僕らは皆、罪人

 ※こちらの作品はカクヨムへショートショートとして公開したものを少し見直したものなります。


 沈んた気持ちの僕にとって今日も煌びやかな太陽はいつもより眩しく、腹立たしかった。

 そんな太陽から降り注がれる熱を黒いスーツは好物と言わんばかりに吸収し、その所為で僕は暑さを感じながら屋上の手すりに背を預けていた。片手に持ったお茶のペットボトルは顔や首と同じように大量の雫を身に纏っている。

 僕は嫌味のように雲一つない蒼穹を見上げながら上着のボタンを外し黒いネクタイを緩めた。その時、シャツの中からもわっとした空気が外界に放出されたらしく首と顎に生温い空気を感じ取った。


「はぁー」


 暑さのせいか思わず溜息が零れた――いや、もしかしたらこの溜息は友人が亡くなったという変えようのない事実に対するものかもしれない。

 事故で昔から仲の良かった友人はこの世を去り今日はその見送りをしてきた。ゲームが好きで最近はなぜか哲学にハマっててHIPHOPをよく聴いてて……。思い出せばキリは無いがそんな友人はもうこの世にいない。

 最後に会ったのは確か一昨日。俺の家で飲みながら適当に話してたっけ。酔ってて全部は覚えてないがあいつが変な話をしてたのは覚えてる。確か、こんな質問から始まったっけ。


                * * * * *


「なぁ」


 ピスタチオを食べながらそう話を切り出してきた友人に対して俺は酒を飲みながら答えた。


「ん?」

「人ってさ。死んだらどうなると思う?」

「は? なんだよ急に」

「いや、今さ。『死』をテーマにした海外の大学の人気講義を書籍化した本読んでるんだけど、そのこと思い出してどーなんのかなぁーって思っただけ」

「なんか難しそうだけどちょっとおもしろそうだな」

「読み終わったら読む? くっそ分厚いけど。タウンページぐらい」

「分厚っ! じゃあいい。ていうかタウンページってなついな」


 俺と友人が同時に酒を飲み始めたせいで一旦逸れた会話をリセットするような間が生まれた。


「でさ、どうなると思う?」

「んー。人が死んだらねぇ」


 考えたところで何か分かるわけでもなかったが一応考えてみた。だが案の定、在り来たりな答えしか思い浮かばない。


「無か天国or地獄? いやー、でも天国とか地獄ってないと思うし、やっぱ無かな」

「あぁー。やっぱそうなるよな。でもさ、天国と地獄って肯定できないけど否定もできなくね? 結局死んだあとが分かんないんだし」

「まぁ、そうかも。あとはどーやって分けられるのかも気になるよな。善と悪の基準っていうやつ」

「あー確かに。あとは誰が仕分けるのかな。仕分けるって言い方は良くないな」


 友人はフッと鼻で息をするように静かに笑った。


「神かあとは閻魔大王とか」

「それあの漫画のやつじゃん」

「いや、伝わるんかい!」


 閻魔は地獄にいる奴だろっていう普通の返しが来るかと思ってたが友人もその漫画を知っていたことに思わず笑いが零れる。正直、伝わってちょっと嬉しかった。


「そういうお前はどうなると思うんだよ?」


 シンプルに気になるのと俺だけ答えるのも何となく嫌だし質問を投げ返した。


「おれはお前が言ってた二つに加えて面白いのひとつ思いついたんだよ」

「へー、なに?」

「題して、この世は牢獄説」

「やばっ」


 割とすごい題名に思わず笑ってしまう。


「で、どんなの?」

「まずこの世とは別に世界があって、まー天国みたいなところだな。働く必要はなくてやりたいことできで食べ物も食べたければ食べればいい睡眠もとりたければ取ればいいって感じの場所。仮にこれを楽園とするか」

「食欲も睡眠欲もないってことか?」

「というよりそう言う風に設定的なのをすればお腹は空くし眠たくもなるみたいな」

「なるほどな」


 読んで字のごとく楽園ってわけだ。


「で、そんな場所にみんな住んでるんだけど」

「そこに住んでる人って不老不死?」

「いや、年も取るしおれらと同じように殺すこともできる。だけど病気とかはない」

「なるほど、続けて」

「んで、通常はその場所で一生を終えるんだけど、この世界と同じで罪が存在するわけよ。窃盗とか詐欺とかあるいは殺人とか分かんないけど色々。その罪を犯した人たちは罪を償わないといけないんだけどその償う場所がこの世界ってこと」

「要はこの世界は刑務所ってことか?」

「そーゆーこと」


 この世界はそこまで悪いところか? と思いつつもその楽園とやらは相当良い場所みたいだからそこと比べればそうなのかもしれないとも思った。


「ここに送られることが決まった罪人は記憶も全部消されてゼロからこの世界で生きていくわけ。ちゃんと何かを食べないといけないし睡眠も強制的にとらないといけない。だけどそれをする為には家が必要で食べ物が必要でお金が必要。だから働かないといけないしやりたくないことも沢山やらないといけない」

「でも人生を謳歌してる人もいるわけだからさ。罪に対しての罰にしてはちょっと楽しすぎじゃないのか?」

「でもそれも結局、その成功も楽園と違って辛いことをいくつも乗り越えて苦労しないと手に入れられないからさ。そう言う意味では楽しすぎではないのかもしれん」

「だけど苦労して手に入れたから嬉しさ倍増とかあるからな。実際。それは楽園では得られないものなのかもしれん」

「たしかに。でももしかしたらそういうのも得られるかもしれん」

「なんでもありじゃん」

「まぁ楽園ですから」


 楽園というその名に恥じぬほどすごい場所だなそこは。


「そんでここに送られる前に罪の重さに応じて年数が決められてその年数をこの世界で過ごせばまた楽園に戻れるってわけ」

「じゃあ刑期が二百年だとして、百歳で死んだらどーなるんだよ?」

「刑期が残った状態で命を落としたらまたこの世界のどこかで生まれるんだよ」

「じゃあさ、残り二十年でこの世に生まれた場合、二十年生きたら残りの人生はどーすんだ?」

「あー……。たしかにな」


 友人は飲もうとしてた酒を置き考え始めた。


「そのままその人生は送るか強制終了させられるとか?」

「やばすぎ! でもここがそう言う場所ならその方がいいのか。でもよ、この世界でも犯罪起こしたやつはどーなるんだ?」

「シンプルに刑期が伸びるんじゃない? そして刑期を終えて楽園に戻った人はこの世界での記憶はないけど物凄く苦労したことは覚えてるんだよ」

「なるほどなぁ。まぁ面白いっちゃ面白い。ということは俺もお前も罪人ってことじゃん」

「そーゆうことだな。何やらかしたんだろうな?」

「さぁー。そもそも俺らの思い浮かべる悪いことがその楽園とやらで悪い事かも分からんしな」

「まぁでもそんな場所ないとは思うけどな」

「いやいや、最初のお前の言葉を借りるなら肯定できないけど否定もできない、だろ」

「まぁ確かに」

「そんな場所あんならとりあえず長生きして早く刑期とやらを終わらせねーとな」

「あるならだけどな」


               * * * * *


「なぁ、人って死んだらどうなった? お前の言ってた通り楽園があったのか? それとも無か? 神に会えたか? それともまたこの世のどこかで生まれたか?」


 だが返事が返って来るわけでもなく俺の言葉は青い空へ消えていった。

 そしてこんな日に限って――こんな気持ちの時に限って晴天な空を見上げながらまた溜息が零れる。


「死んだあとなんて考えるだけ無駄か。俺の知ってるお前という人間は死んで俺は生きてる。それが事実だ。死んだあとにどうなろうと俺は俺の人生を進んでいくしかねーか――とりあえず今やれることをやろう」


 いつかのお前は言っていた。


『未来なんて今を生きてればいずれ辿り着く。だから未来の問題はその時に――未来が今になった時に解決すればいい。今の問題を差し置いてまで未来の問題を先に取り組むなんて馬鹿げてる。重要なのは今だ』

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