よい風呂の日
~ 四月二十六日(月)
よい風呂の日 ~
※
助けもなく、一人で戦う。
<隠そうよ、しゅり。よく恥ずかしくないね……>
<にゅ……>
<ぜんぜん! 貸し切りできんもちいー!>
そうな。
そっちは貸し切りなんだな。
でもさ。
こっちには他のお客さん沢山いるんだからやめてくれ。
<しかし、優雅な部活……>
<毎日温泉に通ってるんですか?>
<まさか。週一回の活動で、調査と実地を交互にね>
学校から電車で三駅。
そこからさらにバスで山間へ。
<それでも十分優雅だ>
<こら、ゆあ! 先に体洗うの!>
<にゅ?>
渓流沿いの温泉宿は。
どこにも料金表など表示されていないのに。
日帰り入浴を受け付けていて。
さすがは温泉研究会。
こんな穴場を良く知っている。
宿のサイズに相応しく。
湯舟が一つきりの小さな浴場。
おそらくこっちが渓流だろうと思われる方角も。
視界を埋め尽くすのは安い板張りの垣根ばかり。
風景とか、風情とか。
そういうのとは無縁だけど。
<やっぱ、露天風呂っていいですねー!!>
にょの言う通り。
露天は気持ちいいし。
<お? じゃあ新田さん。温泉研究会、入っちゃう?>
<結構いいかも……。もうちょっとお返事待ってもらえます?>
それに、俺が楽しむわけじゃなく。
この三人娘が入る部活探しなわけだから。
今日の部活探検は。
成功だったに違いない。
……もっとも。
それなら引率は一人に任せて。
俺は帰ればよかった。
<せんぱーい! 今日はRが付いてない月の牡蠣!!>
<大当たりって意味だと思う>
<にゅ>
昨日までは、男性も三人来るからと言われていたのに。
ふたを開ければ、俺以外全員女子。
集合した時点で嫌な予感がしてはいたんだが。
やっぱこうなったか。
浴場を隔てるいたっぺら一枚越しに。
テンションマックスなにょが。
話しかけてきて迷惑千万。
もちろん、このシチュエーション自体を嫌がる道理はない。
むっつりスケベを自称する俺には夢の世界な訳なんだが。
逆に言えば。
他人には、爆ぜろもげろと恨みがましく感じるのが必定。
だからこうして。
他人のふりを決め込むしか手立てがない。
しかし、あれだな。
男女に分かれた壁越しの風呂場。
マンガじゃドキドキして。
いろいろ妄想したもんだが。
実際体験してみると。
よく分かる。
マンガは、女子の映像があるからドキドキするわけで。
俺の視点だけじゃ、当然なーんにも見えねえから。
なーんにも面白くねえ。
……でも。
こんなこと言われたら。
そりゃあドキドキするぜ男の子だもん。
<せんぱーい! そっち、一人じゃ寂しいんじゃないですか~? この垣根、結構低いし。ゆあでも放り込みましょうか?>
<ぐにゅぅぅぅぅ!!!>
バカ野郎。
そう叫びかけた言葉をぐっと飲み込む。
だって、もしもこの女子グループの連れが俺だとバレた時点で。
きっと、岩を抱かされて湯船に沈められる。
何度も言うが。
俺はなーんにも面白くねえけど。
他人にとっては。
夢のようなシチュエーションなわけだからな。
でも、風呂場に入って来たタイミングの問題で。
容疑者と思われてる可能性がある。
ここはフェイクを入れるべく。
他の男性客に向かって、恨みがましい目を向けておこう。
そう考えながら、体の泡を落として。
他の皆さんよろしく。
湯船につかってみた瞬間。
名探偵である俺には、この状況が二択のいずれかであるところまで推理できた。
揃って大学生くらいのお兄さん方。
全員の目が悔しそうに一点を見つめてる。
こんな状況になる可能性は二つだけ。
みんなして俺の引き締まった胸板を見つめてとんでもないこと考えてるか。
そうじゃなきゃ。
「……お前ら全員知り合い同士?」
そうか、こっちが正解だったか。
でも、全員そろって頷いたあと。
「舌打ちはやめてくれ怖いから。お隣りで騒いでるの、知り合いじゃねえし。男子高校生が抱えて丁度いい、手ごろな岩を探すのもやめてくれ」
<せんぱいせんぱい! にや、結構やりよるよ? 着やせタイプ!!>
<やめろバカ! 風呂入るとテンション上がる、子供タイプ>
<子供? ……ゆあよかでこぼこしてると思うけど>
<そっちじゃないよおバカ!!!>
<にゅ……>
やめろと叫びたいところだが。
今はまだ、ギリギリのグレー位置。
犯人確定となる行動は避けねえと。
今、垣根を縛ってた荒縄をほどいたやつが強度をチェックしてるから。
<それにぼく、ゆあよりもいい感じになりそうって自己分析! ねえ! センパイはどう思う?>
俺は君の先輩とやらではありません。
その人はきっとまだ脱衣所です。
無心。
何も聞こえない。
湯船を囲ってる岩を一つ、ガコガコ揺する音も聞こえない。
<いや、しゅり……>
<ん? どしたん? ぼくの大人ボディーな背中つついて>
<あれと比べて、お前は自分の体を何という?>
<あれと比べて? …………幼児っっっ!!!>
<ひうっ!? な、なに? どうしたの……、かな?>
<ぼ、ぼくたちが入浴料に大人料金払わされたの間違いだ……>
<うん。お金取れるよ、舞浜先輩のハダカ>
<お、おかにぇっ!?!?>
女子風呂の会話はどんどんエスカレート。
それと比例して、俺が温泉の出汁にされる可能性もウナギあがりだったんだが。
ナイスだ、にょ、にゃ。
お前らの会話が過激すぎて。
周りの男性客。
そろって鼻の下伸ばして完全停止。
全員が、視覚すら耳に寄せてるこの状況。
こっそり湯舟を抜け出すなら今だ。
そう思って立ち上がったところで。
お隣りから、危険な声が聞こえて来た。
<にょ? 舞浜先輩、なに持って来たの?>
<お、温泉と言えば……、ね?>
不穏な空気。
あいつ、なに持ってきやがったんだ?
手拭いで体を拭きながら。
俺は頭を回転させる。
下手に笑ったら、俺が犯人と疑われるからな。
ぜってえ笑わねえようにしねえと。
秋乃の事だから。
玉子持ってきて温泉卵にするとか。
饅頭持ってきて温泉まんじゅうって言い出すとか。
お盆に乗せたジュースを湯船に浮かべるとか。
卓球台、温泉に投げ込むとか。
よし、こんなもんだろう。
これだけ面白いこと考えたんだ。
あいつがなにやらかしても笑わねえ。
あいつのお笑いを鼻で笑う準備が整ったところで。
手拭いをぎゅっと絞ってもうひと拭い。
<ねえ、舞浜先輩。それ入れちゃダメだと思うよ?>
<どうして……?>
<どうしてって言われてもねえ?>
<いやいや、入れちゃったよこの人>
<あれ? 色、変わらない……、ね?>
<そりゃ無理だよ>
<一袋じゃん。道後温泉の元>
「うはははははははははははは!!!」
つい笑って。
兄ちゃんたちに、俺がお前らのお相手だってバレちまった。
途端に爆発した嫉妬心。
逃げる間もなく腕を引っ張られる俺。
女湯は失敗したようだが。
男湯の方は、見事に道後温泉になったぜ。
だって、最期にしっかり聞こえたからな。
ぼっちゃんって。
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