性別の無い国 旅人編

 私は様々な地を訪れ色々な経験をしてきた。思いもよらない出来事や沢山の人との出会い、未知の料理や食材。旅は刺激に満ち溢れている。だからこそ楽しく飽きない。

 実を言うと味覚的な意味でも衝撃的な刺激を味わったことがあるが、あれはもう二度と御免だ。

 さて、次はどんな体験が私を待っているのだろうか。


                * * * * *


 口で荒々しく息をしながら私はやっとの思いで森を抜けた。森の先にあったのは広大な草原。燦々と輝く太陽と頬を撫でるそよ風。私は思わず目を瞑り両腕を広げた。そしてゆっくりと息を整える。


「よし。行くか」


 息も整い気持ちもスッキリとした私は再び当てのない旅を再開した。

 それから1時間程、草原を歩いていくと大きな城壁が見えてきた。更に足を進め同じく巨大な城門前で立ち止まる。

 私はその来るもの拒まぬというように開いた門を見上げた。


「立派な門だな。さてここは一体どんな国なんだ?」


 期待に胸を膨らませながら門の傍にある小さな門衛室へ。中には若い警備員が座っており私を見ると立ち上がった。


「こんにちは」


 若い警備員は爽やかな声と笑みで迎えてくれた。


「こんにちは」

「ユアユ王国へようこそ。今回はどういった目的でしょうか?」

「観光です」

 ...


 それからいくつかの質問に答えてから入国許可を貰った。その際に国内の地図をくれたり、こっちの指定したグレードの宿屋を教えてくれたり、指定されたレストランで使用できる割引券や国の歴史が分かる博物館を紹介してくれたりと入国前からかなり手厚い歓迎を受けた。これはいい。

 私は既に若干の満足感を得ながらも大門を通りユアユ国内へ足を踏み入れた。


「これがユアユ王国か」


 だが中はいたって普通で数ある他の国と変わりはなかった。いや、別に普通だからどうということはない。むしろこういう旅をしているからこそ普通が素晴らしく感じる。この前立ち寄った国など...。いや、思い出すのはやめよう。

 だが普通ではあったがどこか違和感のようなものを感じていた。それが何なのかは分からないが何か引っかかるような感じだ。もしかしたら勘違いと言う可能性もあるが。

 しかしそんな感覚はさて置き、とりあえず私は教えてもらった宿屋へと向かった。それなりに賑わう街中を真っすぐ歩いて行き着いたのはこじんまりとした宿屋。こじんまりとはしていたがその外観は経験から言えば悪くない。

 そして中に入り色々と済ませ鍵を受け取った。店主の雰囲気も悪くない。階段を上がりドアを開く。値段相応の部屋だった。


「悪くない」


 値段相応の部屋は私にとって悪くないどころかむしろ良い方だ。それは悪い意味で値段と釣り合っていない部屋に泊まらされた経験が何度かあるからだろう。

 私は部屋を一通り見た後に荷物を置くととりあえず沢山かいた汗を流した。気持ちも体もさっぱりした私は特に計画も無いが街を見て歩こうと思った。

 早速、門衛から貰った数枚の紙と財布だけを持って適当に街に出る。街の風景、すれ違う人々。その国の街がどういう雰囲気なのか見て回るのは旅の楽しみのひとつだ。

 適当に街を歩いていると私は公園に着いた。この日はこの国では休日なのか。

 それにしても穏やかでいい国だ。そんなことを思いながら公園を回ると近くで空き始めた腹を満たすお店を探した。たまたま見つけたそのお店で食べたソーセージとビールは恐らくこれまでの旅の中でも5本の指に入るだろう。

 そしてお腹も満たし満足と幸福が胸の大部分を占めていた私は入国する際に教えてもらった博物館へ向かうことにした。


「いらっしゃいませ」

「大人1人」

「大人1人ですね。――もしよろしければガイドをお付けすることもできますがどうされますか?」

「是非。この国のことはさっぱりなもので説明していただけるとありがいです」

「かしこまりました」


 入場券を購入し少ししてからガイドさんが私の元にやってきた。もっとご年配の方が来ると思っていたがそのガイドさんは若い女性だった。別にだからと言ってどうというわけじゃないんだが。


「ではまずはこちらへどうぞ」


 ガイドさんに案内され一番最初に紹介されたのは小さな村の模型。


「こちらはユアユ王国が王国となる前、まだ小さな村だった頃の模型です」


 それからこの国の成り立ちや国王の事などユアユ王国に纏わる歴史をガイドさんは懇切丁寧に説明してくれた。そういうのが好きな私にとってそれはとても楽しく素敵な時間だったことは言うまでもない。当然、歴史も面白かったが何よりガイドさんの説明が分かり易かったというのが大きいのかもしれない。


「さて、ここまでこの国の歴史ついてご説明させていただきました。歴史は違えどユアユ王国は他の国とあまり変わりません。むしろ少し落ち着いた国だと思います」


 確かにとても栄えているとは言い難いが私は好きな雰囲気だ。


「ですが実は、このユアユ王国には1点だけ他国とは異なる部分があるのです」


 その言葉に私の興味は鷲掴みされた。やはり私は旅人。普通も素晴らしいが他とは違うその国特有の何かがあった方が心躍る。やっぱり刺激は欲しい。


「それは一体何なんですか?」

「はい。――それはこの国には性別が無いということです」

「性別が...ない?」


 私は思わず復唱した。


「正確に言えば性別で他人を見ないということです」


 正直に言って意味が分からなかった。それは恐らく私の表情にも出ていたのだろう。


「混乱されるのも分かります。もちろん私を含め国民の全員に生物学上の性別は存在しますのでそこは誤解なさらず。ですので旅人様や他の国の人々と体の構造が違うなどという話ではありません」

「ということはどういうことですか?」

「はい。ちゃんとご説明させていただきます。――先程も申し上げましたが私達にも生物学上の性別はあり義務教育の過程でそのことについてしっかり学びます。男性や女性の体に起こることなどを学びますが最後にこう教えられるのです」


 ガイドさんは自分の胸に手を当てた。


「私達は今、ただ体がほとんど男女のどちらかに分類されているだけだと。ランダムで振り分けられたにすぎないと。ですのでそれに縛られる必要はないと教えられます。私達はただの一個人で1人の人間なんです。そしてランダムに分類された性別とは違うもう一つの方になりたければそれも可能であり自由。そう思うこともそれを実行することも別におかしなことではないんです。男性の体から女性の体へ。これは単なる調整に過ぎません。私達は生まれてくる際にどちらかを選択することはできず故の調整です。ですので性転換に関する費用は国が負担してくれます」


 言葉を止めるとガイドさんは笑みを浮かべた。


「この国では全ての人が1人の人間なんです。自分の望む体で自分の望む服装をして自分の心に従って恋をする。体がどうであろうが関係はありません。あの人もあの人もあの人だって何にも分類されることの無い1人の人間です。体が女性でも女性に恋をしてもいいですし男性的な服装や髪型をしてもいい、体が男性でも男性に恋をしていいし女性的な服装や髪型をしてもいい。それはただの1人の人間と1人の人間との恋愛に過ぎない訳です。何もかもが自由。そこには何の偏見もありません。ちなみにこの国では男性的や女性的という表現は通じませんけどね。旅人さんはこちらの方が分かり易いかと思いまして使用させていただきました」


 私は改めてこの国に入ってからのことを思い出した。すれ違う人々や公園にいた人々。確かに言われてみれば男性同士や女性同士―外見だけの判断になってしまうが―で友達にしては距離が近い人達がベンチや木陰に座っていた。それに可愛らしい格好やメイクをした男性ともすれ違った。逆に男性かと見間違えるような女性とも。そういえば信号待ちをしている時に隣のサラリーマンがこんな会話をしていた。


「そういや俺さ。普段可愛い服着るの好きなんだよ」

「へぇー。そうなんすね」

「でさ。この前、めっちゃ可愛い服見つけてさ。ちょっと見てもらいたいだけどいいか?」

「全然いいっすよ」


 言葉遣いと見た目の年齢から察するに上司と部下。上司の方はそれなりの年だったと思う。私の理解している意味とは違った意味がそこいはあるのだろうと思っていたがガイドの話を聞く限りそのままの意味だったに違いない。

 なるほど。確かに今思えばこの国は色んな意味で男と女というのが入り乱れていた。外から来た私にとってここまで男女に壁の無い状態は初めてでそれが少し感じていた違和感だったのか。

 私の生まれ育った国だったらありえない光景ばかりだ。そういうのに理解のある人もいるが多くがそうではない。だからこそその間で悩む人も沢山いた。時には悲惨な状況を生み出すことも。

 それに今まで訪れた国の中にはそこを厳格に区切るところもあった。性別の垣根を超えることを一切許さない国。その人達は矯正収容所へ送られるか心の奥深くに閉じ込めておくしかなかった。もしくは国外へ逃亡するか。どちらにしろ楽な選択肢はない。

 だかこの国は違う。男や女という概念を完全に必要最低限で浸透させている。そのおがけで他にも問題はあるだろうが少なくともこの事に関しての問題はないはず。

 顔を上げた私はガイドへ視線を戻した。


「素晴らしい国ですね」

「ありがとうございます」


 それからも色々な展示物を見せてもらいそれはとても有意義な時間だった。

 そして博物館を堪能した私は残りの滞在時間も満足の言葉に限るような時間を過ごせた。料理は上手いし人々―少なくとも私が言葉を交わした人達―は気さくで良い人ばかり。どこをとっても素晴らしい国だ。

 ユアユ王国。この国はまた機会があれば訪れたいと思えるそんな国だった。


「よしっ!」


 日記帳を閉じペンと一緒に仕舞った私はまとめておいた荷物を背負うと宿屋を出てこのユアユ王国を出国した。

 さて、次はどんな体験が私を待っているのだろうか。

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