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そこに含まれる、例えようもない切なさには…、彼の表情とは裏腹に、確かに独占欲が含まれていた。
私を支配する彼の腕に、徐々に力が込められていく。
…まるで、存在を繋ぎ止めておこうとするかのように。
強く、熱い…その抱擁。
彼の唇がそっと離れた。
「…ライザ…」
…彼が私の名を呼ぶ。
…でも…
「…やめて下さい!
その名は、私に相応しくない…!」
私は、サヴァイスの手を振りほどき、もつれる足で、近くにあった窓の側まで逃げた。
…そう。私は文字通り、“逃げた”。
私はオリジナルではなく…そのレプリカ。
身代わり。
彼がその紫の瞳に映しているのは
その逞しい腕に抱いているのは
その全てを欲しているのは…
私などではない…!
「…貴方は、オリジナルの力のみならず、その存在“そのもの”を欲しているのでしょう?」
「…、何を馬鹿な…」
「…貴方が欲しいのは、レプリカの私ではなく、あくまでもオリジナルなはず…!
ならば貴方は何故、私を望んだのですか!?」
喉が痛むくらいに、興奮気味に叫びながら、私は別な箇所も痛み始めていることに気付いていた。
けれど、その痛みの意味が…よく分からない。
私は造られたばかり。
彼とも会ったばかり。
なのに何故、こんなに胸が痛む?
砕かれそうで、壊れそうで…精神そのものを維持できないのではないかと思えるほどに悲しいのは…
…どうして?
「私が貴方の何であるのか…、何にあたるのか、そんなことは貴方が決めること…
私には分からない!」
…我知らず、涙が頬を伝った。
それに気付いた私は、自らが泣けることに驚く。
…造られた者でも、泣くことは出来るのだと。
感情と共に溢れたそれは、頬を伝って床に染み込んでゆく。
しかし、私のそんな様を見たサヴァイスは、そっと私に近付き、しなやかな指で私の涙を拭った。
「…体に障る。あまり取り乱すな…」
「!…っ、では、教えて下さい!
私は…、貴方の何なのですか!?」
…滲んだ涙で、サヴァイスの顔が見えない。
涙は次々に溢れてくる。
…否定されたくない。
その存在を否定されたくない。
…この人に拒まれたら…私は…!
「…既に言ったはずだ。
お前は我の妻…、この世界の皇妃だ」
「何故、私を妻などに!?
貴方が愛しているのは、私ではなくオリジナル!
貴方が欲しているのは、私ではなくオリジナルの力!
全てにおいて、私などではないというのに…!」
「…、まだ分からぬようだな」
サヴァイスは、その紫の目を細めた。
「オリジナルは、確かにお前自身。だが、レプリカかオリジナルかにこだわっているのは、我ではなく…
むしろ、お前だ」
「!…あ…」
「…我は、お前というひとりの存在を知らしめる為に、その言葉を使っただけだ。
我が愛するのは、お前の魂。
…我が欲しているのは、お前自身で、お前そのものだ。
オリジナルかレプリカか…そのような詮無きことには意味はない」
サヴァイスの言葉は、私の涙を徐々に抑え込んでいった。
言葉のひとつひとつが、胸に染み通る。
「…お前の不安は、オリジナルに取って代わられるやも知れぬという点にもあるはずだ。
だが、我は数度、口にしているはずだ…
…ライザ、“お前が”…我の妻だとな」
「!…」
…私は…何を焦っていたのだろう。
彼は、始めから…
そう、“最初から”そう言ってくれていたはずなのに。
引け目を感じたのは私。
その気持ちを疑ったのも…私だ。
自分の存在を否定し続けていたのは…
他ならぬ、自分自身。
「…ご…、ごめんなさい…」
…彼を少なからず傷つけた自分は、謝ることしか出来ない。
彼の真摯な気持ちを疑ったことが、何より恥ずかしかった。
…すると、サヴァイスが慈しむように、私を抱きしめた。
「…えっ?」
突き放されてもおかしくないと思っていた私は、サヴァイスの行動に戸惑う。
そんな私の耳元で、彼が優しく囁いた。
「…ライザ、我はお前を…愛している」
「!」
「お前をだ…、ライザ」
「…、サヴァイス…!」
私は、今度は自分から、サヴァイスを受け入れるように、彼の体に手を回した。
…そのまま、縋るように抱きしめる。
「…わ…、私も…」
…そんな心の訴えを、そのまま声にした時…
私の口は、すんなりと、それをも言葉に変えていた。
「…私も愛しています…“あなた”」
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