清掃デー


 ~ 四月二十二日(木) 清掃デー ~

 ※雨過天晴うかてんせい

  悪かった状況が良くなる様子。




 結局、昨日のディナーでケンカしてから。

 ホテルで一泊して。

 今までずっと。


 気まずいまま過ごす、にゃにゅにょ。


 そんな彼女たちを心配して。

 なんとかしてあげようと、まる一日必死にもがいたやつがいて。


 一年生の教室に入って。

 マジックショーを始めたり。

 紙芝居を始めたり。

 落語をしたり、歌を歌ったり。

 ダンスに詩吟に実演販売。


「空回りにもほどがある」

「な、仲直りして欲しくて、頭、たくさん捻った……」

「結果?」

「お、お捻りたくさんもらった」

「返してこい今すぐ」


 気付けば、新入生の間で。

 お笑い芸人目指しているならその美貌とスタイルをよこせと。


 ひどい陰口をたたかれるようになった不憫な子。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 ホテルから直行だったせいだろう。

 飴色のさらさらロング髪を、今日は久しぶりにストレートに落として。


「ば、万策尽きた……」


 涙目で三人を見つめながら。

 肩を落としているんだが。


 そんなこいつの気持ちにめんじて。

 俺も、頭を少し捻ってみようかと。


 クイズ研究会との約束を反故にして、みんなをつれてきたのは。


「にょー!? きたな……」

「うそでしょ……」


 埃まみれの物置状態。

 ここは、しばらく使われていない空き教室だ。


 機嫌が悪いのにこんなものを見せられて。

 拗音ようおんトリオは揃ってうな垂れているんだが。


「似合ってるじゃないか、割烹着」

「ぶかぶかでサイズ合ってないよ!」

「ここを掃除しろっての? なんか罰ゲーム……」

「にゅ」

「こらこら。そんなこと言ったら、先輩たちに失礼だろ?」


 でも、俺の心配など杞憂に過ぎなかったようで。


 罰ゲームなんて言葉は気にもせず。

 先輩方も、三人の可愛い姿に目を細めていた。


「ていうか! ぶかぶかなのが逆にいいっていうかだぜ!」

「そだねー。マスクで顔がほとんど隠れてかわいー」


 昼休みにアポイントを取って。

 急きょお邪魔させていただいたのは。


 これまた他に類を見ない。

 お掃除愛好会。


「すいません、急にお邪魔して」

「ていうか! 本日は僕ら清掃愛好会の体験会にご参加ありがとうっていうか!」

「そだねー」

「みんなでここをピカピカにしようっていうかだぜ!」

「そだねー」


 やたら元気な男子割烹着と。

 相づち担当の女子割烹着。


 その他二人ほど、愛好会の皆さんがいるけど。

 じゃあ、もともとは四人でここを綺麗にするつもりだったのか?


「いやはや、足を引っ張らないと良いんだが。……特に、にょが心配」

「失礼な!! でも、教室掃除なんてやったことないからぼくも心配!」

「じゃあ失礼じゃねえじゃんか」

「しゅりの学校じゃ掃除しなかったんだ。私は経験あるけど……、ゆあは?」

「にゅ」

「……どっちかわかんないよ」

「にゅ?」


 なぜ伝わらない?

 そんなニュアンスのにゅを口にしたにゅ。


「ややこしい」

「え?」

「いやこっちの話。それより、エンジンはいい感じだな」


 日替わり自分探し。

 でも、お前の本質は変わらない。


 今にも箒を手にして。

 れれれと走り回りそう。


「そ、そんなことない……、よ? みんなのこと、心配だし」

「誤魔化さなくていい。それより、なんとかしてえと思うなら、是非とも自分勝手になってくれ」

「え?」


 きょとんとした秋乃が。

 首をひねっている間にも。


 先輩たちは整列して。

 みんなを前に、掃除開始の挨拶を始めた。


「ていうか! 部屋が綺麗なら心がきれい! 町が綺麗なら人類がきれい! 世界が綺麗なら地球がきれい! ってわけで、まずはこの教室からはじめようか!」


 先輩の言葉に、生返事をしようとした拗音トリオが吸った息が。

 秋乃の大声を聞いて行き場を失う。


「はい! 始めましょう!」


 そして言うが早いか。

 窓際の、一番後ろの席に飛びつくと。


 うひーうひー言いながら、楽しそうに磨きだす。


 そんな姿を見て笑いながら。

 愛好会の皆さんも。

 楽しそうに掃除を始めると。


「みてここ! 綺麗になった!」

「ていうか! 君は才能あるねえ!」

「そだねー」

「次は……、窓掃除教えてください!」

「いいよー」


 誰もが躊躇するような嫌なこと。

 それを楽しくこなすことがどれほど大切か。


 この愛好会に声をかけて正解だった。


 ……秋乃は。

 誰より楽しそうに、嬉しそうに。


 ほこりにまみれて、汗をかいて。



 そんな姿が。

 やっぱり一番美しい。



「ははっ。変われっつったりそのまんまがいいって言ったり」

「え?」

「うるせえ。俺にも窓掃除の仕方教えろ。お前にばっか、そんな楽しそうなもん取られてたまるか」


 こんなみんなの姿を見せられて。


 黙っているほど、こいつらは悪い子じゃない。


 単純なにょは、一緒に楽しそうに掃除を始めて。

 聡いにゃは、俺たちの気持ちに微笑んで。

 よくわからんにゅは、……まあ、笑ってるからいいか。


「あ! お前らまで俺の窓を横取りする気か!?」

「にょー!! 先輩のじゃないですから! ぼくが一番きれいにしてみせます!」

「じゃあ、もやもやと一緒に綺麗にするかな」

「にゅ!」



 ……ほらみろ。

 やっぱりお前ら、そっくりじゃねえか。


 みんな、仲直りしたいのに。

 きっかけがつかめないで。


 もやもやとしたまま。

 随分長い時間過ごしてたみてえだな。


 そんな気持ちも。

 部屋のほこりと一緒に。


 綺麗さっぱり洗い流せばいい。



 気付けば、楽しそうに協力し合って。

 掃除を続けている三人娘。


 俺が、そんな姿を見ながらほっと胸を撫でおろしていると。


 秋乃がいつもの横に立って。

 くすりと声を漏らしながら。


 優しい笑顔を俺に向け……。




 両鼻の穴。

 真っ黒。




「うはははははははははははは!!! なるかそこまで!!!」

「頑張ってくれたご褒美……」


 ちきしょう。

 俺の計画にはすぐに気付いたくせに。


 お前はなんにも分かってねえ。



 ……それ。

 俺には、褒美にならんのだ。

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