ろす。王なら嫌がらせでそれぐらいはしそうだ。
御者が扉をあけてくれ、中を覗くと、すでに先客が二人いた。髭面の中年とそれよりは十も二十も若そうな、どこかのぺんとした印象の男性だ。どちらもピシリとスーツを着こなしている。
「おや、魔女どのですね。こちらへどうぞ」
若い方が、友好的な笑みを浮かべる。
それから二人は後席部を空けてくれた。
ソルシエールと赤ずきんが腰を下ろしてほどなくして、馬車は出発する。
「自分はアーノルドと言います。こちらのオーギュスターブ警部の補佐をしています」
紹介されたというのに、中年男性は、口髭の蓄えられた口をむっつりと引きむすんで、む、と頷くばかりだ。アーノルドが一瞬、困ったように視線を彷徨わせたのを、ソルシエールは見逃さなかった。
ソルシエールがなるほど、と頷く。
「警察の方なんですね」
「はい。王都公安委員会直属の刑事です。今回の件で、応援要請を受けたため、ご同行させていただくことになりました」
「王都の刑事さん…、お兄さんすごい人なんだね!」
かっこいいもの好きな赤ずきんが目をきらきらさせた。
アーノルドが人好きのする顔で、照れて謙遜する。
「そんなことないですよ。自分は飢饉が直撃した世代ですから。そのせいでどこも若手不足で、若い人間なら引く手数多だったってだけなんです。警部は、この道のエキスパートですけどね」
「かっこいいなあ!」
「君は…?」
「プエルだよ。でも、赤ずきんって呼んでほしいな! 師匠についてきたんだ」
赤ずきんの楽しげな声に、ぼそりとした呟きが混じった。
「…どんな職業だって魔女よりはまともだろうさ」
先ほどから黙り込んでいたオーギュスターブ警部だ。
その言葉に赤ずきんが固まってしまった。
しょうがなくソルシエールはぽんと赤ずきんの肩に手を置くと、だれに向けてでもなく言い返す。
「正義を守る警察に比べたら、どんな職業も卑賤に見えてしまうでしょう。仕方のないことです」
白々しく『どんな』という語を強調した言いかたに、オーギュスターブ警部は、ますます厳しい顔を険しくしていた。明らかに、ちがう、という顔だ。
権威や科学を信奉する人間の中には筋金入りの魔術師ぎらいがいる。ソルシエールからすれば魔術と科学はお互いを補完し合う相互関係にあるようなものなのだが、うさんくさく思う人間にはとことんうさんくさく見えるらしい。そしてオーギュスターブ警部も、そう思う一員なのだろう。
あるいは、ソルシエール個人がきらいなのかもしれない。面識はないが。
どちらにしても、ソルシエールには関係がない。
きっと、昨日王と会ったことで尾を引いているにちがいない。ため息をつく。普段の魔女はもうすこし、そう、小指一本分くらいは寛容だ。
ソルシエールは、できるだけこの相手に関わらないことに決めた。
こちらを毛嫌いしている相手にむりに近づこうとしてもムダだ。元から嫌われているから、どうアプローチしても好意的な解釈がされにくい。おもねるなんて、逆効果にしかならないだろう。そんな相手には、最初から近づかないに限る。疲れることはしない主義なのだ。
「ああ…、ええっと。朝が早かったもんですから…すみません」
「……」
苦し紛れの言い訳をするアーノルドにソルシエールはさすがに同情した。
相方がこんな態度では仕事がしにくいにちがいない。
「まあ、われわれは即席のチームといったところですから。一緒に、協力して事件を解決していきましょう!」
アーノルドが困ったように笑いながら、一同を見渡すが、きっと発言している彼自身が一番無理を感じていたことだろう。
空気がまずいな。
ソルシエールはそう思った。
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✳︎おまけ・その1✳︎
《王都連続失踪事件・被害者一覧》
十一月十五日。 ロクサーヌ・デュボワ。二十三歳。娼婦。十九区。
十一月十六日。 ルイ・シャンティエ。五十六歳。パン屋。三区。
十一月二十日。 クサビエ・ブルシエ。三十五歳。大工。十八区。
十一月二十四日。 シャーロット・ブノワ。十六歳。工場勤務。二十区。
十一月二十五日。 シャルル・ド・プチ。十八歳。学生。六区。
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