消防車の日
~ 四月二十三日(金) 消防車の日 ~
※
過去を振り返ってみても、
ふわっとしか覚えてない状態。
春も深まり。
焚火の香りの合間に漂う。
この香りは。
「どこかで嗅いだことある香りだな……」
「うん、いいね。山椒の香りだ」
「山椒? 違くねえか?」
「ウナギにかけるあれじゃなくて、立ち木の葉が香るとこんな感じなんだ」
「そうなんだ」
屋外だからこそ、五感で感じることができる季節の歌声。
都会育ちの俺には。
それらが誰の歌なのかわかるという事が、ただ羨ましいばかり。
「そっか、さんしょか。ぼくにはアゲハチョウの香りって感じがする」
「どういうこと?」
「俺も突っ込みてえとこだけど、どうしてだろう、分かる気がする」
「うそでしょ?」
「あ、あたしも。同じこと思った……」
「どうなってんのあんたら」
「にゅ」
「おまえもか」
四人はダメダメなのに。
多数を占めて、意気投合。
にゃだけが正しいのに膨れてる。
そんな様子がツボに刺さったのか。
笑いだすのはデイキャンプ愛好会の皆さん。
三人の希望を聞くと。
必ず何か食える部活見学になるんだが。
おかげで。
少し体が重くなった気がする。
こいつはどうなんだろうと。
ちらりと視線を向けたら目が合ったのは。
「ふ、太ってない……、よ?」
「思ってねえ」
「あと、これはローツイン」
「聞いてねえ」
山ガール帽子から、結んだ髪を左右に垂らしている女。
今日は……、おっと、もう言っちまったか。
「や、山登りとかするんだと思ってた……」
「まあ、分かる」
校庭に。
グランピングテーブル。
流行ってるから、とは言え。
「やりすぎだろ」
笑えることに。
ワンゲル部と。
グランピング同好会と。
三か所で焚火を囲んでいるんだが。
「これじゃ、どこ入っても同じだな」
結局、人間付き合い。
交流の場って事だから。
気に入ったところに入ればいいって訳か。
そんな結論に達しながら。
マグカップの紅茶に口を付けた俺を。
否定するのは山ガール。
「で、でも……。個性があるって言うか」
「個性?」
「ワンダーフォーゲル部のグランピング、もっとにぎやかだった……」
言われてみれば。
今日もワンゲルは賑やかだし。
グランピング愛好会では。
音楽に合わせて踊ってる。
それにひきかえ。
デイキャンプ愛好会の皆さんは。
「ここだけは静かなんですね」
「そう。ここは、これから社会に出て忙しい時間を過ごす前に、記憶と心の整理をする場所」
「…………壮大」
「そして、記憶をたどっているうちに、借りパクした消しゴムの事を思い出して苦悩する場所」
「ちっさ」
物静かなくせに。
ジョークというものをよく分かっている先輩が。
焚火に薪をくべながら。
ちょっと真面目に語りだす。
「炎の中にはね。忘れかけた過去の記憶が映し出されるんだってさ」
「おお。なんか、分かる」
「君たちも、そんな気持ちで炎を眺めるといい」
奥深い言葉にため息をついた三人が。
ちょっと細めた目で炎を見つめる。
みんなの中に去来するのは。
寂しかった思い出だろうか。
楽しかった思い出だろうか。
「はーい! 焼けたわよー!」
「やたっ!! ぼく、一番大きいの!」
「頂きます。……おお、いい香り」
「にゅーっ!!」
「…………ええい、この花より団子三姉妹」
自分を映す鏡と向き合えるせっかくの時間も。
よく揚がった細長いドーナツ的なものから漂うシナモンの香りよって吹き飛んだ。
「たっぷりピーナッツクリームとはちみつ垂らして……! にょー!!」
「うん。美味しいです」
「にゅ」
チュロスひとつでこの騒ぎ。
いやはや、こいつらつれて歩くの恥ずかしくなってきた。
「お前らは、この炎見てなんも思い出さなかったんか?」
「ううん? ぼく、早速思い出したよ!」
口についたピーナッツクリームを舐めながら。
元気ににょが語りだす。
「場所は思い出せないけど、すごくうれしかった思い出! チュロス食べたいってわがまま言ってたら、かずやが作ってくれた!」
「彼氏!?」
「パパ!」
ああびっくりした!
親父さんを名前で呼ぶ子、確かにそれなりいるけどさ。
「いや、炎見て思い出すんだろが」
「しょうがないじゃん。こっち見て思い出したんだもん」
「じゃあ、これ見たら、なにを思い出す?」
「にょー!! 焼きりんご! 初めて食べる!」
「残念。先輩、こいつはハズレだったみたいだから食わせなくていいです」
膨れて暴れるにょにポカポカ殴られている間に。
みんなの手に渡った焼きりんご。
すると今度は。
焼きリンゴを手に、にゃが優しい笑顔でため息をついた
「まさかお前もか」
「うん。焼きリンゴ、ママが苦手でさ。懐かしい」
「へえ、お母さんか」
「いや、同級生のあだ名」
「ややこしいわ!!!」
「どうしてるかな……」
お前らさ。
なんで食い物ばかりに反応する。
しまいには、にゅまで。
先輩に渡された皿の上の物を見つめて固まっちまったんだが。
「にゅー、今度はお前の思い出か。……え? ちょっと待てお前、なんで泣く!?」
タレ目から、涙をぽろぽろ流し始めて。
一瞬、周りの空気が凍り付きはしたものの。
いや。
その。
「ほんとちょっと待て! 一体、お前が手にしたその焼きスルメにどんな思い出があるんだ!?」
「にゅー」
「いや、悲しい顔向けられてもな!? お前の中ではいろいろあるんだろうけど! ほんとごめんなさいなんだけど! 俺にはおもしろにしか見えない!」
誰もが、涙の訳を察して静かにしていたいと心に抱きつつも。
肩を揺すって笑いをこらえる拷問タイム。
それぞれの記憶。
それぞれの幼少期。
それぞれの時間歩経て。
今、ここに同じ炎を囲む。
それは察してやりてえんだが。
なぜみんな食い物。
そして。
なぜスルメ。
「あ、あたしも思い出した……」
そして。
いつもの右隣から聞こえた呟きは。
透き通った普段の声より。
ほんのりビブラート。
秋乃の目には。
涙が溜まっていた。
「待て待て。お前はなにも食ってねえだろうが」
「食べ物じゃなくて……」
そうか。
お前だけが。
炎の中に、忘れかけた過去の記憶を見つけたのか。
ぱちんと爆ぜた火の粉が渦を巻き。
焚火の横に置かれたバケツに落ちて。
短い声と共に、また過去へ帰る。
秋乃の思い出。
涙を伴う思い出。
俺は、炎の中からよみがえった秋乃の昔話を聞こうと。
鼻をすすった秋乃の、オレンジ色に映えた口元を見つめた。
「小さなころ、そんなバケツで水を汲んで、おもらしをごまかした……」
「うはははははははははははは!!! バケツの方かい!!!」
「しかも、春姫をそのベッドに寝かせて犯人偽装……」
「赤んぼがバケツ一杯分おもらししたら大惨事だ!」
「お母様、気絶してその場で失禁……」
「うは……、いや笑えねえっ!!!」
とうとう零れた涙と。
いつまでも続く懺悔のごめんなさい。
泣いて謝ったところでしょうがねえだろ。
ちゃんと白状して、しばらく二人に優しくしろ。
……でも、あの二人のことだからな。
懐かしい思い出話に花を咲かせて。
そんな悪行なんか。
文字通り。
笑って水に流してくれるだろうさ。
「……そういえば、ぼくにもおもらし誤魔化すのにバケツ使った記憶が?」
「いや、私も……? いやいやそんな馬鹿な」
「にゅ…………」
「うそだろ?」
そっくりな四姉妹の告白に合わせて。
まるでずっこけたように。
焚火が大きく割れ爆ぜる。
四姉妹が出向く先では。
いつもこうして。
全員が腹を抱えた思い出が。
作られていくようだ。
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