ドラゴン退治(自業自得)
ミィブラックの牙を削って作られた大剣は、その強度が桁違いに高い。ドラゴンの牙を加工した物なので切れ味はあまりないが、その重さで相手を叩き潰すように斬る。当然重い分扱うのは難しいが、リンの身体強化魔法を以てすればそれも造作もないことだった。
リンは詠唱を必要とするタイプの魔法は全く扱えないが、魔力を身体の中に駆け巡らせるこのタイプの魔法は大の得意だった。魔力を身体の随所に行き渡らせ、一時的に筋力を何倍にも高める。リンのような剣士には必要な魔法だ。
この魔法は原始的で、魔力さえあれば基本的に誰にでも使える。
しかしその分実戦で使えるレベルになるまでには詠唱魔法以上の厳しい鍛錬が必要になる。
リンがこの魔法を極めたのは、詠唱魔法の才能がなかったからだった。
子供の頃、周囲の子供達が簡単な魔法を詠唱して遊んでいたのに対し、リンは自らの身体を鍛え、身体強化魔法を磨いてそれに対抗した。
リンは自分が他より劣っているとは思わない。
現に今も、襲って来た巨大な蜘蛛の魔物を一刀のもとに斬り伏せたのだ。
大剣についた蜘蛛の体液を落とし、背中に戻す。
「アンタも少しは手伝ったらどうなの?」
魔物が襲って来たことを報せるだけ報せて、自分はさっさとリンの背後に隠れた自称小説家、ヤマトに向かって辛辣に言葉を投げかける。
ヤマトはそれを鼻で笑う。
「俺は雑魚の相手はしない。お前がすいませんどうしても勝てません助けてくださいお願いしますと泣いてすがりついて来るようなら、手を貸してやってもいいが?」
「あたしがあの程度の魔物に勝てない訳ないでしょうが!」
「ならお前が相手をしろ。これからもな」
二人が組んで、一週間が経つ。王都で永劫の魔女の情報を集めたが居場所を突き止めることは出来ず、二人は王都を出て、ディーナ国の辺境を渡り歩いていた。
「それよりまだ村が見えないな。おい悪趣味女、地図を出せ」
「それが人に物を頼む態度か!」
旅に必要な荷物は全てリンが持っていた。リンは腰にかけた袋から地図を取り出し、怒りを込めてヤマトに突き出した。
ヤマトは地図を眺めると、それを丸めてリンに突き返した。
「近いな。すぐに着けるだろう」
ヤマトはそう言うと、リンよりも先に足を進めた。
王都から離れたことで、道は舗装もされておらず、人通りもまるでない。兵士に守られている王都とは違い、この辺りは魔物も多く、危険な地域ということになるだろう。
現に二人が王都を出てから二日が経つが、その間に何度も魔物の襲撃にあっている。その全てはリンによって葬られているのだが。
この先の村。そこが二人の現在の目的地だった。このような辺鄙な場所ならば、王都とはまた違った情報が得られ、もしかすれば永劫の魔女が実際に潜伏しているということがあるかもしれない。
要は虱潰しだ。
この村が駄目ならば他の村。それが駄目ならばまた他の村。
王都で情報が得られなかった以上、これ以外に策はない──というのがヤマトの意見だった。
ヤマトは黙々と、リンはヤマトに対して文句を言いながら歩を進める。
暫くすると、小さな集落が見えて来た。
木で出来た簡素な家々がまばらに立ち並び、後は殆どが農地だった。
ヤマトはその中の一つの前に立ち、扉を強くノックした。
暫く待ってみるも、何の反応もない。
もう一度、扉を叩き壊さんかという勢いでノックする。
「そんの家は、もう誰もいねえだす」
独特のイントネーション。村人らしき男が一人、ヤマトの隣に立っていた。服はあちこちが泥で汚れ、のっぺりとした顔に濃い眉毛が強い存在感を放っていた。
「だす?」
「んだす。この家だけじゃねえ、他んとこもみーんな他の村や王都に移っちまったんだす」
「だす?」
「あのう、あんた」
ヤマトの後ろで腕を組んでいたリンに男が声をかける。
「あんた旅の剣士さんだすか、強えだすか」
「だす?」
村人の語尾に毎度反応するヤマトを無視して、リンは胸を張った。
「強いわよ」
おお、と男が声を上げる。
「んだったら是非、お願えしたいことがあるんだす。もちろん、お礼はさせてもらうだす」
「だす? って待て。厄介事はごめんだぞ。断っちまえ悪趣味女」
村人がヤマトを突き飛ばした。
「だすっ」
情けない声を上げてヤマトは地面にへたり込む。
「わしが頼んどるのは、あんたではなくこっちの趣味の悪い美人剣士さんだす」
「まあ、とりあえず話を聞かせてもらいましょう」
リンがそう言うと、男は喜んでリンを自分の家に案内した。先程と同じ様な家に入り、男が奥に向かって声を張り上げた。
「おーい、えれえ強え剣士さん連れてきたぞ。茶をいれるだす」
中に入っていく男に聞こえないように、ヤマトがリンに耳打ちする。
「全く何なんだお前は。俺達は永劫の魔女の情報が欲しくてこんなとこまで来たんだぞ」
「うっさいわね。もしも手に負えない話だったらさっさと逃げ出せばいいでしょう」
「情報はどうする」
「なら先に聞き出せばいいじゃない」
ずんずんと中に入っていくリンを見て、ヤマトは大きく溜め息を吐く。
中には粗末なテーブルがあり、ヤマトとリンはこれまた粗末な椅子に腰掛けた。
男も二人の向かいに腰掛け、話を始めようかという時に、若い娘が茶を持って来た。
「お茶だす」
盆に乗ったカップは二つ。娘はそれをリンと男の前に置いた。
「おお、美人。しかし――」
「あらすんませんだす。今すぐもう一つ茶をいれて来るだす」
娘はそう言って奥に戻っていった。
ヤマトの分の茶が来る前に、男が口を開いた。
「んで、お願いというのはだすな──」
「ちょっと待って、その前にあたしも訊きたいことがあるの。あたしは永劫の魔女を探している。何か情報を知らない?」
「永劫の魔女だすか? いんや、知らんだす」
それを聞いて二人は肩を落とす。
「もういいだすか。んで、お願いというのはだすな、ドラゴンを退治して欲しいのだす」
「ドラゴンだぁ?」
ヤマトが聞き返すと、男はそうだすと頷いた。
「最近、近くにドラゴンがやって来たんだす。どうも手負いのようで、しょっちゅう暴れ回るもんでみんな怖くなって村から逃げ出したんだす」
「おいまさか、そのドラゴンはレゲグリーンじゃないだろうな?」
「そうだす。見たもんの話では、緑の鱗だったそうだす」
「おいおい、それってまさか──」
一週間前、ヤマトが王都の近くで追い払ったドラゴンの可能性が高い。だからといって全てが二人のせいという訳ではないのだが、ヤマトが何となく責任を感じているのも事実だった。
「おい悪趣味女、ん? どうした?」
リンは下を向き、小刻みに震えていた。耳をすますと、何やらぶつぶつと呟いている。
「ドドドドドドドドドドドドド」
徐々に声は大きくなっていった。
「おい、どうした」
「っドぅラゴおうンンンン!」
立ち上がり、絶叫。
「ドラゴンドラゴンドラゴン! どこ? どこ? むひょおおおお!」
「ま、まさかドラゴンが好きだというのが、ここまでのものだとは。こいつ──」
完全に目が向こう側に行っている。
リンは奇声を発し、部屋の中をぐるぐると回った後、外に飛び出そうと猛進した。
「おお、いってくれるだすか。ドラゴンは一番高い山の頂上にいるだす」
男の声が耳に届いたらしく、リンは外に飛び出した。
ヤマトはそれを引き止めようとするが、非力なヤマトでは当然止めることは出来ず、リンは猛然と突き進んでいった。
「なんてことだ。ドラゴンなんて無視していけばいいものを!」
「そういえばあんたは何だす。あの剣士さんの下僕だすか?」
「誰が下僕だ。俺の名前はヤマト。小説家だ。本買えよ」
とりあえず中に戻り、茶を一杯もらう。
旅に必要な荷物は、全てリンが持っている。となるとリンを連れ戻さなければ、ヤマトが旅を続けられなくなる。
それに、ヤマトにはリンのような荷物持ち兼魔物退治係が必要だった。
リンは一度ドラゴンに負けている。恐らく今回も結果は同じだろう。死ぬ前に追いつき、代わりにドラゴンを葬るしかないだろう。
そう決めて、ヤマトは立ち上がった。
「おい、その山の頂上にはどれくらいで着く」
「はあ、そんなに高くないだすから、三時間あれば行けるだす」
げんなりとしてヤマトは水を所望した。
水筒を持って、ヤマトは山に向かった。
ヤマトとリンでは体力に大きな差がある。普段から重い鎧を身に纏っているリンに対し、ペンより重い物を持たないことを信条としているヤマト。その差は明らかだ。
リンは凄まじい勢いで山を駆け上っていった。獣道をものともせずに、ずんずんと突き進んでいく。頭にはドラゴンのことしかなかった。
休憩を一切挟まず、リンは二時間程で頂上に辿り着いた。そこには、巨大な緑色のドラゴンが横たわっていた。目を閉じ、眠っているようだ。
「ドドドドラゴン! ハァハァ」
剣を抜き、ドラゴンの頭に振り下ろす。
強烈な一撃に、ドラゴンは怒声を上げて目を覚ました。
「フへへへへへ、ドラゴンンンン!」
身体を起こし、大きく咆哮する。
リンは身震いを感じ、例えようのない興奮に襲われた。
全身に身体強化魔法をかけ、限界まで強化された筋力で一気に前に跳ぶ。
ドラゴンは今二本の足で立っている。その右足に大剣を横から全力で振るう。
切り傷こそ入らなかったが、打撃のダメージは大きい。
痛みに吠え、踏み潰そうとドラゴンが右足を上げる。
リンは瞬時にその場から離脱し、尻尾の方へ抜けた。
大きく尻尾が振るわれ、逃げ切れないと判断したリンはそれを剣で受け止める。
衝撃に息を詰まらせ、大きく吹き飛ばされる。地面を削り砂煙を巻き上げ、ようやく止まった。
剣を構え、足に魔力を集中させる。駆け出し、勢いに乗ったところで地面を踏み切る。大きく跳躍したリンは、数十メートルはあろうかというドラゴンの頭の上にまで到達していた。剣を大きく振りかぶり、落下に合わせてドラゴンの脳天に振り下ろす。
ドラゴンはこらえきれず頭を地面にぶつけた。
リンはそのまま剣の切っ先を真下に向け落下を続けた。
牙を加工したこの大剣は、刺突の殺傷力が高い。
頭部を貫けば、それで終わりだ。
「うけけけけぇ!」
リンの剣が達しようかという瞬間、ドラゴンは上を向き首をもたげた。
空中で方向を変えることは出来ない。リンはそのまま落下し、剣の先端はドラゴンの右目を貫いた。
ドラゴンが痛みに絶叫する。リンは急いで剣を引き抜き、頭の上から地面に飛び降りる。
しかし空中で滅茶苦茶に振るわれた前足をぶつけられ、リンは勢いよく地面に叩きつけられた。剣が遠くに吹っ飛ぶ。
右目を失ったドラゴンは怒り狂っていた。
顔を大きく振るいながら絶叫し、周囲を前足で叩き潰している。
リンは必殺の一撃をかわされたことと、剣を失ったことで、幾分冷静さを取り戻していた。
体力はまだまだ有り余っている。身体強化魔法に必要な魔力はごくわずかなので、体力が続く限り使うことは出来る。
ドラゴンの左目がリンを捉えた。
大きく咆哮し、ドラゴンは首を後ろに引いて、一気に口を開けて前に突き出した。
「っ! ヤバい!」
火炎が唸りを上げて口から吹き出された。
リンはとっさに右に走り出し、炎を避けた。
ドラゴンは首を左に回し、リンを追尾する。
熱気が顔を嘗める。リンはさらに速度を上げ、ドラゴンの懐に飛び込んだ。
炎が止む。と、上からドラゴンの前足が振り下ろされた。
一安心していたリンは防御が間に合わず、地面に叩きつけられた。
うつ伏せに地面に倒れ込んだリンは即座に立ち上がろうと両手に力を込めたが、真上から背中に強烈な一撃を食らい、息を詰まらせ再び地面に身体を埋めた。
さらにもう二発、前足を叩きつけられる。
痛む身体に鞭打って立ち上がり、ふらつきながらその場から離脱する。
周囲を風が覆っていた。リンははっとして顔を上に向ける。
ドラゴンが翼をはためかせ、宙に浮いている。翼が巻き起こす風に、リンのただでさえ覚束ない足取りがさらにふらついた。
逃げるのか? いや違う。顔をリンの方に向けている。
首をもたげ、リン目掛けて口を開く。
「まさか──」
上空から炎が放射された。
リンはとにかく遠くに離れようと駆け出した。しかし相手は空から炎を放っている。少し首の角度を変えるだけで、簡単に追いつかれてしまう。
それでもリンは走った。背中が炎を浴びているのを感じながら走った。
「熱つつつつっ!」
右に迂回し、ドラゴンの真下に飛び込みそのまま走り去る。
炎が止んだことを確認し、山道を駆け下りる。
ドラゴンは瞬時に空中で旋回し、リンの方に振り向いて再び炎を吹き出した。
リンはそれを伝わって来る熱で感じ取ると、木々が生い茂る中に飛び込んだ。枝をなぎ倒しながら一気に突き進む。
上空から炎が襲ってくる。木々に火が燃え広がり、山火事と相成った。
逃げることしか出来ない自分に苛立ちながら、木々の中を駆けていく。
と、急に開けた場所に出てしまった。
このままでは狙い撃ちになってしまう。リンは慌てて森の中へ駆け込もうとしたが、その場で腰を下ろしていた男が目に入り、立ち止まった。
「なんだ悪趣味女。頂上にいるんじゃなかったのか」
手には水筒を持ち、その蓋に水を入れて飲んでいる。黒いマントに黒い髪。自称小説家、ヤマトである。
「その様子だと、ドラゴンを倒した訳ではないようだな。やれやれ、逃げてきたのか」
リンはむっとして言い返そうとしたが、その通りなので何も言えない。
ヤマトが立ち上がると、ドラゴンが翼をはためかせ二人を見下ろしながら現れた。
二人の姿を確認すると、ドラゴンは口から炎を吹き出した。
大きく舌打ち。ヤマトはドラゴンに右の掌を向け、よく通る声で言った。
「タカオカミ」
ヤマトの掌から凄まじい勢いで巨大な水柱が放出される。先端は鹿のような角が生えた巨大な口の幻獣の顔をしていた。
その水の幻獣は炎を飲み込み、ドラゴンの身体に激しくぶつかった。
あまりの衝撃にドラゴンは飛んでいることが出来なくなり、ヤマト達から少し離れた場所に墜落した。
「さて、今の内に戻るぞ。荷物はちゃんと持っているんだろうな」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! このまま逃げるなんてありえない!」
リンはふらつきながらドラゴンが落ちた場所へと駆け出した。
「おい! 何を考えている!」
「止め刺しにいくに決まってんでしょ!」
一瞬振り返ってそれだけ言うと、リンは木々の間に消えていった。
「あの馬鹿が、自分の傷がわかって言ってるのか」
ヤマトはその後を早足で追った。身体強化魔法がまるで出来ない上に体力もないヤマトは、これでも精一杯急いでいる。
ドラゴンの咆哮がした場所に到着すると、案の定リンが膝を着いていた。
「全く、馬鹿が」
肩で息をするリンを後目に、ヤマトはドラゴンの前に躍り出る。
ドラゴンは後ろ足で立ち上がり、こちらを見下ろしていた。
「見下ろされるのは好きじゃない」
すっと指をドラゴンの首に向け、左から右、横一文字に運ぶ。
「フツヌシ」
その一言を言って、ヤマトはドラゴンに背を向け、リンの方に歩み寄った。
「仕方ないな、手当てしてやる。せいぜい感謝しろよ」
「ちょっと、それよりドラゴンは?」
ヤマトは溜め息を吐いて、ドラゴンの方を振り返った。
「もう終わった」
ゆっくりと、ドラゴンの首がずり落ち、地に落ちた。
左目を見開き、ヤマトに向かって威嚇したそのままの表情で首が落ちた。
「アンタ──反則じゃないの?」
呆気ない。あまりにも呆気ない。たった一言で、傷をつけることさえ難しいと言われているドラゴンの首を刎ねてしまった。
反則、である。
今まで自分がやって来たことは一体何だったのだと、リンは怒りさえ覚えていた。
ヤマトはそんなリンの心中を知るよしもなく、億劫そうに屈み込み、水をすくうように両手を丸めて合わせ、リンの身体の上に運んだ。
「ミズハノメ」
手から水が湧き出し、ヤマトはそれをリンの身体にかけた。
毎度毎度驚くべきことながら、リンの身体の痛みや疲れが、水を浴びただけでどこかへと飛んでいってしまった。
「あああっ! しまったあ!」
突如、ヤマトが吠えた。
「何てことだ! 俺としたことが、今ので三発目じゃないか! 畜生、こんな悪趣味女の治療なんてするんじゃ──」
そこで言葉は止まり、ヤマトは突然前に倒れ込んだ。
前にはリンが跪いている。ヤマトの身体はうまい具合にリンの身体によって受け止められた。
「ちょ、ちょっと、い、いきなり、ななな何すんの!」
リンは突然のことに頭が混乱し、手をぱたぱたと動かす以外は何も出来なかった。
「か、勘違いする……な。誰が好き好んで……お前のような悪趣味女に……抱きつくか。ただ……魔法を使いすぎただけ……だ」
依然動くことが出来ないリンはそのままの体勢でヤマトの言葉を聞き返す。
「魔法を使いすぎた? アンタまだ三回しか魔法を使ってないじゃない」
「俺様を……そこいらのヘボ魔法使いと……一緒にするな。あのレベルの魔法は……三発が限界……だ。もう……立てん」
それはただヤマトの魔力が少ないだけではないのかという疑問は、胸の内にしまっておくことにした。
「おい悪趣味女、俺をおぶれ」
リンの鎧に顔を埋めながら、ヤマトが言う。
「それが人に物を頼む態度か!」
リンが勢いよく立ち上がり、ヤマトは地面に顔を埋めた。
「ふげっ」
ヤマトは微動だにしなかった。
このまま山の中に置いていってしまおうかとも思ったが、そうすればこの男は動けないところを魔物に襲われて終わりだ。流石にそれはあんまりだと思われた。
「ああもう全く!」
リンはヤマトを助け起こし、縄で括って自分の背中におぶらせた。
「ふん、最初からそうすればいいんだ」
この男、本当に置き去りにしてやろうか──この場はひとまず殺意を胸の中にしまっておいた。
リンはまず頂上に向かい、ドラゴンに吹き飛ばされた愛剣を取り戻した。一旦ヤマトを下ろし、剣をしまう。再びヤマトを背負い、ドラゴンの死体が転がる場所に戻った。
ヤマトによって落とされたドラゴンの首を両手で掴み、引きずりながら下山する。
「おい……そんなもの……置いていけよ」
「それじゃあ駄目でしょうが。村の人達にちゃんとドラゴンを倒したことを見せてあげないと」
行きの倍近くの時間をかけて、リンは下山した。
先程の男の家の戸を叩く。
男が恐る恐るといった感じで戸を開ける。
「け、剣士さんだすか? まさか生きて帰って来るなんて、生きてるだすか?」
「だす? って……待て。お前……俺達が生きて帰ってこないと……思っていやがったな」
「ま、まさか! 必ず生きて戻ってくると信じてただす」
なおも男を問い詰めようとするヤマトを遮り、リンはここまで引きずって来たドラゴンの首を前に突き出した。
「この通り、ドラゴンは倒して来たわ」
「俺……がな」
ヤマトの声は男の耳に入らなかった。
「す、すごいだす! どうせ死ぬだろうと思ってお願いしたのに、まさか本当にドラゴンを倒すなんてびっくりだす!」
「おい……本音が出て……るぞ」
男はリンの手を取り、ぶんぶんと揺さぶった。
「今日は村をあげて剣士さんにお礼をさせてもらうだす。おーいナンシー、村のみんなに伝えて来るだす。『ドラゴンは剣士さんが倒した』と!」
「いや、俺……が」
奥から娘が現れ、ドラゴンの首を見て仰天し、慌てて他の家へと走っていった。
それからは大勢の人間がドラゴンの首とそれを倒した剣士を眺めに訪れた。
夜になると、宴が始まった。
村の中央で火がたかれ、村中の人間が集まり酒を煽る。
その中心には英雄、リンがいて、上機嫌で勧められる酒を飲んでいた。
いつの間にかドラゴンを倒したのはリンになっていたが、酒の力もあり、そんな細かいことは気にしないことになった。
一方ヤマトはというと、もはや立つことも出来なくなった役立たずとして、男の家のベッドで横になっていた。ドラゴンを倒したのは自分だと呟きながら。
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