ヤミ決闘(デュエルスタンバイ)

 すり鉢状の闘技場は、片田舎にはとても似合わぬ代物であった。

 規模は小さいが、建築自体は立派なものである。恐らく金持ち達が資金を出して自分達の楽しみのために建造したのであろう。この村には村人の民家よりも明らかに豪奢な別荘がいくつもあり、金持ち共が集まる土地であることを示している。

 ヤマトとリンはその闘技場の内部で出場手続きを済ませていた。手続きとはいっても名前――本名かどうかは問われない――と死亡する可能性への同意、大会の他言無用の誓約だけである。口頭での受け答えだけで済んでしまう辺りなかなか杜撰だ。

 闘技場の客席は殆どが埋まっていた。白昼堂々決闘を見物し、勝ち負けに賭ける。ヤミと付いていることからもわかるように違法な賭けであるが、王都から離れた辺鄙な場所で行われることと、それなりの権力を持つ金持ち達が客であることから黙認されているのだろう。

 一度出場者全員が闘技場に出され、登録名を読み上げられて顔を客に確認された。出場者は二十四組四十八名。女はリン一人だけであり、後は見るからに柄の悪い男ばかり。趣味は悪いが顔の綺麗なリンと、華奢なヤマトのペアは見た目からして賭ける者が少なかった。

 ヤマト達はトーナメントの真ん中辺りに組み込まれ、優勝するには五回勝たなければならない。

 一戦目の前、ヤマトはリンに声をかけた。

「おい悪趣味女、一つ俺様からの命令を聞け」

「はあ? 誰がアンタの命令なんて聞くのよ」

「まあ聞け。その前に一つ質問だ。お前」

 人を殺したことはあるか。

 ヤマトがそう訊くと、リンは少し驚いたように目を見開いた。

「ないわ。でも勘違いしないで。『まだ』ないだけで、その時が来れば躊躇なんてしないから。剣を握った時から、その程度の覚悟くらい決めてるわ」

「――そうか。ならお前、この決闘で相手を殺すな」

「な、何でよ。相手はこっちを殺しにくるんだから、こっちもその気でいかないと」

 ヤマトはそれを聞くと、倦み疲れたような溜め息を吐いた。

「いいか悪趣味女、人を殺すっていうのは、思っているよりもずっと簡単だ。だからこそ、お前は人を殺すな。お前は俺のようにならなくていい」

 ぞっとする程冷たい目で、ヤマトはリンに視線を送った。リンはその目から容易に深い絶望を読み取ることが出来た。

「――アンタに何があったのかは聞かないでおくわ。あーあ、困った。こっちはアンタっていうハンデを背負いながら殺さないように手加減して戦わなきゃならないなんてね」

 それを聞くとヤマトは普段のサディスティックな笑みを取り戻す。

「その程度出来てもらわなくては、俺様の下僕は務まらんぞ」

「誰が下僕よ!」

 リンが怒声を上げると、係の人間が闘技場に入れと指示を出した。

 二人が闘技場に入ると、既に相手側の二人組は入場していた。観客席からは歓声と野次が湧き上がっている。

「やあやあやあ我こそは、ディーナ国の剣聖トニーである。我が剣は天を割り地を裂く。恐れ入ったかあ!」

「やあやあやあ我こそは、ディーナ国の魔法使いゴンザである。我が魔法の前ではあらゆるものが地に伏す。控えおろう!」

 トニーと名乗った男は顔中傷だらけの頑健な身体付きで、腰に太い剣を差している。ゴンザと名乗った男の方は隣の男を超す巨漢であり、武器らしい物は持っていない。

「あたしはミィ国のリンよ。特に言うことはないし、さっさと始めましょ」

「俺は貴様らに名乗るつもりはない。さあ行け。悪趣味女」

「たまにはアンタも動けっ!」

 リンはそう悪態を吐くと剣を構えて一気に踏み込む。トニーがその前に躍り出て抜刀し、リンの剣を受け止める。

「ぬう! 何という重さ!」

 トニーが脂汗を流しながら後退していく。

「あんた、その剣安物でしょ」

「な、何を言うか! この聖剣の由来は話せば恐ろしく長く――」

 リンは最後まで聞かず、剣を一度高く上げて再び振り下ろした。

 トニーの剣はその一撃を受けて真っ二つに折れた。

「剣士なら借金してでもいい道具を揃えなさいよ」

 無防備となったトニーの鳩尾に拳を叩き込み、気絶させる。

「で、あんたは」

 一心不乱に何かを呟き続けるゴンザの眼前に身体強化魔法で高められた一蹴りで迫る。顎をアッパーで打ち上げると、ゴンザは泡を吹いて倒れた。

「詠唱が長すぎんのよ」

 あっという間の出来事だった。観客達はゴンザが倒れて暫く経った後で歓声を上げた。

 リンは剣を背中に戻し、何もせず突っ立っていただけのヤマトの許に歩いていく。ただ入場口がその方向だっただけである。

「上出来だ」

「アンタに言われても嬉しくないわ」

 その後もリン一人で二回戦、三回戦、四回戦と勝ち上がっていった。ヤマトの言った通り出てくる連中は大したことはなく、ヤマトが加わる必要もなかっし、命を奪うまでもなく勝負が着いた。

 決勝戦、観客の大歓声の中二人が闘技場へと向かう。既に観客の殆どはヤマトとリンの二人に賭けていた。

 相手の二人組は中肉中背の丈夫そうな鎧を纏った男と、やけに背の低いぎょろぎょろとした目の男だった。

 リンが構えると、背の低い方の男が急に青ざめ、震えながらヤマトを指差した。

「な、なんでお前がここに!」

「知り合いなの?」

 リンがヤマトに訊くと、ヤマトは知るかとだけ返した。

 どうせヤマトが例の魔法で痛めつけた人間の一人だろうとリンは特に気にしないことにした。

「忘れるかよ。お前は、エラノスの、ミュ――」

「タカオカミ」

 男が話している内に、ヤマトは右手を突き出してそう吼えた。手からは巨大な水柱が放たれ、相手の二人を飲み込んだ。絶えることのない激流に潰され、二人は息も出来ずに壁に叩き付けられた。水は一向に途切れる気配を見せず、男達は水をぶつけられ続けている。

「ちょっと――」

 リンはこのままでは死ぬとヤマトを止めようとしたが、その顔を見て身体中に悪寒が走るのを止められなかった。ヤマトは死人のような無表情で、ただ手から放たれる水の先を見ていた。リンの声も聞こえず、姿も見えていない。

「もういいでしょ! とっくに意識は失ってる!」

 届かない。ヤマトは依然死んだままだ。

「この――」

 リンはヤマトの脇腹を回し蹴りで撃ち抜いた。ヤマトは息を詰まらせ吹き飛ぶ。観客席から困惑のどよめきが走るが、リンは意に介さない。

 魔法はもう止まっていた。リンは倒れたヤマトの許まで歩いていくと、その顔を見下ろした。

 ヤマトは頭と脇腹を押さえ、リンを見上げた。

「アンタ、あたしには人を殺すなって言っておきながら自分は殺すっていうの?」

「――すまん。手間をかけた」

 リンは呆気に取られてしまった。ヤマトが謝るなど初めてだ。

「死んでは、ないか?」

 ヤマトは立ち上がり、水浸しになった二人の様子を確認する。意識はないが、息はあるようだった。

 ヤマトは背の低い男の頭を指差す。

「オオイカズチ」

「ぶほっ」

 男は口から水を吐き出し目を覚ました。激しく咳き込みながら、ヤマトの姿を見ると悲鳴を上げて後ずさる。

「いいか、俺はお前を殺さない。ありがたく思うのなら、あのことは今後一切口にしないことだ」

 男は何度も頷き、ヤマトはそれ以上は何も言わず踵を返してリンの方へと歩いていった。

「アンタ――」

「命が惜しかったら、何も訊くな」

 勝負は着いたということで、二人には金十万が与えられることになった。

金が渡されるのを控え室と書かれた狭い部屋で待つ間、リンはどうにもあの時のヤマトの異様な顔が忘れられず、いつものように接することが出来る気がしなかった。

「おい、悪趣味女」

 ヤマトがリンを呼ぶ。

「何よ」

「さっきは、止めてくれて助かった。礼を言う」

「なっ――気持ち悪い! アンタが礼を言うってぇ?」

 ヤマトは嫌悪感を剥き出しにしてリンを見つめる。

「見苦しいところを見せてしまったが、出来ればあのことは忘れてくれ。というより絶対に忘れろ」

 リンは小さく笑った。何がおかしいのだとヤマトが訊くと、リンはもう一度笑った。

「漸くアンタらしい言葉が出たと思って。あたしに礼を言ったり、頼み事をしたりするなんてアンタらしくもないでしょ」

 忌々しげに舌打ちをすると、ヤマトは微かに頬を緩めた。

「あれ? 笑った?」

「黙れ。ぶち殺すぞ悪趣味女」

「はいはい」

 さて問題はこれからだとヤマトがリンの持った荷物を受け取り地図を広げる。

「お前は馬鹿だから忘れているかもしれんが、俺達の目的は永劫の魔女だ。これまでこの国の東の端の村はあらかた調べた。今いるのがここだな」

 ヤマトはディーナ国全体の地図の右下付近を指差す。隣国のレゲ国との国境付近、険しい山の中がこの村だ。

「次は南側を捜す。問題はこの『白い森』だ」

 ディーナ国の南端に広がる白い森と呼ばれる広大な針葉樹林。南極に近い寒冷な土地のため常に雪が降り続き、森を白く染め上げている。雪が多いため当然危険は高く、旅人も避けて通るのがこの森である。

「俺としてはここを突っ切る危険を冒すよりも、回り道をして次の村を目指した方がいいと思っている。異存は当然ないな。よし」

「勝手に進めるな! まあ、あたしもここを通るのは反対だけど」

「なら口を出すな。目的地は決まったな。金を受け取ったらすぐに出るぞ」

「いや、その前にやってもらわなければならないことがあるのだよ」

 気付くと部屋の入り口に見るからに高級な礼服を着た男と、宝石を大量に付けた女が立っていた。この部屋には扉がなく、外とは常に通じている。

「私はハッタという。この大会のスポンサーだ。賞金も殆ど私が出している。こっちは妻のマヤだ」

 女は高慢な目付きで二人を見た。男は一つ咳払いをしてから話を始めた。

「君達には、私達の娘を捜してもらいたいのだ」

「はあ? 何であたし達がそんなこと」

「さもないと賞金は出さない。長い旅になるのだろう? 金が必要なのではないかな?」

「とりあえず話せ」

 ヤマトが言うと、男は話を続けた。

「私達の娘――スイートホームは今年で六歳になるのだが、三箇月前に突然家から姿を消したのだ。部屋には『捜さないでください』という置手紙が一つあった。幸いスイートホームの服には探知用の魔法具を仕込んでおいたので、居場所はわかった。ただ、その場所が――『白い森』の奥なのだ」

 二人は思わず呻き声を上げた。

「居場所がわかってから何人か捜索に出したのだが、一人として帰ってこないのだ。そこで君達の強さを見込んで、スイートホームの捜索を任せたいのだ。どうだね? 引き受けてくれるかね? さもなくば賞金は渡さんよ」

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