来世家庭選択サービス

 ドアを開き入室した小さな個室にはデスクといくつかの棚が置かれていた。私物らしき物はなく必要最低限といった感じ。

 殺風景だな。それが率直な第一印象。


「こちらへどうぞ」


 デスクに座っていた人物はハキハキとした聞き取りやすい声と一緒に向かいの椅子を差し出すように手で指した。その指示に従い会釈をしてから椅子に腰かける。どこか落ち着かない所為で目が泳ぐがPCやカップなどが置かれたデスク上を一瞥すると正面を向き直した。

 向こう側で手元のタブレットに視線を落とすその人物は人の形をしているが俺同様に全てが真っ白。目や鼻どころか顔すらない(もちろん髪もない)。人の形をしただただ真っ白な人。

 だが唯一俺と異なる点を挙げるとすれば――それはネクタイをしていることだ。落ち着いた色合いだが柄の描かれたお洒落なネクタイ。ネクタイをしているのは神使である証。つまりこの人は神様の下で働いている。そんな人々のことは総じて**と呼ぶ(誰が最初に呼び始めたかは分からないが)。


「前世では幼くして亡くなっていらっしゃる上に捨てられてしまったと……。随分と災難でしたね」


 最後は顔を上げて言葉を口にしたが当然そこに表情はない。だがどこか同情的だった。


「まぁそうですね」

「ですが保険にご加入いただいていますのでそこからポイントが下ります。ですので――」


 えー、と**は沈黙を恐れるように声を出し続けPCを操作し始めた。


「来世は人間をご希望ということでお間違えはないでしょうか?」

「はい」

「かしこまり……ました」


 エンターキーの気持ち良い音が響く。だがそのお気持ち良さの余韻を味わう時間は与えられず椅子の引く音が覆いかぶさった。


「ではいくつか候補がありますのでこちらへどうぞ」


 タブレットを手に立ち上がった**は奥のドアを手で指した。そして**に続き俺も立ち上がるとその後を歩きドアへ。

 奇声のような鳴き声を上げながら開いたドアの向こうには一本の通路が伸びていた。真っ白一色のどこかの研究所を思わせる通路の奥にはドアが一枚。

 そこを**が先行して進み俺もその後に続く。


「前世は猫だったようですがもう猫はいいんですか?」

「思ったのと少し違ったのもあるんですけど折角ポイントもあるんで久しぶりに人間でもと思っただけです」

「まぁあのような人生を送ってしまえばまたすぐにペット類になろうとはおもえませんよね」


 実際に声は聞こえなかったがハハハと笑い声が聞こえてきそうな口調だった。


「まぁそうですね。でも一人だけ何度も餌を持ってきたり雨の凌げる場所に移動させてくれたりと色々してくれた人がいたのでその人のおかげで全てが最悪という訳ではなかったですよ。むしろ少しぐらいは楽しかったですね。でも色々としてくれたので恩返しのひとつぐらいしてあげたかったんですけど、いかんせん仔猫だったものでね。結局何もできませんでした」

「そうだったんですねぇ。でもこれだけのポイントがあればある程度のご家庭には生まれることが出来ますよ。なので次はもっといい人生を送れるかと」


 そんな会話をしながら通路を進み奥まで進むと**はドアを開けた。

 俺らを待っていたのは円形の何もない部屋。そしてここも通路同様に真っ白一色だった。


「ではすぐに始めますので中央でお待ち下さい」


 **は入ってすぐ右手の壁へ、俺は指示通り中央へ足を進めた。

 手元のタブレットに視線を落としたり壁と一体化したタッチパネルへ手を伸ばしたりと何やら操作をする**。俺は特にやることもない手持ち無沙汰からその背中をただ眺めていた。見ているようで見てないが視界には入っている――そんな状態。

 早く過ぎて欲しいその時間の中をぼんやりと浮遊していると近づく足音に我に返った。気が付くと**はすぐ目の前。


「では準備はよろしいでしょうか?」

「はい」

「それではまずはこちらのご夫婦ですね」


 **が慣れた手つきでタブレットを二度三度操作すると周りの景色が一変。真っ白だった部屋から広く小洒落たリビングへと変わった。

 そこには値段の張りそうなテーブルが置かれており、ワイングラスを片手に持った若い(三十歳手前ぐらい)男女が座りながら互いを見つめていた(どうやら俺らのことは見えていないらしい)。


「この二人は西岡夫婦です。夫の孝弘さんはベンチャー企業の社長で妻の春奈さんは人気デザイナーです。結婚して一年。二人共に犯罪歴はありません。仕事はまだまだ忙しいようですが子どもについて考えているようです。子どもには自分たちと同じように好きなことをして欲しいという気持ちがあるようなのでのびのびとした生活を送れそうですよ」


 **はそれからもその夫婦に関する情報を色々と読み上げた。


「へぇ、結構いい感じですね」

「そうですね。今のところは一番だと思いますよ」


 その言葉を聞きつつ俺は目の前の夫婦に視線を向ける。

 体をアルコールが回るように幸せに酔いしれた二人の恍惚とし希望に満ちた表情を眺めながらも心のどこかではしっくりときていないのを感じていた。悪態のつけようがない夫婦であり家庭だったが何かが違う。それはまるで引っ越しをした二日目の朝のように自分の家なのに慣れてない所為で感じる違和感。別に無視してもいい程度のものだったが白壁にある小さなシミのように気になった。


「とりあえず他の人も見てます」

「かしこまりました」


 それから俺は**の説明を聞きながら計十組(もしかしたら八組だったかもしれない)の候補家庭を見ていった。

 正直、どれも悪くない。悪くないが、なぜか即決する程ではなかった。だけどこのままどれも選ばないのはあまりにも勿体なさ過ぎる。


「あのちょっと一覧を見せてもらってもいいですか?」

「はい。いいですよ。少々お待ち下さい」


 お待ちくださいの言葉が必要なのかと思わせるぐらいすぐに**はタブレットを差し出した。


「ありがとうございます」


 一言お礼を言ってタブレットを受け取り一覧表に目をやる(紹介されたのは全部で九組だった)。

 おさらいするように概要を流して見ていく。だがこれといって目に止まることはなかった。

 どうしようか。そう悩んでいると左上のカテゴリーにあるその他という項目が目に入る。


「あの、これは?」


 タブレットを**に見せながらそこ(その他の項目)を指差す。


「あぁ、これは訳アリといいますか――手違いでこちらに振り分けられてしまったんですよ。ですのでとてもおすすめできる家庭ではありません。特に折角ポイントをお持ちで選べる方には」


 **はそう説明したが俺は何故か興味が湧いた。駄目と言われれば余計に気になるのと同じように。訳アリの訳が気になった。


「見てみる事ってできますか?」

「えっ? こちらをですか?」

「はい。それを」


 気が進まなそうな雰囲気で**は少し考えた後、俺の方へ視線を戻した。


「かしこまりました」


 やはり気が進まなそうに言うとタブレットを操作し、今までと同じ様に部屋の景色を変えた。

 白世界から変わり見るからにオンボロそうなアパートの一室。ひどく荒れたその部屋の壁際には同じように髪の乱れた女性が顔を埋めながら体育座りをしていた。微かだが耳をすませばすすり泣く声が聞こえる。


「彼女は白井 彩さん。お仕事はOLをしています。そして正確には結婚されてないのですが同棲している俊哉さんは無職で――」


 言葉を詰まらせ眉を顰めた(気がした)**に俺は大体の事を理解した。


「DVですか?」

「はい。それに加えお金も」


 なるほど。絵に描いたようなろくでなしのようだ。

 だけどひとつ疑問がある。


「ですがどうしてこの方がリストに?」

「それはそのような機会があるからです。子が生まれる可能性のある行為をしている男女は自動的にリストへ追加されます。そこから様々な条件で更にリスト分けされていくというシステムです。なので彼女もリストに追加され手違いによりこのリストへと振り分けられました。本来ならばこのようにあまり良い家庭環境といえないご家庭はランダムリストへと振り分けられると思います」


 **の説明を聞きながら俺は未だ小さくまとまり泣き続ける彼女を見ていた。

 可哀想に。だがあの九組を捨ててまでここでの生活を望む理由はない。それに何より彼女が子どもを望んでいるかどうかさえ怪しい。

 自分の好奇心に負けたことを若干後悔し後味の悪さを感じながら先ほどのリストへ戻ろうとしたその時――彼女が顔を上げ力無く立ち上がった。もう泣き枯らしてしまったのか薄い涙痕だけが両頬で微かに光り、見るだけで痛々しい痣が残る顔が露わになる。

 その顔を見た瞬間、俺は思わず動きを止めた。


「モデルや女優までとはいかなくともそれなりにお綺麗な方なのですが――どうにも男運というのが無いらしく。残念なことです。ですが彼女はこれまで……道に迷っていた観光客を助けたり、弱った捨て猫に餌をあげたり、ボランティアに参加したりなどそれなりの善行を行ってきたとありますので来世は良い人生を送れるかもしれませんね」


 右から左に流れる**の言葉。俺は頭であの九組を思い出していた。確かにパズルのようにピッタリと嵌まるような家庭は無かったがそれを差し引いても良い家庭。社会的に見ても人間的に見ても良い家庭。対してここは……。

 俺は溜息をついた。


「まぁいいか」

「え? 何でしょうか?」

「決めました」

「かしこまりました。では今、あの一覧表へと変えますね」

「いえ、それはいいです」


 手元に視線を落とした**を俺の言葉が止めた。

 そしてこちらへ顔を向ける**に合わせるように俺は指を指す。指先の向く所にはキッチンに立ち時折、鼻をすすりながら洗い物をする女性の姿。


「彼女のところにします」

「え? ですが先ほども申し上げたように――」

「分かってます」


 何を言っているんだ? と言うような口調を少し強く押さえつけるともう一度彼女へと視線を向ける。


「ちゃんと分かった上で彼女のところでいいんです」

「――かしこまりました。ではポイントの方は最小限にさせていただきますね」

「いえ、それも他の九組分と同じでいいですよ」

「え?」


 もういよいよ訳が分からない。その一言はそんな思いを陰に潜ませていた(少なくとも俺にはそう聞こえた)。


「その代わり一つお願いがあるんですけどいいですか?」

「何でしょうか?」

「新たな人生が始まればこれまでの記憶など全てが無くなるのは分かってます。ですので一つだけ埋め込んで欲しい感情というか性格があるんですけどそういうのって出来ますか?」

「可能ですが……ちなみにそれはどういった?」


               * * * * *


 青いお空とお日様は綺麗で好きだけど今日はちょっと暑すぎる。拭いても拭いても溢れてくるおでこの汗を服で拭いて僕は走り出した。


「真守ー! あんまり先に行っちゃダメよー!」

「うん!」


 だけどママの声に返事をしながらも僕は走り続けた。


「ミャー」


 ママでも止められなかった僕の足をその声は小さいのにあっさりと止めてしまった。

 声のする方を見るとそこには木陰に置かれたボロボロの段ボールとそこに入った仔猫。小さくて汚れてる。

 その仔猫の方へ数歩、足を進め目の前でしゃがむ。可愛らしい目と僕の目が合った。その目に惹かれるように僕が手を伸ばし頭を撫でてやると仔猫は嬉しそうに鳴いて身を寄せる。


「真守。あまり先に行ったらダメって言ってるでしょ」


 追い付いたママが後ろに立つと僕は大きな影に呑まれた。


「ねぇ、ママ。この子飼ってもいい?」

「え?」


 ママはすぐにはダメとは言わず隣にしゃがむと仔猫を眺めながら考えてる様子だった。


「本当にちゃんと面倒みられるの?」

「うん!」


 僕は自信たっぷりに答えた。


「うちはママと真守しか居ないから真守がサボっちゃったらこの子は可哀想な思いをしちゃうんだよ?」

「大丈夫! ちゃんと面倒見るから!」

「それと真守はこれからこの子のご飯の為にお菓子とかジュースとか玩具も色々と我慢しなくちゃいけなくなるわよ? それでもいいの?」

「うっ……。い、いいよ」


 それは何とも迷ってしまうことだったけどこの子の為なら。


「――分かった。ならいいわよ」

「やったー! ママ大好き!」


 僕は嬉しくてママに抱き付いた。ママの腕は優しく包み返してくれる。代償は中々大きいモノだったけど僕が我慢すればいいだけだから。

 抱き付いていたけどすぐに暑くなって離れるとママは鞄から取り出したタオルで汗を拭いてくれた。


「これからはちゃんとこの子を世話して守ってあげるのよ?」

「うん! でもちゃんとママのことも守ってあげるよ」

「ありがとう。本当に真守は優しい子ね」


 ママは嬉しそうな笑顔を浮かべながら僕の頭を撫でてくれた。それに僕も嬉しくなってえへへと笑った。


『ちゃんと支えて守ってあげられるぐらい母親想いにしてください』

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