ライダー'88 episode.01 「未登録」

@Japon_suke

第1話

地下通路から地上に出ると熱風が顔を舐めた。

猛暑という言葉が使われてどれくらいたつだろう。

顔をしかめて待ち合わせの場所へ向かった。


待ち合わせ場所のそばで日陰を探して相手を待つ。

行き交うサラリーマンも暑さに半分溶けたような顔をしている。


「生嶋さん!」

振り返るとジーンズにTシャツというラフな格好をした若者が手を振って駆け寄ってきた。

「お疲れ様です。」

そう言って頭を下げる。

見た目はいまどきの若者だが、こういうところには育ちの良さを感じる。


「お疲れさま、元気そうだね、調子どうです?」

「いやぁ、こう毎日暑いと夜も寝苦しくて寝不足ですよ、生嶋さん背広暑くないっすか?」

「暑い、厚い、もう汗だくだよ」

「なんでわざわざ背広なんすか?」

「いや、木村くんみたいな若者なら平日私服でぶらぶらしていても不自然じゃないけど、私みたいなおじさんはそうはいかないんだよ」

「そんなもんですかね」

実際それは建前で、私服をあれこれ考えるより背広の方が楽なだけだが、それを説明すれば間違えなくセンスの悪いおじさんと思われるだろう。

事実その通りなんだが


「それじゃ要件片づけちゃおっか、報告のあった未登録の居場所はわかる?」

「はい、まだ移動したという連絡はないので」

「じゃ、案内よろしく」

「こっちです。」

と歩き出した。


「どんな感じ?」

UFOキャッチャーでぬいぐるみを狙っている青年に木村くんが声をかけた。

「あ、木村さん。相変わらずです。」

振り向いて私に気付くとペコリと頭を下げた。


木村くんの視線先を追って目標を確認する。

「報告通りみたいだね、お疲れさま、後は私が対応するから二人は解散していいよ、終わったら木村くんに連絡するね」

「俺の地区なのにすみません。よろしくお願いします。」

頭を下げて出ていく二人を見送って大きなため息をつく。

「これも仕事だ!」

自分に言い聞かせて仕事に向かった。


平日の昼過ぎのゲームセンター、客は疎らだ

入り口に近いところは明るいが、奥は独特の薄暗さが広がる。

我々の若い頃はシューティングゲームや格闘ゲームが多かったが、最近はカードを使ったゲームが多いようでモニターの前にテーブルのようなものが設置されている筐体など、どうやって遊ぶのかもわからない、さっきの木村くんたちの世代ならわかるのか

そんなことを考えながら奥に進む。

先ほどUFOキャッチャーの位置から確認した人物は動く気配は見せていない。

私に気付いた店員が近づいてくるそぶりを見せたが、軽く手を上げると足を止めて私の行動を見守った。あらかじめ店員には私が来ることを説明してあるようだ。

目標の人物に近づいていくと、相手もこちらに気付いたようだがスーツ姿のおじさんには興味がないのかすぐに視線をそらした。


「すみません。ちょっとお時間いいですか?」

そう声をかけると初めて気づいたようにこちらを振り向く

「ライダーですよね、登録されてます?」

表情はわからないけれど、マスクの下の戸惑った素顔が見えた気がした。

未登録に間違いない。


マスクの上半分は複眼の旧ライダー風のデザイン、鼻から下は女性っぽいデスマスク風、ボディーラインからも女性であることが想像できる。

古いデザインのスーツだが、マフラーではなく短めのマントが付けているあたりは昔のライダーにはない特徴だ。

何より、右手に杖のようにして持っている大きな槍だか銃だかわからない武器が近頃のライダーらしさを象徴している。

レトロ風の女性ライダーにゴツイ武器、ギャップを狙ったデザインか

活躍すれば人気が出そうだ。


「私もライダーなんだけど、ちょっと先輩ライダーのお願いだと思って話聞いてくれないかな?」

女性といっても最近の子は背が高い、それにブーツのヒールが高いので、下からマスクをのぞき込むような感じで恰好悪いのだが、相手は私の言葉を疑ってはいないようだった。

「とりあえず危ないからこの武器片づけちゃおうか」

コクリと無言で頷いたのでしばらく待ったが武器を片づける様子はない

「どうしたの?」

「・・・ごめんなさい」

「え?」

「出来ないんです。どうやって戻せばいいのか、わからないんです。」

「じゃあさ、変身は解ける?」

「はい」

「じゃあ、変身解いちゃお」

「でも、人前で正体ばれちゃったら・・・」

「あ、そうだね、ライダーの正体は秘密になってるもんね、ちょっと待ってて」

そう言って彼女を待たせると、店員のもとに向かった。


その後、店員に協力してもらって彼女を裏口に案内すると、人目につかないところで変身を解いてもらい、近くの喫茶店に入った。

真面目そうな女の子

コーヒーカップをのぞき込むように下を向いたまま、ポツリポツリと話した彼女の話によると、初めてライダーに変身したのは一昨日の夜で、注文した覚えのないスマホがamazonから届いて、電源を入れたら変身してしまったらしい。

彼女は小さいころライダーに憧れていたけれど、実際になってみると家族や友人が怪人に襲われるんじゃないかとか、進学とか就職とか不安なことばかりで、混乱してしまったらしい。

お兄さんの同級生がライダーになったとかで、その同級生がよくあのゲーセンに出入りしていたので、あそこにいれば他のライダーに会えるかもしれないと思ったらしい。

ま、どこにいてもあの格好で立っていればライダーには会えただろう。


ご両親は健在らしいので、そちらに事情を説明するかどうかがまず問題になってくるが、とりあえずこの地区では最近怪人がらみの事件はない、すぐに事件に巻き込まれる心配はないだろうという判断を下した後、専門のカウンセリングを受けることを勧めた。


「君がライダーの道を歩むならまた会うこともあると思う。そのときはよろしくね

もし、ライダーにならないとしても、良い市民としてライダーを応援して下さい」

そう言って、まだ心配そうにしている彼女を見送った。



「ただいま」

「お疲れ様です。」

エアコンのきいた事務所に戻ると、庶務担当の女の子が残業中だった。


「今日の子のカウンセリング、担当者決まった?」

「決まりました。杉並区の長瀬さんです。」

「あー。長瀬さんって、あの夫婦ライダーの?」

「はい、お子さんも小学校に上がって奥さんも現場復帰を希望しているようですが、この業界の貴重なお母さんライダーですから、本部は女性ライダーのサポート方面で貢献してほしいと思っているようです。」

「今日の娘もそうだけど、最近女性ライダー増えてきたからね」


「私の明日の予定って何かあるんだっけ?」

「特に入ってないです。」

「じゃあ、報告書明日でいいかな?調べときたいものあるんで」

「明日の昼までに出してもらえれば大丈夫です。何調べるんですか?」

「いやね、今日の子が変身に使っていたスマホに見覚えがあるんで」

「そんなのカウンセリングの後でいいんじゃないですか?

「いや、変身したらさ、武器を戻せないってすごく困ってたし、そういうことはなるべく早く分かった方が本人も気が楽だし」

「生嶋さんは若い女の子には優しいですね」

「そうだよ、ほら、おみやげ」

駅前で買ってきたお菓子を机の上に置いた。

「ありがとうございますぅ。でも私は若くないですよ」

「いやいや、若い若い。それじゃ、今日はこれで帰るね、アキちゃんも早く帰るんだよ」



昨夜の調べ物は意外とすんなり片付いた。

何のことはない、昨日の子が持っていたスマホとあの地区担当の木村くんのスマホは同じタイプだった。

昨夜のうちに木村くんと昨日の子に連絡して、今日3人で会うことになった。


返信アイテムの基本設定は木村くんと同じだった。

初期設定で武器が同時に装備される設定となっていたようで、設定を変えることで変身のみや武器だけを出すことも可能らしい。

木村くんに説明を受けると女の娘はこちらが申し訳なくなるくらいに恐縮して帰っていった。

ライダーをやるにしてもやらないにしても、少しでも安心して考えることが出来れば彼女のためになるだろう。


彼女が帰った後、木村くんと二人でしばらく雑談を続けた。

「なんか、いまどきのライダーは便利だよね、まぁ、私はそんなに機能があっても使いこなせないけど」

「慣れですよ、逆にオレらは武器無しで怪人を倒せませんから」

「そんなこと言っても基本スペックは君らの方が上なんだ、頑張ってくれ。

あ、そういえば新しく支給されたスマホ、まだ使い方わからないところがあるんだけど教えてくれる?木村くんそういうの得意だろ」「得意というか、生嶋さん使わなさすぎなんですよ」

スマホを取り出そうとすると、ちょうどスマホが振動してモニターに『本部』の文字が表示された。

「お、メールだ」

目の前の木村くんもポケットからスマホを出す。

スマホのモニターを見た木村くんがハッとしてこちらを見るのと、私がスマホに応答したのは同時だった。

「今どこにいる!」

「新宿です。木村くんと一緒です!」

「ちょうど良かった、木村と一緒に都庁に向かってくれ、怪人が現れた!」

「でも、都庁は山田さんが常駐してるでしょ」

「都知事の警護で外に出てる」

木村くんに目配せすると、すぐに喫茶店の出口に走り、カウンターに5000円札を置いて店を飛び出した。

「あの店、オーナーと知り合いなんで後でおつりと領収書もらっときます。」

後ろを走る木村くんにハグしたい気持ちを抑えて都庁に向かう足に力を込めた。

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