男と男(馬鹿と馬鹿)

「まだ怒ってる訳?」

 リンが訊ねると、ヤマトは当たり前だと切り返す。

「だいたい、あのドラゴンを倒したのは俺じゃないか。それが何でお前が全ての功労者として扱われる」

「別にいいんじゃない? アンタに不利益なんかない訳だし」

 馬鹿が──限りなく見下した声を発し、ヤマトがリンを実際に見下ろす。

「俺がドラゴンを倒したと言ってみろ。奴らは俺に感謝し、俺の本を買う」

 リンは呆れ果て、何も言わずに先に歩き出す。

 二人は昨日あの村を離れ、また別の村を目指して旅を続けていた。見ての通りヤマトは不機嫌だが、リンは至って上機嫌だ。あの村には武器職人が多く、ドラゴンの素材を使って何かを作ってくれることになったのだ。ただ、ドラゴンの素材は扱いが難しく、一日や二日で出来るものではない。

 リンはこの旅が終わったらもらいに来ることにして、万歳に見送られて村を出たのだった。

 一方のヤマトはただのリンの付き人として別段何の礼もなく村を出た。

「全く、いつまでねちねち文句言ってんの。次の村はもうすぐなんでしょ、気合い入れなさいよ」

 ヤマトがのろのろと後ろを亀の歩みでついて来るのを見かねて、リンが振り向いてそう言う。

 ヤマトはリンに聞こえるように大きく舌打ちして、早足でリンの隣に並んだ。

 その後もヤマトはねちねちと愚痴をこぼし続けたが、堪えきれなくなったリンが抜刀すると静かになった。

 そして陽も沈みかけた半日後、二人は目的の村に到着した。

 木造の頑丈そうな家が隙間なく並んでいるが、どこか閑散とした印象を受ける。砂埃がやけに舞っており、リンは思わず目をこすった。

 まずは宿だということで、大通りにあった小さい旅宿に入った。

「とりあえず一泊だ」

 ヤマトの次にリンが口を開く。

「もちろん部屋は別々で」

「おい、あまり金がないんだぞ」

 路銀はヤマトとリンの分を合わせてもそれ程なかった。

「じゃあ何? か弱い乙女にこんな危険な男と一緒に寝ろっていうの?」

「誰がか弱い乙女だ誰が」

 受付の眠たそうな目をした男は帳簿を眺めて、

「男の方は相部屋になりますが、よろしいでしょうか」

 と言った。

 どうやらヤマトとリンは別の部屋ということで話を進めるらしい。

 こうなってしまっては仕方がないとヤマトはそれを了承した。

 二階に上がり、それぞれの部屋に入る。

 ヤマトがドアを開けると、大柄な男が剣の手入れをしていた。

 身長はヤマトよりも頭一つ分程大きい。相当な大男である。身体は凄まじい筋肉で、腕も足も丸太のように太い。彫りの深い顔に太い眉毛。似合っていないというのに髪は長く伸ばしてあった。

「あんたもこの部屋か」

「見ればわかるだろう」

「わはははは! そりゃそうだな! 俺の名前はエリックだ」

「ヤマトだ」

 素っ気なくそれだけ言うと、ヤマトはベッドに転がった。エリックは時々ヤマトに話しかけて来たが、ヤマトはそれを無視するか適当に生返事をした。

 それでもエリックはヤマトに話しかけるのを止めない。いい加減鬱陶しくなってくる頃、勢いよく部屋のドアが開いた。

「明日、いつ頃に出るの」

 リンだった。ヤマトは思わず目を丸くした。リンは鎧を脱いでいた。鎧を脱いだリンは、本当に美しかった。

 しかしヤマトはそのことについては何も触れず、一言、

「俺が起きたらだ」

 と言った。

「何それ。アンタって本当に自分勝手ね」

「け、けけけけけけ」

「毛?」

 声の主──エリックの方を振り返るヤマト。

 エリックは立ち上がり、ずんずんとリンへと近づいていった。凄まじい勢いでリンの手を取る。

「結婚してくれ!」

「は──はあああああ?」

 リンはその手を振りほどこうともがいたが、エリックの力が強くまるで動かない。しかも痛い。

「一目見て俺のハートがバーニングアンドスパーキングだ! これはきっとデステニー! レッツゴートゥー──えっと、名前は?」

 リンはエリックの股間に怒りを乗せて蹴りを入れる。

「はうあっ」

 ようやく手を離され、今度は正拳突きを顔面に入れる。

「ぐおお!」

「リンよっ。全く何なのコイツ」

「うぅ。ビリビリ来たぜ……これがラブか」

 股間と顔を押さえるエリックを後目に、ヤマトは鼻を鳴らした。

「アンタもぼけっと寝てないで助けなさいよ」

「俺の知ったことか」

「リンんんん! 結婚して──」

 立ち上がり迫るエリックをリンはアッパーで迎え撃つ。顎を撃ち抜かれ、エリックは仰向けに倒れた──かに思われたが即座に起き上がり、再びリンに迫る。

「本当に何なのコイツ!」

 リンが拳を放ち、エリックが倒れる。と思ったらすぐに起き上がり、リンに迫る。それをリンが迎え撃つ、という繰り返しだ。

「うるさいぞお前ら! 俺様は眠いんだ!」

 荒い呼吸の二人にヤマトが吼える。二人は動きを止め、ヤマトに目線を向けた。

「いいかお前、この女は確かに顔はいい。それは俺も認めている。しかし恐ろしく趣味が悪い。死ぬ程悪い。おまけに口も悪いし頭も悪い。結婚などやめておけ」

 そう吐き捨てると、エリックは自分の頭を両手で掴んだ。

「ああ! わかったぞお前、リンとそういう関係なんだろう!」

「だ、誰がこんな奴と!」

「全くだ。こいつは俺の荷物持ちだ」

「誰が荷物持ちよ!」

 エリックはわなわなと震え出した。

「おのれお前らラブラブかあ!」

「どこをどう見たらそうなんのよ!」

 リンの反論も聞く耳持たないらしい。エリックは剣をひっ掴み、ヤマトに切っ先を向けた。

 ヤマトは少しだけ身体を引いた。

「決闘だ! どちらがリンにふさわしい男なのか、決めてやる!」

「何でそうなるんだこの筋肉野郎」

「うるさい! 表に出ろ。俺の方がリンにふさわしい!」

「ちょっと、あたしの意見は」

「勝負は一対一。武器がないのなら俺のを貸してやる」

 エリックは磨いていた剣を掴んでヤマトに放り投げた。ヤマトは身を引き剣がベッドの上に落ちる。

「どちらかが死ぬか、降参したら決着。俺が勝ったらリンはもらっていく。お前が勝ったらリンは好きにしろ」

「だからあたしの意見は!」

「いいな」

 やれやれとヤマトは剣を持ってベッドから起き上がる。

「いいだろう」

「ちょ──」

 文句を言おうとするリンを、ヤマトが手で制した。

「よーし! じゃあ俺は先に外に出てるからな。準備が出来たら出て来いよ」

 エリックは床に転がっていた剣を一つ掴むと、猛然と外に飛び出していった。

「さて、と」

 ヤマトは剣を持ってベッドから降りた。

「片付けるか」

「ちょっと待ちなさいよ!」

 いい加減怒りが頂点に達しようとしていたリンがヤマトに詰め寄る。

「何勝手に話進めてんのよ! 結婚? 決闘? ふざけんじゃないわよ!」

「わめくな。俺が勝てばいい」

「大体アンタ」

 指を突き出しヤマトを問い質す。

「体力もないくせに剣なんか使えるの? 絶対素人でしょう」

「使えんな。全く。俺は魔法専門だ」

「だったらなんで決闘なんて受けるのよ! アイツ、強いわよ」

 リンは先程の取っ組み合いで、自分の拳を食らっても立ち上がるエリックに驚愕し、その力を確かに感じていた。

「へえ、そうなのか。しかし生憎だったな。俺が相手じゃ意味がない」

「アンタ──まさか決闘で魔法を使う気?」

 剣で挑まれたなら剣で応える。それが常識であり、この暗黙の了解を破った者は容赦なく非難される。

「それ以外にどうする」

「ばっ──馬鹿じゃないの! そんなことしたら、この村全部を敵に回すわよ!」

「落ち着け悪趣味女」

 ヤマトはまるでこれからゆっくりティータイムかというような落ち着きでリンを制した。

「そのくらい俺も知っている。俺様がそんなヘマをする訳がないだろう。黙って見ていろ」

 重たそうに剣を引きずりながら、ヤマトは部屋を出た。

 階段を降り、外に出る。ヤマトは思わず外の光景に顔をしかめた。

 野次馬の多いこと多いこと。閑散としていたはずだった通りは、人で埋め尽くされていた。

 その人の群れの奥に、エリックが地面に剣を突き刺し、腕を組んで立っていた。

「ギャラリーは多い方がいいだろう。俺が全力で集めておいた」

「余計なことを」

 ヤマトはそう言って群衆の中に割って入り、少し離れた位置でエリックと向き合った。二人を中心に人が離れ、円形になった。

 リンは野次馬をどうにか押しのけて前に出て、二人の様子を伺った。

 エリックが剣を抜き、構える。リンは構えからエリックが相当の手練れであることを見抜いた。対するヤマトも剣を構えるが、こちらはどう見ても頼りない。

「さあ行くぞヤマト! いざ尋常に勝負!」

 大音声を上げながらエリックが突進する。歓声が上がり村中が沸き立つ。

 ヤマトは無表情のまま剣を振り上げ、エリックとの距離が充分離れているにも関わらず剣を振り下ろした。そして本当に小さく、リンでもやっと聞き取れるかどうかの大きさで、

「フツヌシ」

 と呟いた。

 気がつくと、エリックの右腕が地面に落ちていた。

「へぇ?」

 間の抜けた声を出してエリックが立ち止まり、自分の右側を確認する。一旦視線を前に戻し、もう一度確認する。

 これは──あのドラゴンを倒した魔法だ。

「ていうか──」

 魔法使いやがったあああ!──とリンは心の中で絶叫した。

 群衆も静まり返っていた。皆何が起こったのか理解出来ていなかった。

 エリックは剣を握ったままの自分の右腕を振り返って見ると、子供のように首を傾げた。

「飛ぶ斬撃」

 静寂の中、ヤマトが朗々と、そして揚々と語り始める。

「これが剣を極めた俺の、到達点だ」

「そ、そんな。俺ですらまだ到達していないその段階に、お前はいるっていうのか?」

「ああ、そうだ。俺の勝ちだ。いいな」

 途端に一帯が歓声に包まれた。

「アイツ──無理矢理押し切ったー!」

 歓声の中、リンは思わず頭を抱えた。

 ヤマトはエリックに歩み寄り、落ちた右腕を拾い上げた。

「完敗だ……。リンはお前のものだ、好きにしろ」

 それを鼻で笑い、エリックに腕を出せと迫る。エリックは大人しく下がなくなった右腕を差し出した。

「ミズハノメ」

 手から溢れる水でそれぞれの傷口を洗い、傷口を合わせる。そこに暫く水をかけ続け、手を離す。

 傷口は結合し、元の状態に戻っていた。

 エリックは驚いて指先を動かす。感覚も今までと同じ、違和感など欠片もなかった。

「お前、どうして──いや、一体何者なんだ?」

「俺はヤマト。小説家だ」

「小──説家」

 エリックはそう繰り返した後、豪快に笑った。

「世界は広いな! よし、俺は今すぐ修行の旅に出る。おっと引き止めないでくれよ。リンにふさわしい男になって戻ってくるから、その時はまた戦おうじゃないか! わはははは──うわああああん!」

 泣きながら、エリックは村を後にした。

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