言い訳は(いいわけ?)

 俺はな、人を殺すことが楽しくて仕方がなかった。

 エラノスに生み出され、エラノスから世界を知った俺は、奴らにいいように飼い馴らされていた。

 否、これは言い訳か。俺は自分の頭で考え、自分の身体で動いていた。だから結局は自分の意思だったんだろうな。

 薬? ああ、確かに薬は与えられていた。だがそれも大した量ではないし、俺の「本質」を変える程の力はなかった。

 俺の本質は、結局、人を殺すことに愉悦を覚えるようなものだった。

 エラノスから与えられた任務には殺人も含まれている。特に相手が手練れだったり、警備が厳重だったりする場合に俺は投入された。

俺はそこで、殺人の味を覚えた。薬の影響もあっただろうが、その時の俺は異様に昂揚して、この上ない愉悦に溺れていた。

人殺し程楽しいものはない。これならずっとここにいてもいい。そう思ってきた。

 その考えが変わったのは、本を読み始めてからだ。エラノスの地下には巨大な蔵書室があって、発禁処分になった本や魔術書が多数収められていた。

 そこで俺がのめり込んだのはフィクション――小説だった。

 フィクションの中では、驚く程よく人が死ぬ。最初は、その人が死ぬシーンだけを目当てに読んでいた。だが、読んでいく内に、人殺しはいけないことだと書いてある文章が目に入るようになった。

 最初は訳がわからなかった。しかし百、二百と本を読んでいく内に、何となくだがその意味がわかるようになってきた。

『人殺しが悪いことなどに理由はいらない』

 極めつけはこの一文だ。最初は滅茶苦茶な理論だと思ったが、逆に言えばそれが当たり前のことだと思われていることを示している。

 俺は何も世間の常識が全て正しいとは思わない。だが人の命が、紙よりも軽いと思っていた人の命がどれ程重要視されているかはわかった。

 結局俺は、人を殺すことを躊躇うようになった。しかしエラノスにいれば殺人の任務が与えられる。それで考えたのがエラノスからの脱走だ。自分に治癒魔法をかけて薬を一時的に無効化し、ミィ国を出ることに決めた。だが身元を保証するものが何もない俺が審査を通れるはずもない。そこで俺は魔法で外壁をぶち抜いた。二年前の原因不明の穴の実態だ。

 国を出て、俺は道で会った人間に金を出させて食い繋いできた。その間ずっと副作用に苦しまされてきたが、何とか正気のままいることが出来た。

 旅の途中、俺は自分でも小説を書き始めた。これは信じられない程楽しかった。空っぽだと思っていた自分の中から、それまで蓄積されてきた確かな思いが紙の上に書かれていった。ひょっとすると自分は人間なのかもしれないと思うことが出来たし、不思議なことに酷く生きた心地がした。

 一つ書き上げたところで、ディーナ国が大陸最大の市場だと聞いてそこに向かった。俺は自分が人間なのかを確かめたかった。人間の精子と卵子から作られた俺は、遺伝子的には人間なのだろうが、心は、魂は果たして人間なのか。自分が一番人間のようだと感じられるのは、文章を書いている時だった。その出来あがった小説を認められたのなら、本当に人間なのだと自分に信じ込ませることが出来ると思った。その先にあるものを手に入れるためなら、手段は何でもよかった。そこで名声を得るために永劫の魔女討伐に名乗りを上げ、その後はお前も知っての通りだ。

 以前、お前に人を殺すなと言ったな。あれは実は、俺があの感覚を思い出したくなかっただけだ。俺はあまり変われていない。今でも人殺しに愉悦を覚えるのではないかと不安になる。それを抑えるために、人をいたぶって楽しむようになった。俺のレベル1魔法は拷問用だから人を殺すことはない。実際、これは楽しかった。人が死なずに苦しむ姿を見るのは最高だ。

 はあ――。

 やはり、俺は変われていないのだろうか。

 所詮、俺は生体兵器のままなのだろうか。

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