愛の重量
今朝も相変わらず教室の至る所で数人のグループが音楽やyoutubeの動画など色々な事について話をしている。その声はまるで交差点を通る人のように教室を行き交っていた。
いつもならそれをただの環境音として聞きながら、まだ覚めてない頭が重くて突っ伏してるけど――今日は違った。
目は寝れない夜のように開き、脳は覚醒したように冴え渡っている(今ならどんな難問でも解けそうな気分だ。もちろん気分だけだが)。そして心臓は体育の時間のように活発的だ。
「どうしたんだよ?」
友達に今の状態を話したら多分そう訊かれるだろう。
実は今日は僕にとってとても、とても大事な日だ。一世一代の勝負所と言ってもいいかもしれない。
もし成功するなら何だって差し出す。猿ベラまりもの直筆サインが書かれた小説『星が泣く夜に象と鯨』でもロリポップ美花のLIVE限定グッズでもなんでも差し出そう。一時間目から六時間目まで全部の授業を寝ずにしかも真面目に受けることだってする。
とにかくそれぐらい僕にとっては大事なこと。
だって僕は今日、好きなあの子に告白するのだから。
高校一年の時に偶然クラスメイトになったあの子。最初は別に気になってなかったけど席が隣なってからたまに話すようになって、そこから徐々に仲良くなっていった。
そして高二になってまた同じクラスになり仲良くしてたら――いつの間にか好きになっていた。気が付けば目をやってたり、気が付けばあの子を思い浮かべてたり。いつもみたいに話してるだけなのに妙に緊張したり何気ないラインでもあの子からメッセージがきたら心躍った。
勘は鋭い方じゃないけどさすがに分かる。なにより自分の気持ちだし。僕はあの子に恋をしてる。あの武将が何をしたとか、この数式をどう解くかとか、この文が示唆していることとか。そんなことよりもあの子が僕をどう思ってるかとか、どういうことに興味があるのかとかの方が気になるし重要だ。宇宙の真理だってどうでもいいし英語だって『I LOVE YOU』だけを知ってればいい。
そんなあの子に今日、この高鳴る想いを伝えようと決心した。だから今朝から――いや、昨日からずっと心臓が落ち着かない。大人に言わせればこれはなんてことない子どもの恋だと言うかもしれない。赤ん坊が這うこと歩くことを言葉を覚えるのと同じで幾度となくする恋のほんの始まりだと。だけど僕にとってはこれに人生がかかっていると言っても過言ではないほどに重大なことだ。
それが放課後に待ってる。多分、今日はそれ以外考えられないだろうし、何にも集中できないだろう。ただ忙しなく動く心臓を抱えて早く来てほしいけどもうちょっと待って欲しい放課後を待つことになるはず。頑張ってくれ未来の自分。
* * * * *
「話って何?」
「急に呼び出してごめん。――あのさ。僕……」
爆発しそうな程に脈打つ心臓が今にも口から飛び出しそうだ。上手く言葉が出てこない。でもあんまり黙ってる訳にもいかない。昨日から今まで時間は沢山あったのに未だに吐きそうなぐらい緊張してる。なんなら逃げ出したい。
だけど言わないと。この想いは抱え続けるには重すぎるから。
「僕――〇〇の事が好きなんだ。良かったら付き合ってください」
思い切って僕は想いを口にした。それと同時に器のようにした両手を差し出す。その手の上ではハート型赤い愛が僕の心臓に合わせて鼓動していた。その大きさは抱えられるクッションぐらい。
僕の言葉の後、少しの間――風が木々を揺らす音だけが二人を包んでいた。顔を見なくても吃驚しているのが分かる。その間、僕はただただ待った。不安と期待の先にある二つのパラレルワールドの間を生きながら。
すると僕の両手からハートが離れるのを感じゆっくりと顔を上げる。〇〇さんは鼓動するハートを手に取り視線を落としていた。
「――こんなに私の事を想ってくれてたんだ。嬉しい」
どこか恥ずかしそうに、静かに呟くその声は聴き慣れた声だけど何故か新鮮味があって小鳥のさえずりのように心地よかった。
彼女の持つそのハートには僕の想いが詰まってる。その重さが僕が彼女に向けている愛の重さだ。
僕は答えを求めるように彼女の顔を見続けた。
そして彼女の星空や煌びやかな海より綺麗な瞳と目が合う。
「実は、私も気になってたんだ。だからよろしくお願いします」
その言葉を聞いてから一~二秒遅れて僕の心には青空と花の咲き誇る草原が広がった。そしてその瞬間、あまりの嬉しさにガッツポーズをしてしまい少し気まずくなったが彼女は優しく笑っていた。
今の僕はこの世界で一番の幸せ者。なんて思えるぐらいには最高な気分だった。
* * * * *
高三のある日。僕はそろそろ付き合って一年になりそうなあの子と休み時間、廊下で話をしていた。彼女のハートを両手に抱えながら。真っ赤で温かいハートは片手で持つには少しキツイぐらいの重さ。
こうやってハートを持っていると彼女の愛を感じる。
「○○。ちょっといいか?」
すると彼女のクラスメイトの男子が彼女に話しかけてきた。どうやら同じグループの授業について話しているようだ。
そんな二人を眺めていると僕の両手の中である異変が。僕の持つ彼女のハートがずっしりと重くなったのだ。それは両手でも少しキツイ程に。
そのことに気を取られていると話を終えた彼女が戻って来た。
「ごめんごめん。次の授業のことで――」
そう説明する彼女の声を右から左に流しながら僕は、両手で抱えたハートからあの重さが消えたことを感じていた。
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