誰も傷つかない恋

 今日は別になんてことない一週間の内の一日。いつもと同じように起きて学校に行ってお昼はみんなと一緒に弁当を食べる。


「そう言えば美咲ってあの彼氏と最近どうなの? 何とかって高校の三年だっけ?」


 お茶を口にした由香はパンを片手にスマホをいじる美咲にふとそんな質問をした。


「んー? 別れた」

「えっ? そうなの! なんで? なんで?」


 興味津々な由香は前のめりなり、美咲はスマホを机に置いた。私は玉子焼きを口に運びながらその様子を眺める。


「いや、別に。ただもう好きじゃなくなったから」

「えぇー。あたしはてっきりもっと続くと思ってたのに」

「何でアンタがそんなに残念がってんのよ」

「だってあたし的には結構お似合いだったし……。ねっ、陽菜」


 それは流れ弾のように急にこっちへ飛んできた。その所為で私は食べようとしていた唐揚げを弁当に戻す羽目に。


「まぁ分からなくもないけど。仕方ないじゃない? 好きじゃなくなったんなら」

「そーだけどさー」

「まぁ別にいいでしょ。アタシの事なんだし」


 すると急にお箸を置いた由香が腕を組みふっふっふと如何にも何かあると言うような笑い方で笑い始めた。


「そんな君たちに朗報です。――実はあたし高橋 由香は八組の大樹とこの度、付き合うことになりました」


 自分の報告に自分で拍手をした。多分、このワンシーン(報告からの拍手)を見るだけで彼女がお調子者だということは多くの人に伝わる気がする。


「へぇー。おめでと」


 だけど由香のテンションに反して美咲はいたって普通。


「あれぇ? 美咲さん自分は別れたのにあたしが付き合ってちょっと嫉妬してるんじゃないですかぁ?」


 そんな美咲を由香が煽る(相変わらずの煽りスキルだ)。でも美咲には効果がないようだ(こちらもさすがの耐性)。


「いや、全く。てかむしろ何でどっちも告らないか不思議なくらいだったし」

「えっ! 何であたしより先にあたしの恋心に気が付いてるわけ?」

「まぁアンタって分かり易いから」

「もしかして陽菜も?」


 私はゆっくり頷いた。


「えぇー! 言ってよ」

「鈍感カップル誕生おめでとう」


 それからは由香は美咲に弄ばれるといういつもの光景が昼休み終わりまで続いた。

 その日の夜。私はベッドに寝転がりながらお昼の由香の話を思い出していた。しばらくの間、そのことを考えていた私は自分の中のある想いに気が付いた。

 その瞬間、すぐにスマホへ手を伸ばしラインを開く。そして少し興奮気味の心臓を感じながら文字を打った。


『好きです。付き合って下さい』


               * * * * *


「いやぁ。でもまさか陽菜があの吉岡のこと好きだったなんて」

「私も昨日気が付いたんだよね。好きってことに」


 すると右手の空席の椅子が引かれ戻ってきた美咲が腰を下ろした。


「おかえりー。どこ行ってたの?」

「夏美のとこ。本返してもらいに行ってた」

「おぉー。さすがは見た目に反して学年トップの成績を誇る美咲様。さぞ難しい本をお読みになっているでしょうね」

「うっざ。アンタでも読めるやつだっての」


 美咲は由香の弁当横に手に持っていた本を置いた。


「それってどんな本?」


 表紙は私からも見えたけどさすがに内容は分からないから素直に尋ねた。


「恋愛ものなんだけど。その世界は自分が好きでも相手は必ずしも自分のことが好きとは限らないって設定」

「それって自分が好きって分かって告白しても成功するか分からないってことじゃん」

「そう。だから主人公は好きだけど中々告白できなくて相手のことを探ってみたり好きになってもらえるようにアピールしたり色々と頑張るわけ」

「うわー。めんどくさー」

「まぁアタシたちは互いに好きになるタイミングも嫌いになるタイミングも同じだけどその世界は違うからその分苦労するけど、でもその分やっと実ったっていう達成感みたいなのがあるから読んでて結構楽しいよ。逆に実らなかったら可哀想だけど」


 その本は美咲の話を聞いているだけでも楽しそうだった。


「とりあえずオススメだから読んでみなって」

「私も次、読んでいい?」

「いいよ。あっ、でもなら陽菜が先の方がいいんじゃない?」

「ちょっと! それどういう意味よ?」

「由香が読み終えるの待ってたら卒業するかもしれないし」

「おっと。それは聞き捨てならないなぁ。あたしだって――」


 今日もいつも通り楽しい昼食になりそう。でも確かに由香よりは先に読んだ方がよさそうかも。だってもし由香がドハマりしたらネタバレしそうだもん。実際に前科があるから。

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