†月の風葬†

神崎兄妹の小さい頃の話

…今は、誰もが羨むほど仲の良い、神崎将臣・唯香の兄妹…


だが、意外なことに…

昔はそうではなかったのだ。


将臣は、兄である自分の行動に並々ならぬ興味を示し、事あるごとに後をついてこようとする妹・唯香を、どこか疎ましく感じていた。


そして妹である唯香は、幼さ故の気弱な面も手伝って、どこへ行くにも、何をするにも、常に兄の側にぴったりと張り付いていなければ落ち着かなかった。


…いつしか将臣は、唯香に監視されているような錯覚に陥り…

唯香は唯香で、将臣の後を追い、知識を吸収することによって、およそ女の子が手を出さないような男の子の遊びまでもを覚え始めていた。


…将臣には、2人の幼なじみがいた。

その2人は、共に将臣と同い年で、ひとりは安藤雅貴あんどうまさき、もうひとりは、日向瑞紀ひゅうがみずきといった。

この3人は、家も近く、話や気が合うことなどから、よく連れ立って歩き、自然、その後を唯香が追っていくという図式が出来上がっていた。


…その日も、3人は仲良く遊んでいた。

そして唯香は…


いつものように、兄である将臣の近くにいた。




★☆★☆★


「…お兄ちゃん、今日もついて行ってもいい?」


妹である唯香の問いに、将臣はいきなり顔をしかめた。


「…何でそう毎日、俺についてくるんだよ」

「!えっ、だって…」


兄の渋い顔を見ながら、唯香がどもる。

それに将臣は、うんざりしたように肩を竦めた。


「あのなぁ唯香、雅貴も瑞紀も、俺と遊ぶ時には兄弟なんか連れて来ないんだ。俺だけが唯香を連れて行ったら、格好悪いんだよ。それくらい分かるだろ?」

「分かんない。だってひとりで遊ぶの、つまらないし…」

「確かにこの近所には、お前と同年齢くらいの女の子はいないが…、そうも俺にばかり引っ付いていてどうするんだ?」

「…、だって…」

「…もういい。とにかくついてくるな」


苛立ち混じりに言い捨てて、将臣は手近にあったサッカーボールを手にとった。

そのまま、一度だけ唯香の方を見ると、その苛立った様子を抑えることもなく、扉を開けて外へと向かう。


「!お兄ちゃんっ」


唯香は慌てて後を追おうとしたが、目の前で無情にも、ばたりと戸が閉まったのを目の当たりにして…

そのまま、きつく唇を噛みしめて俯いた。




★☆★☆★


「…珍しいな、将臣。

今日は唯香を連れてこなかったのか?」


子供ながらの軽いフットワークで、器用にボールを蹴りながら、雅貴が尋ねる。

それに、将臣は今だに残る苛々を引きずりながら呟いた。


「…別に…、連れて来る必要なんかないだろ」

「何だよ、随分と冷たい兄貴だな」


からかうように、雅貴が笑う。しかしそれは、将臣の苛立ちを更に増長させただけだった。


「唯香のことなんか…、今はどうでもいい」


怒りに任せて、将臣が雅貴から受けたボールを蹴る。

すると、将臣の八つ当たりにも近い感情をまともにぶつけられたそれを、もうひとりの友人・瑞紀が、唐突に、何の苦もなく止めた。

…いきなりボールを止められたことで、雅貴と将臣が、怪訝そうに瑞紀を見る。

その当の瑞紀は、右手の親指で、後方にあるブロック塀の陰を指差した。


「それじゃあ、あれは何だよ?」

「え…?」


二人が促された先を見ると、そこには唯香が、塀の陰から三人を覗くようにして立っていた。


瞬時に、将臣の頭に血が上る。


「!…あいつ…、ついてくるなって言っておいたのに…!」


将臣は怒りに任せて、唯香の側へと走り寄った。

唯香は既に、自らが将臣の言いつけに背いたことが分かっているので、術もなく怯えたように身を縮めている。


「唯香!」


頭からいきなり怒声を浴びせかけられて、唯香はびくりと身を震わせた。


「…お、お兄ちゃん…」

「うるさい! …どうしてついて来たんだ!? ついて来るなと、あれほど言っておいただろう!」

「…でも…」

「でもじゃない!」


事前に話をしていたことから、将臣は、唯香には一言の弁解も許さなかった。

…事前に話をしていなければ、この言動は許容範囲内だが、兄としてその理由をつけた上で既に話を済ませていた以上、この唯香の甘えは許されるものではない。


…しかし、そんな唯香を見かねたのか、雅貴が横から助け船を出す。


「…将臣、唯香だって、ただ一緒に遊びたいだけなんだろ? だったら別に…」

「…そういう問題じゃない」


将臣は、いつになくきつい眼差しで唯香を見据えると、突き放すように告げた。


「帰れ」

「!…お兄ちゃん…」


唯香の目に、涙が滲む。


…それでも唯香は、これ以上、兄に拒まれたくないその一心から、静かに兄に背を向けた。


そのまま、俯き加減に、とぼとぼと歩き出す。

それを見定めた将臣は、その目に見せた鋭さを消失させ、友人の元へととって返した。


「…ひでぇ兄貴だな」


責めの口調も露わに、雅貴が直に咎める。

これに賛同したのか、瑞紀も傍らで固く頷いてみせた。


「いいんだよ! いつまでも甘やかしていたら、到底あいつの為には…」


将臣が、厳しくもそう言いかけた途端、



「きゃあーっ!」



…突然、唯香が去った方向から、幼い女の子の悲鳴が聞こえてきた。


「!な…」

「…い、今の悲鳴は…、まさか…」

「唯香!?」


三人は各自、どきっとしたように顔を見合わせ、すぐさま弾かれたように駆け出した。


…その場に置き去りにしたボールのことなど、頭から消えていた。


三人の中で、一番足が速いのも、一番焦っていたのも将臣だった。


目的地に着くまで、将臣は、先程までの自分の言動を悔いていた。

例え友人たちに茶化されようと、やはり唯香は近くに置いておくべきだった。


…連れ歩くべきだったのだ。


将臣は、激しい贖罪の念に駆られながらも、例のブロック塀の陰へと足を走らせた。

息せき切ったまま、件のブロック塀の陰から顔を出すと…



…数メートル先に、幼い女の子が、血まみれになって倒れている。

血で赤く染まってはいるものの…

その女の子が着ている服は、唯香が着ていたものと全く同一だった。



その、信じがたい惨状をまともに目の当たりにした将臣は、色を失った。

なりふり構わず女の子に走り寄り、血で汚れることも構わずに、血の海の中から抱き上げる。


…先程とは打って変わって、血の気を失い、目を閉じた唯香が、そこにはいた。


「…ゆい…か…」


将臣の体が、唯香を支える手が…がくがくと震える。

さっきまで元気だったはずの妹が、何故…こんなことに…!


「…ゆいか…!」


将臣は再び名を呼んだ。

唯香は目を閉じたまま、ぴくりとも動かない。


この時ようやく、雅貴と瑞紀が追いついてきたが…

自らの目の前に広がる凄惨な現実に、ただ…立ち竦んだ。


「どういうことだよ…」


我知らず、雅貴が呟く。

しかしそれは将臣にとって、まるで自分を責めているように聞こえた。


「俺が、悪いんだ…」


こちらも我知らず、心中の責めが口をついた。


「!…落ち着けよ将臣、自分を責めたりするな」


瑞紀が、将臣が自責の念に捕らわれたことに気付いて窘めた。

しかし将臣は、納得が行かないままに首を振る。


「違う! 俺が、俺が悪いんだ! 唯香を突き放したりなんかしたから、唯香に、あんなきつい言葉をかけたりしたから…

こんなことに…!」

「!…っ、馬鹿っ、ふざけんな!」


湧き上がる己の怒りに任せて、雅貴がいきなり将臣の頬を打った。


…乾いた音が、周囲に響き渡る。

将臣は打たれた頬を押さえ、茫然と雅貴を見上げた。


「!…雅貴…」

「…いい加減にしろよ、将臣! 兄貴のお前が、今、そんな状態でどうするんだよ!?」


雅貴は吐き捨てるように告げると、次には更に声を荒げた。


「今やらなきゃいけないのは、お前が自分を責めることじゃない!

唯香を…、お前の妹を、すぐにでも病院に連れて行くことだろ!?」

「!…あ…」


…これによって、将臣の瞳に、僅かながら識の色が戻る。

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