真っ暗なトンネル
僕はこの世の負を全て詰め込んだように真っ暗なトンネルを歩いている。ただただひたすらに。まるで終電に何とか乗り込む酔っ払いのような覚束ない足取りで一歩一歩一歩、とあるのかも分からない出口を目指して。いや、目指しているのかすら分からない。
ライトもランプもライターも何もない。暗闇に慣れ微かに見える程度の世界で数センチメートル先に何があるのかも分からず足音を響かせる。僕には何もない。何一つ持っていない。だからいつも真っ白だ。
一緒に歩いてくれる人も先導してくれる人も後ろを続く人もいない。五線譜すらない白紙にぽつりと取り残された四分音符のようにひとりぼっちでただ孤独に歩き続ける。孤独にはもう慣れた。旋律が何かは忘れた。だけどたまに人肌恋しくなる時がある。誰かに会いたい。誰かに触れたい。誰かと話したい。
だけど僕はひとりぼっち。どうすることもできない。耐えて耐えて耐え続けるしかない。心が壊れてしまうまで。
僕には何も見えない。まるで運命に目隠しされているように。一寸先は闇。それを体感している。でも不思議と恐怖はない。あるのは時折感じる寂しさと孤独。そして羨望と絶望と……。
なぜまだ歩いているのかは僕にも分からない。足を止めてしまえば楽になれるのかもしれない。時折そう思う。
すると僕は腰に拳銃が一丁あるのを感じた。手に取ってみるが形状は触感でしか分からない。だがこれはやっぱり数日前に(何をもって数日前といってるのかは分からないが)捨てた拳銃だ。天使の演奏が詰まった弾が入ってる。なぜだか分からないがそれは分かる。
この銃弾を頭に撃ち込めば僕は楽になれるのかもしれない。苦しまなくていいのかもしれない。その瞬間もこれからも。
冬の訪れを知らせる風のように冷たい銃口を蟀谷に感じる。指に少し力を入れた。
するとどこからともなく声が聞こえた。小さな小さな男性の声。耳を澄ましてみるとどやらそれは歌声のようだ。何を歌っているのかは分からないが良い歌な気がする。
少しの間その歌を聞いた。あまり聞こえなかったけど聞いた。
――やっぱり拳銃は捨てた。
何度目か分からない溜息が零れる。溜息と共に魂が抜けてしまえばいいのと思う。抜け殻になった体は倒れ抜けた魂は消えていく。そうなればいい。
あれからどれくらい歩いただろう。いや歩き始めてどれくらい経っただろう。そもそもいつから歩き始めてたんだっけ? 始まりなんてあったっけ?
僕の足は徐々に速度を緩めていきついに立ち止まった。その場に座り込む。体育座りで顔を埋めた。
もう無理だ。もう歩きたくない。どうせこの先には何もない。僕を嘲笑うようにずっと暗闇が続いているだけ。
心が折れた。もう光の輝きも温かさも思い出せない。
腰に拳銃の感触を感じた。手を伸ばし蟀谷に銃口を突きつける。何の迷いもなく引き金を引いた。カチッ。という音だけが響き暗闇に掻き消されれた。
僕は拳銃を捨てた。
何度目か分からない溜息が零れる。魂はまだ抜けてないらしい。
胸が刺されたように痛い。鼻に込み上げて来るものを感じる。だけど目は砂漠のように乾いたままだ。
何度目か分からない溜息が零れる。
僕の体はトンネルの暗闇に溶けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます