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★☆★☆★
…泣き疲れたカミュは、いつの間にか、父親の胸元で、すやすやと寝息をたてていた。
そんな息子の幼い体を、ゆっくりと引き離し、そっとベッドへと横たわらせると、サヴァイスは音もなくその空間を後にする。
そこから隣にある漆黒の空間に、サヴァイスがそのまま足を踏み入れると、不意に空間の内部から、不安げな少年の声が響いてきた。
「…サヴァイス様…」
「…フェンネルか」
サヴァイスは声の主を認識したと同時、その隣に存在する気配にも目を向けた。
「…、レイヴァンもいるようだな」
サヴァイスが呟くと、レイヴァンはその魔力によって、その空間に明かりを灯らせた。
…光が闇を裂き、そこに当然のようにその存在を留める。
「はい、サヴァイス様。…あの…」
「揃いも揃ってカミュのことが気になるか?」
「!え、あ…、はい…」
自らが話す前に、見事に図星を突かれて、レイヴァンが戸惑ったのを察してか、その傍らでフェンネルが、代わって声をあげた。
「カミュ様は…大丈夫なのでしょうか?」
「…杞憂だ」
サヴァイスはわずかに笑み、その美しい紫の瞳を閉じた。
それにほっとし、胸をなで下ろしたフェンネルに、サヴァイスは目を閉じたままの状態で告げる。
「あれは甘えることに慣れていないだけだ」
「……」
無言のまま、様子を窺うレイヴァンの脳裏に、ふと、カミュの母親であり、この世界の皇妃でもある、ライザの姿がよぎった。
…この世界の皇子であるカミュは、母親に甘える時間を、ほとんど与えられなかった。
父親である皇帝はともかく、自分たちでは、到底母親の代わりにはならない。
故に心配だった。
しかし、父親である皇帝自らが、それは杞憂であるという…
ならば本当に大丈夫なのだろう。
ここまで考えて初めて、レイヴァンも同様に安堵した。
“甘えることに慣れていない…”
やはり親の方が、子を良く理解している。
「そうと分かればフェンネル、その件に関しては、もはや我々の出る幕はない」
「…ああ。我々の主は、やはりそう脆くはなかった…!
逆に、疑うような言動を取ってしまったことを…恥じる必要があるな」
「…いや。我はお前たちには感謝している」
注意していなければ聞き取れない程に静かな呟きが、二人の耳に滑り込む。
「えっ…?」
聞き間違いかと、自らの耳を疑い戸惑うフェンネルに、サヴァイスは彼には珍しく、僅かながらも、美しく笑んだ。
「自らの弱さと甘えは等しいものだ。
カミュも、弱さを見せられる者が身近に存在するからこそ、甘えることが可能となる」
「!…」
「分かるな? 理解したならば誇るがいい。
…カミュは、お前たち六魔将が側にいることによって、救われている…」
「!…あ…有難うございます…」
レイヴァンとフェンネルは、揃って頭を下げた。
…母親のようには与えられなくとも、母親が与えられないものを、微弱ながらも与えることが出来るのだと…
それをも理解して。
二人は頭を上げた。
その目に映るのは、この世界の美しき支配者。
二人には分かっていた。
彼の前では、全ての起こり得る心配など、する必要すら無かったことを。
…それ程までに…
主は強い。
今までも強く在った。
そして、これからも…!
★☆★☆★
父親の寝所で、目を覚ましたカミュは、驚いた。
…傍らに父親がついていたからだ。
自分が寝てしまうまで、否、寝てしまってからも…ずっと付いていてくれたのだろうか?
父親のその美しい、極上の宝石のような紫の双眸は、何かを案ずるように、そして何かを見守るように、そっと自分に落とされている。
それに気付いたカミュは、慌ててその場から跳ね起き、茫然となった。
そんな息子に、サヴァイスはこれ以上なく柔らかく告げる。
「カミュ、分かっているな?」
「! …は…、はい…、父上…」
…思い出した。
今日から甘えは許されない。
…許されないのだ。
「……」
カミュが自然、寂しげな表情を浮かべると、それに気付いたサヴァイスは、徐にカミュに背を向けた。
「…、お前は分かってはいない。
我の言ったことを、よく思い返してみるがいい…」
「…えっ?」
言われてカミュは、今までの父親の言葉を胸中で反復した。
…別に、さして注意しなければならないところは見受けられない。
「…分からないか」
その一言は、まるで突き放されるようにも受け取れて…
カミュの表情がわずかに曇った。
そんな息子の様を見かねてか、サヴァイスは再び口を開いた。
「…、良いか、カミュ。お前は我の息子、この世界の皇子だ」
…以前から父親に、そして周囲に、ずっと言われ続けてきたことだ。
今更、改めて理解しなければならないようなことでもない…
「…我がそれを特別意識せずとも、周囲は常に、そのように見ている」
「…!?」
父親のこの言い回しに、カミュの心に、とある感情が浮かびあがった。
「…それは…まさか…」
…その言葉の裏に潜む、ひとつの答え。
それは…
「…み、皆が居る前でなければ、甘えても構わないということですか!?」
「…そうだ」
サヴァイスは、根負けしたように微笑んだ。
同時に、嬉しさでカミュの頬が紅潮する。
…カミュは自らの感情が示すままに、父親に駆け寄り、抱きついた。
「…父上、有難うございます…!」
サヴァイスはそんな息子に視線を落とし、その表情に聖母マリアのような慈愛を浮かべた。
†完†
執筆開始日:2006/04/03
執筆終了日:2006/05/04
【後書き】
これはキリ番23000の時のリクエストですね。
当初、カミュは元々がああなので、甘えるとすれば小さい頃かな、という単純な発想から書かれたものがこれです。
自分で改めて読み返してみると、小さい頃のカミュ…
素直で可愛いですよね。本当に、自分で書くのも何ですが…
どこで何を間違えて、あんなふうになったんでしょうか(笑)。
しかしこれがきっかけで、やはりサヴァイスと話をさせるとこうなる、というのは、完全に出来上がりましたね。
カミュは母親が近くに居なかった分、父親ありきでしたから、その影響を強く受けたからああなったのかな、という気はします。
何にせよ今回もお目通し有り難うございます。
長くて恐縮ですが、よろしければ本編の方も、是非ともご贔屓にお願い致します。
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