†朧の月†

サヴァイスとライザ、二人の出会い

「…ザ…」



遠くの方から、声が聞こえる…

それは、まるで潮騒のように、心地よい響き…


私の心に、暖かい何かを与えてくれるのは…

…だれ…?



「…イザ…」



…声の主は…、誰かを…呼んでいる…

…風が吹き抜けていく、森を通り抜けていくような…そんな清しさを込めて。


…この人は…誰…?



「…ライザ…!」



…ライザ?

…それは…私の名前?


…この人が…、繰り返し呼んでいるのは…


…私…?



「…目覚めよ、ライザ…

お前はもう、起き上がれるはずだ…」



耳元で、優しく囁く声…

それに、私は閉じていた目をゆっくりと開いた。


…すぐにその目に映ったのは、漆黒の、流れるような闇の髪…

極上の宝石を思わせる、美しい紫の瞳…


それらが、私に覆い被さるようにして、すぐ目の前にあった。


私は、始めはぼんやりと…引き込まれるようにそれを見ていた。

が、霧がかかっていたような頭がはっきりとしてくると、周囲の様子を窺う余裕が生まれてきた。


…私はどうやら、体が沈むような柔らかい寝床に体を横たえられ、薄い絹で作られた、漆黒の服を着せられていたらしい。


すると、私が目覚めたことに気付いた相手は、私から少し体を引いた。

距離が取られたことで、相手の容姿がよりはっきりと認識できる。


…そこにいたのは、先程見た通り、黒髪紫眼の…細身の、美しい青年だった。

まるで聖と魔が同居したような、神憑り的なその美しさは、見ている私をそのまま引き込んでしまうかのようだった。


…私は、それに戸惑いながらも、ゆっくりと体を起こした。

すると、その肩に、さらりと銀色の髪がかかる。


(…銀髪…?)


腰の上ほどまでに長く伸びたその髪は、今まで横になっていたとは思えないほど、艶やかで、まっすぐだった。


そんな自分の髪に目を落としていると、目の前の美しい青年が、静かに口を開いた。



「…目覚めたか…、我が妻よ」



「…えっ…?」


私は一瞬、動きを止めると、彼の方へと視線を移した。


…この美貌の青年は…、今、何と言ったのだろう?


私が応対に戸惑っていると、青年は再び私に近寄り、そのまま私を抱きしめた。


「!」


私は、驚きで目を見開くことしか出来なかった。


…彼の熱い吐息が、私の耳にそっとかかる。


「忘れるな、ライザよ。…お前は我の妻…

この、精の黒瞑界の皇妃だ…!」

「!私…が…」


私が答えると、青年はそれに応えるように、強く…きついくらいに、私を抱きしめる腕に力を込める。


「そうだ…、お前はこの世界では第二に位置する者…」


熱く呟いた青年は、名残を惜しむように、そっと私から離れた。


…その紫の瞳が、私を捉える。


「…我が名はサヴァイス=ブライン。これからお前と、生涯を共にする者だ」

「…あなた…が?」


私が問うと、青年…サヴァイスは、瞳を瞬かせることで頷いた。


それに合わせるように、私は、ふらりと寝床から体を降ろし、立ち上がろうとした。

しかし、その瞬間…


「…!?」


何故か足に力が入らず、私は、その場にがくりと膝をついた。

その様子を見ていたサヴァイスが、つと私に近寄り、手を差し伸べる。


「お前は、まだ造られたばかりなのだ…

無理はするな」

「…えっ?」


私は、当然のように呟いた、彼のその言葉を聞き咎めた。



…“造られた”…?

私が?


造られた存在…?



…私が!?



愕然としている私に、サヴァイスは子供に言い聞かせるかのように、柔らかく付け加えた。


「…、ライザ、お前は、とある強大な能力を持った者のクローンだ。

…だが、その神にも近い能力を真似るには、やはりリスクが高すぎた…」

「!…どういうことですか?」


自分が造られた存在。

自分は誰かのクローン。

…では“私”自身は…、元々は存在するはずのない【紛い物】…!?


そんな考えが、ぐるぐると頭を巡る。

…それに、サヴァイスは私を落ち着かせる為か、そのまま手を引くと、寝床に座らせた。


「…だが、ライザよ…、勘違いするな。我には、お前が必要だ。

…オリジナルのその類い稀な力を欲して…、その目的のみの為に、お前を造り出した訳ではない」

「!…でも…」


…私の訴えるような様子がよほど気にかかったのか、サヴァイスは一息つくと、落ちてきた前髪をそっと掻き上げた。


「…そうだな、ならば始めから話してやろう」


…私は、食い入るように彼を見る。


自分が、彼に本当に必要なのか。

彼には必要とされているのか。

またあるいは、存在していても構わないのか…


それらの葛藤が、全てを占めていた。

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