ドラゴンマニア(無論狂人)

 編集を脅して事の詳細を聞いたヤマトは今、ディーナ国王城前のテントへと赴いていた。

 国の南に位置するこの城は高く堅牢で、周囲を深い堀で囲まれている。正面入り口は跳ね橋を下ろさなければ入れないようになっているが、今は橋が下りている。とはいっても憲兵が槍を構えて立っているので、そう気軽には入れない。

 城の前に設置されたテントの下には大きな机があり、禿げかけた男が椅子に座って船を漕いでいた。ヤマトが机に勢いよく手をつくと、素っ頓狂な声を上げて男が目を覚ます。

「名はヤマト。永劫の魔女とやらの討伐に名乗りを上げようと思う」

「ふぁい? あ、ああ。でしたらこちらに名前と指紋を」

 特殊な魔法がかけられた紙を手渡され、ヤマトは男から奪ったペンで名前を書き、指をしっかりと押し付けた。

「はいありがとうございます。ではこれを」

 そう言って渡されたのは、薄い金属片だった。

「何だこれは?」

「これは永劫の魔女を認識しあなた方にお知らせするものであり、我々があなた方の状態を確認するためのものです。これがないと報奨金はお渡し出来ませんので、手放さないようにお願いします。それから確認しますが、永劫の魔女を殺してしまった場合にも報奨金はお渡し出来ません」

「何ぃ、そうなのか?」

「ええそうですね。永劫の魔女を一切の抵抗が出来ない状態に追い込んだ時、この金属に『永劫の魔女討伐完了』と吹き込んで下さい。お伝えすることは以上です。何かご質問は?」

「ない」

 ヤマトは素っ気なく言うと、さっさとテントを出ていった。

「さてどうするか。とりあえずは情報収集だな」

 永劫の魔女が復活したことはわかっているのだが、どこに潜伏しているのかということは全くわかっていなかった。永劫の魔女は悪の化身と呼ばれている割には目立った行動を起こさず、討伐を目指す者達はまず途方にくれるのだった。

「情報収集といえば酒場と相場は決まっている。陽は高いが入ってみるか」

 大通りに面した、薄汚れた酒場に入る。意外なことに中は半分近くの席が埋まっていた。窓が小さく薄暗いので蝋燭が灯されているが、それがかえって陰鬱な雰囲気を生んでいる。

 カウンターに腰掛け、一番安い酒を注文する。一口飲み、顔をしかめたところで、店主に声をかけた。

「親父よ、俺は今永劫の魔女の居場所を探している。何か噂を知らないか?」

 ヤマトが言うと、店内がざわつき始めた。

「さあ、俺は知らねえな。他の客にでも聞いてくれ」

「おい兄ちゃん、永劫の魔女を探してるってことはあれかい、王家の金目当ての奴かい」

 早速隣で飲んでいた男が口を突っ込んで来た。汚く笑いながら男はヤマトに肩を絡めて来る。

「永劫の魔女っていやぁこの世のものとは思えねぇ美貌だっていうじゃねぇか。近寄って来る男を片っ端からしゃぶり尽くしてるってのは本当かねぇ。ぐへへへ、俺も是非お相手したいもんだぜ」

 他の客が違う違うと横槍を入れる。

「永劫の魔女は目も当てられねぇような醜いババアだって話だ。おお恐ろしい」

 ヤマトは美女だ醜女と言い争う二人と、その論争に加わった客達の言葉を遮り、どこに潜伏しているのかと訊ねた。

 議論を無理矢理中断されたのが気に食わなかったのか、初めにヤマトに声をかけて来た男は知らんとだけ言うと、店主に酒を注文した。

 他の客に訊いても反応は同じだった。ヤマトはどうしようもなくなり、不味い酒をちびちびと啜った。

 ヤマトは最初に頼んだ酒だけで何時間も粘った。店に客が入って一息吐いたところを見計らって隣に並び、永劫の魔女について訊ねてみたが、誰も居場所を知っている者はいなかった。

「クソが、これからブチのめす女の美醜に興味はないんだよ。そりゃあ美人の方がいいけどなぁ、どこにいるか知らなけりゃ意味がないだろうが」

 先程の男と入れ替わりに隣に座った男に愚痴を浴びせる。

 男は飲み過ぎですよとヤマトに水を勧めた。

「まだ一杯も飲んではいない。なあ親父」

「あんたいい加減帰ってくれねぇか。迷惑なんだよ」

「俺は客だぞ」

 店の戸が勢いよく開いた。血相を変えた男が中に駆け込み、店中に聞こえるように声を張り上げた。

「おい大変だ! 南の国境近くにドラゴンが出やがった!」

 一気に店内がざわめく。この場所から国境までは結構な距離があるが、なにせ相手はドラゴン。あらゆる魔物の頂点に君臨するその存在を相手にするのならば、この程度の距離など殆ど無意味だ。

「全く、慌てるなよ庶民共。ここは王城のすぐ近くなんだ。すぐに軍隊が出て来るさ」

 ヤマトが言うと、店内は少し落ち着きを取り戻した。

「そうだ、話によれば若い女が一人、ドラゴンを倒しに出ていったそうだ。それがまた美人なんだそうだぜ」

 話を持ち込んだ男が、酒を頼みながらそんなことを口にする。

「わははは、女一人でドラゴンを倒せるものか」

 そうだそうだ笑い混じりに野次が飛ぶ。先程までの緊張などまるで関係のない、酒場本来の雰囲気に戻っていた。

「美人──いや、心配だな」

 ヤマトはそう呟くと、料金を払い、店を出た。

「やれやれ、やっと出ていったか」

 安酒一杯でいつまでも粘られ、店主としては大迷惑であった。

 ヤマトは早足で南の国境を目指す。

 時刻は陽が沈みかけた頃。まだまだ外は明るく、人がいてもよさそうなものだが、ヤマトが歩く通りにはまるで人気がなかった。

 皆ドラゴンが出たと聞き、家の中に引っ込んでしまっているのだ。

 人のいない道を進むと、いつの間にか道の舗装がなくなっていた。国境近くのこの辺りは元々通る人も少ないからだ。

「さて、ここまで来たはいいが、美人──ドラゴンはどこだ?」

 木の多い道の真ん中でヤマトは立ち止まり、周囲に意識を集中させた。

 西の方角から咆哮。

「ドラゴンか」

 ヤマトは道から外れ、木々の中を声の方角目指して突き抜けた。

 地響きと耳をつんざく咆哮が重なる。

「きゃあああ!」

 甲高い悲鳴を聞き、ヤマトは足を早めた。

 開けた場所に出ると、そこには巨大なドラゴンが後ろ足で立ち上がっていた。

 身体は緑の鱗で覆われ、てらてらと不気味に光っている。背中からは巨大な翼が生え、細長い口からは鋭く巨大な牙が伸び、金色の目は爛々と輝く。

 レゲグリーンと呼ばれる、総じて凶暴なドラゴンの中でも特に気性の荒い種だ。

 そのドラゴンの目下に、若い女が倒れている。

「オオイカズチ」

 牽制として頭に雷を走らせる。ドラゴンは悲鳴を上げ顔を反らした。

 ヤマトはその隙に女の許まで駆け寄り助け起こす。

「おい、大丈夫か──って何じゃこりゃあああああっ!」

 ヤマトは自分の目を疑った。

 情報通り、女は大層美しかった。光を放っているのかと疑う程の金色の髪。整った目鼻立ちは誰もが心奪われるだろう。しかし──

「何ッつう趣味の悪さだ! 吐き気がするぜ!」

 女は全身を鎧で守っていた。

 そしてその鎧は全て、ドラゴン製であった。

 兜は真紅、胴は青、腕は緑、腰は白、足は黒。どれもドラゴンの素材を使ったものだ。背中には身の丈程もある大剣。恐らくこれもドラゴンの牙を使ったものだろう。

「……ちょっとアンタ、それが怪我人に向かって言う言葉なの?」

 鎧のせいで見えないが女は相当な怪我を負っているのだろう。気息奄々ではあるが、語調は強かった。

「おい悪趣味女、少し伏せてろよ。すぐに終わるから、お前の悪趣味加減については後でたっぷり罵ってやる」

 女の言葉を待たずに、ヤマトはドラゴンの目の前に躍り出た。

 よく見ればドラゴンは全身に傷を負っている。傷を負ったからこんな街の近くまで現れたのか、女によって傷をつけられたのか。

「考えるのは後だな」

 にやりと笑い、ヤマトは人差し指を立てた手を顔の前に構えた。指で円を描くように手を回し、人差し指をドラゴンに向ける。

「タケミナカタ」

 それは一瞬だった。

 ヤマトがそう口にすると、突如暴風がドラゴンを吹き飛ばすかのように吹き荒れた。

 風は容赦なく周囲の木々をなぎ倒し、ドラゴンの身体を襲った。

 身体がバラバラになりそうな凄まじい風に、ドラゴンは悶絶した。

 悶え、苦しみ、やがてドラゴンは翼を大きく広げ、上空へと逃げた。

「逃げたか」

 惨状、である。

 ヤマトが巻き起こした風によって木は根から倒れ、大地は削られていた。

 ヤマトは女の許にゆっくりと歩み寄り、屈み込んで女の様子を確かめた。

「まだ生きてるな」

 小さく呻いて、女はヤマトの顔を睨んだ。

「ぶつぶつ言ってないで、早く助けたらどうなの?」

「趣味だけじゃなく口まで悪いな。やれやれ」

 手を水をすくうように丸め、女の上にかざす。

「ミズハノメ」

 ヤマトが呟くと、手から清らかな水が湧き出した。それを女の身体に静かに浴びせる。

「アンタ、一体何したの……?」

 女は驚愕した。さっきまで酷く傷を負った身体が、嘘のように軽い。ただ水を浴びただけで傷が治るなどという魔法など、聞いたこともない。

「治療だ。もう平気だろう。さて悪趣味女」

「あのね、さっきから悪趣味女悪趣味女って、あたしにはリンっていう名前があんのよ」

「そうか。で、悪趣味女」

「アンタ……人の話聞いてんの?」

 怒りをあらわにしたリンに対しても、ヤマトはどこ吹く風だ。

「どうして一人でドラゴンに向かっていった」

「それは……好きだから」

「はあ?」

「あたしはドラゴンが好きなの! ほら、だから鎧も全部ドラゴン製。剣だってミィブラックの牙を削ったやつなんだから」

 ミィブラックとはドラゴンの一種。最も巨大な体躯を持つ種だ。

「ドラゴンが出たって話を聞いたら、いても立ってもいられなくなってね」

「突っ込んでいったのか? 趣味も悪い、口も悪い、おまけに頭まで悪いのか。しかし──随分金のかかることだな」

 ドラゴン製の防具は、金属よりも強固であり、さらには魔法に対する耐性も強い。その利便性、素材の入手困難さ、加工の難しさから、非常に高価なのである。全身をドラゴン製の防具で固めているのだから、当然多額の金が必要になる。

「そこは借金よ」

「真性の馬鹿か」

「アンタ失礼ねッ。それよりアンタは一体何者なの? さっきの魔法といい、殆ど詠唱なしであれだけの魔法を使うなんて」

 魔法というものは、その力が強大になる程、詠唱にかかる時間も長くなるのが普通である。そういう意味では、ヤマトの魔法は明らかに異質であった。

「俺はヤマト、小説家だ」

「小説家ァ?」

 リンは思わず聞き返した。あの魔法はどう考えてもただの小説家などが使うものではない。手練れの魔法使いさえ圧倒する常識外れの魔法だ。

「そう。助けてやったんだから本を買えよ。それより、あのドラゴンは手負いだったのか?」

 リンは大きく胸を張った。

「あたしが、傷を負わせたの。あと少しのところでトドメを刺せたんだけど、ドジっちゃってね」

「ほう、やはりなかなかの使い手だったか。お前、永劫の魔女を討伐するつもりなんだろう?」

 ヤマトは小さな紐のついた金属片をリンの目の前で揺らした。

 リンは慌てて自分の身体を探り、それが自分の物であると気づいた。

「アンタいつの間に!」

「そう怒るな。ほら」

 ヤマトから投げ返され、リンは忌々しげにヤマトを睨んでからそれを首にかけた。

「どうせ理由は借金の返済ってところだろう」

 図星である。

「俺もちょうどその永劫の魔女って奴を討とうとしているところだ。どうだ悪趣味女、俺と組まないか?」

「何?」

「俺が欲しいのは金じゃない、名声だ。そしてお前は金を欲している。いい組み合わせだと思わないか? それに、俺は強い」

 リンはヤマトの言葉を否定出来なかった。

「何で、名声が欲しい訳?」

「本を売るためだ。俺に足りないのは知名度。それが上がれば本も売れる」

 心底呆れ果て、リンは核心に触れた。

「つまり、アンタ売れてない訳ね」

 ヤマトは大きく鼻を鳴らしたが、当然否定は出来ない。

「いいわ。組んであげる」

 ヤマトの魔法の力を考えれば、この話を断らない訳はなかった。口は悪いが、一応は命の恩人だ。

「そうと決まれば、まずは情報収集だ。王都中を駆けずり回ってこい」

「アンタも一緒に来いっ!」

 リンに引きずられ、二人は王都へと戻っていった。

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