†闇の黙示録†

甘えん坊なカミュと、サヴァイスの話

…闇に住まう者、それは闇を糧とする者…



彼らは、生まれながらにして闇と共存する宿命にあるのだが…

稀に、その闇を認められず、その身に受け入れられない者もいる。



…精の黒瞑界皇帝・サヴァイスの第一子にして、その後継ともなる皇子…

カミュ=ブラインも、実はそのうちのひとりだった。



皇家を引き継ぐはずの【後継の皇子】が、当の闇を苦手とする等というゆゆしき事態には前例はなく、それ故に、皇家を守護する役目を担う、当時の六魔将たちは皆、一様に頭を悩ませていた。



…当時、カミュは5歳。

この時点で、まだ若手ながらもその稀なる実力を買われ、六魔将に堂々と名を連ねていたのは、レイヴァンとフェンネルの二人のみだった。


この時、人間の年齢で表現すると、レイヴァンは14歳、フェンネルは13歳だった。


自らがまだ幼くありながらも、この世界の後継の皇子を守護しなければならない。

本来なら甘えなど、決して許されない立場の【六魔将】。

そんな彼らに癒やしを与えていたのは、他でもない…



当の後継の皇子… カミュだった。





★☆★☆★


「…やはりまた来たか、カミュ」


玉座と思しき椅子に深く腰を落ち着け、いつものように頬杖をつき、紫の瞳を向ける父親の、責めるような言葉に…

思わずカミュは、首を窄めていた。


「…ごめんなさい、父上…」


幼くも、父親であるサヴァイスの意図をよく汲み取っていたカミュは、自分が甘えを示すことを、父親が好まないことを知っていた。


…そう、この世界の皇子であるこの身が、立場上は、皇帝である父親に甘えることが許されない事実を…

カミュはこの歳にして、充分過ぎるほど理解していた。


…しかし。

それが分かっていても、背に腹は代えられないのだ。


…闇が、怖い。

怖いものは怖い。

これといった具体的な理由など無くとも、ただ、それが到来するだけで…

漠然とした恐怖を感じるのだ。


母が居れば母に頼るところなのだが…

それすらも父親は良しとしないだろうし、何よりもこの時には既に、母・ライザは、その血統から来る負荷から、奥の空間に伏せりがちになり、自分たちの前にはほとんど姿を現さなかった。


…そんな母に、更に心配をかけ、縋るような真似は出来ない。

カミュはそれをも、よく理解していた。


頼みの綱は父親だけ。

だが、その当の父親が、なかなかに手ごわい。


「…何をしに来た」


サヴァイスは目を伏せ、素っ気なくもカミュに訊ねた。

その、突き放されるような物言いに、幼いカミュの身がびくりと震える。


「…ち、父上…

お願い…します。俺と…一緒にいて下さい…!」

「……」


サヴァイスはやおら立ち上がり、息子であるカミュの側へと近寄った。

が、その目は相変わらず伏せられたままで、その奥底には、感情的に脆い息子に対しての、強い批判が窺われた。


「…お前は自らの立場を自覚しているはずだ。

闇を支配するはずの精の黒瞑界の皇子が、そのようなことでどうする?」

「!…父上…、でも…」


カミュが、恐怖と葛藤に唇を噛みしめると、サヴァイスはそんなカミュを見放してか、その瞳の紫をより濃いものへと変えると、そのまま身を翻した。


しかし、その対応が、カミュの闇に対する恐怖心を更に煽った。

ただでさえ闇が怖くて仕方がないのに、ここで独りにされるのはもっと嫌だった。


…父親のこの応対では、頼りになる六魔将すらも付けては貰えないだろう…


そう判断したカミュは、怒りを買うのを承知の上で、父親へと駆け寄り、その手を取った。

…当然、父親は僅かに険しい表情を見せる。


「…、カミュ…!」

「!きょ…、今日だけでいいです! 明日からは我慢しますから…

父上、お願いします! 今日だけ…」


父親の顔を見上げ、いつの間にか涙を流しながらも、必死に訴える息子の表情は…

彼の妻であるライザが以前に見せた、憂いと悲しみを含んだ表情と、瓜二つだった。


それを目の当たりにしたサヴァイスの心境が、微かながらも揺らぐ。


「…、仕方がない。今日だけなら許そう」

「…え…?」


その、父親譲りの紫の瞳に溢れた涙を、一生懸命拭いながら、聞き間違いかと、カミュが訊ねる。

するとサヴァイスは、先程の言葉を肯定しながらも、その一方では、二度はないという意味付けを会話に潜めていた。


「ただし今日だけだ。分かっているな?」

「!…はい…、有り難うございます、父上…!」


自らの要望が受け入れられたことを確信したカミュの表情が、笑顔を占めた。

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