旅は道連れ(世はお金)

 やはり、旅はいい。

 ポディマは満足気に外の雄大な景色を眺めながらそんなことを思った。

 町から町、村から村へ、ゆっくりと馬車に揺られながら移動する。移り変わる風景は優しく、窓から入って来る風はたっぷりと柔らかい草の香りを乗せている。

 広大な敷地を誇る自分の屋敷で優雅に過ごす時もいいが、やはりこうして旅に出る時は、至上の喜びを感じるというものだ。

 と、突然馬車が止まった。

 まだ目的の村までは遠い。何事だとポディマが様子を伺おうとすると、馬車の戸が開いた。

 外には、それはもう美しい女が立っていた。

 流れる金髪に完璧な目鼻立ち。着ている服は質素だが、彼女の美貌は止まるところを知らない。

「あのぅ……すいません」

 伏し目がちに女は口を開いた。

「どうしましたお嬢さん」

 いつもの彼がそうであるように、極めて紳士的にポディマは言った。

「わたし、旅の者なんですけどぉ、疲れてしまってぇ……。どうかこの馬車に乗せてもらえないでしょうかぁ?」

 ポディマは舐めるような視線で女を値踏みした。こんな軽装で旅をしているところを見ると、世間知らずの田舎娘というところか。しかしこの容姿は素晴らしい。今は恩を売っておいて、後で金でも積めば上手いこといくかもしれない。

「もちろんいいですよ。どうぞ乗ってください」

「あっそ。おーい、いいってよ。さっさと来なさいよノロマ!」

「ノロマとは言ってくれる。こんなクソ重い鎧を持たされちゃあ誰でも動きが鈍るわ。それより何ださっきの喋り方は。気持ち悪くて死ぬかと思ったぞ。見ろ、鳥肌だ鳥肌」

 後ろから、男が一人鎧を引きずって現れた。黒いマントをしたその格好と恐ろしく悪い目顔から、ポディマはこの男が自分の旅を愉快にしてくれる存在では決してないことを悟った。

「わざわざ見せんでもいいわ。アンタが可愛くって言うから可愛く喋ったんでしょうが」

 女は男の持って来た鎧を手際よくつけていった。ポディマは言葉を失った。恐ろしく趣味が悪い。彼女の美しさなど、吹き飛ばすくらいに。

「さあてと」

 女はにやりと笑い、ポディマに詰め寄った。

「約束通り、乗せてってもらうわよ」

 そう言って、女と男は馬車に乗り込んだ。


「旅はいいって言う奴、あれは金持ちだけだな」

 馬車の中でふんぞり返り、ヤマトは誰にでもなくそう言った。

 ヤマトとリンはあの村を出た後、次の村へと向かうことにした。しかしあの村から一番近い村は非常に遠く、徒歩で行くのはかなりの日数を食うことになる。

 そこで道中通る馬車を止め、リンが交渉して一緒に連れて行ってもらうという策を練った。そして運良くこの馬車が通り、リンが御者を殴って止め、中のポディマと交渉した。

 ポディマは最初は激しく抵抗したが、ヤマトが魔法でいたぶると大人しくなった。

「金のない旅程辛いものはない。現に俺達がそうだ。お前はいいよな小金持ち」

 ひっ、とポディマが悲鳴を上げる。一体この男の魔法はどんなものなのだろうとリンは少しだけ恐怖する。ヤマトが呟くとそれだけでポディマは激しく悶絶した。止めてくれと泣いた。お願いしますと懇願した。ヤマトはその度に愉悦に顔を歪めた。

 リンはこのヤマトという男がよくわからない。

 人をいたぶって楽しむような、どうしようもない人間だということは確かだ。しかしリンはそのどうしようもない人間に命を救われている。それにエリックと決闘した時も、殺してもよかったものを腕を切り落とすだけに止めている。しかもその後で腕を元に戻してやっているのだ。

 だからといって聖人君子かと言われるとそれは絶対に違うのだが、人非人かと訊かれると、半分は肯定出来るが、完全にそうだと言い切るのは難しいだろう。

「で、この馬車はどこに向かっている」

 ヤマトが訊くと、ポディマは怯えかしこまって答えた。

「ペンシル村という、小さな村です」

「そんなところに何をしに行く」

「じ、実はですね、この村で年に一度ヤミ決闘が行われるんです。それを観覧に」

「何だそのヤミ決闘ってのは」

「トーナメント式の決闘です。二人一組で、魔法、武器、何でもあり。優勝者には金十万が贈られます」

「ほう……」

 ヤマトが横に座っているリンの方を向く。

「聞いたか悪趣味女。路銀がなくなりかけていたところだ。俺達も参加してみないか?」

「待って、トーナメント式なんでしょう? 一体何組くらいが参加するの?」

「去年は確か、三十組でした」

「それじゃあ、えーっと──優勝するまで何回?」

「少なけりゃ四回、多けりゃ五回だ馬鹿」

 馬鹿は余計だとリンが噛みつくも、ヤマトはどこ吹く風だ。

「じゃあ、五回戦うとしましょう。それで、アンタの魔法は何回使えるの?」

「レベル──拷問用なら無制限。それ以外なら三回が限度だ馬鹿」

「だから馬鹿は余計だっつうの。計算が合わないじゃない。一発で決めるにしても、これじゃあ三回戦でアンタが不能になるでしょ」

「だからお前は馬鹿なんだ。いいか、俺がわざわざ魔法を使う必要はない。お前が一人で、全員片付ければいいのだ」

「はあ? ふざけないでよ。相手は二人で、こっちは魔法が使えないし力もないへなちょこ足手まとい男をかばいながら、可憐で趣味のいい美人が一人で戦えっての?」

「誰が可憐で趣味がいいんだ。いいか悪趣味馬鹿女」

 ヤマトはじっとリンの目を見つめる。リンは思わず固まり、その作り物のような鋭い目を黙って見つめ返した。

「俺はお前の強さを認めている。そこいらの剣士や魔法使いでは相手にならない程、お前は強いと確信している。つまり、そんなヤミ決闘に出てくるような連中など、お前一人で充分だと、お前を信頼して言っているのだ」

「そ、そう?」

 リンは思わず照れてしまい、困ったように頭を掻いた。

「あたしは――」

「強い」

「相手は――」

「弱い」

「一人で――」

「勝てる」

「趣味は――」

「悪い」

「本当に――」

「本当だ」

「ようしわかった! やってやろうじゃないの!」

 ヤマトはにんまりと笑った。リンはそれを意に介さず、一人で盛り上がっている。何もかもヤマトの思惑通りだということには気付かず一人で舞い上がっているリンを見て心を痛めたのは、何故かポディマであった。

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