駅伝誕生の日


 ~ 四月二十七日(火) 駅伝誕生の日 ~

 ※雄弁は銀、沈黙は金

  弁が立つことは大事だけど、口を閉ざす

  頃合いを心得ることはもっと大事




 人は。


 なぜ走るのか。


「ひい……、ひい……。にょーっ!! ぼくは激怒した!!」

「ふう……、ふう……。なんでこんな目に……」

「にゅ……、にゅ……」


 心と体。

 健全にするために。


 心と体。

 双方に鞭打つ。


 それが走るという事ならば。

 人が走る理由は。

 自ずと知れる。


「最初に説明したろ」

「なにをさ!」

「絶品のフロマージュを食べるためだ」

「電車使えばいいじゃん!!」


 今日は陸上部の連中を言いくるめて。

 そこそこ有名な店のケーキを食べるというおまけつきで。


 勝手に練習メニューをロードワークに変えて。

 俺たちも、そこに混ざっているんだが。


 拗音ようおんトリオが口々に文句を言うせいで。

 引率の副部長さん。


 ショートヘアーの先輩が、とうとう怒り出す。


「電車だぁ!?」

「だって! 走っていく意味無いよう!」

「目的地への近道は電車でしょうけど、美への近道はこっち!」

「うらめしい!!」

「舞浜さんを見なさい! 足の速さと美は比例するの!」

「うらやましい!!!」


 山に登った時にも思ったけど。

 こいつら三人、体力なさすぎ。


 でも、登山の時は、にゃが一番速かったけど。

 平地じゃ、お前が一番速いのな。


「お前だけだな、文句言わずに走ってんの」

「…………にゅ?」

「今のは、文句なの?」

「にゅ」


 拗音トリオの『にゅ』担当。

 錦小路にしきこうじゆあ。


 もう、結構長い付き合いになるが。

 未だに意味がわからん。


「今更なんだが、なんでお前は『にゅ』しか言わんのだ。不便なこと沢山あるだろうに」

「にゅ?」

「ぜえ……、ぜえ……。そんなことないよ? ゆあ、それで得してること多い」

「はあ……、はあ……。その通り」


 にょとにゃが否定するけど。

 そんなバカな話はねえ。


 絶対しょっちゅう。

 不便してるはずだ。


「ねえせんぱい。なんで今日は陸上部なのさ」

「そうだよ。今日、クイズ研究会に行く予定じゃなかった?」


 そう。

 この間、ドタキャンしたからな。


 改めてアポイント取って。

 お邪魔することになってたクイズ研究会。


 今日もキャンセルしたばかりか。

 ことわりの連絡もしてないわけなんだが。



 それも当然。


 だって。



「ぶ、文科系の見学ばっかりだったから……。たまには運動したい……」

「もちろんだ」

「知らない所走るの、気持ちいい……、ね?」

「仰る通り」


 三人には悪いけど。

 ポニーテール様がそう言うんだ。


 俺はなんだってする。


「なんか、弱みでも握られたのかな?」

「それ以外に考えられないよね」

「にゅ」

「なに言ってるんだお前ら」

「だって、いつもと違う……」

「いつも通りだろ」


 なんだその顔。


「俺がいつもと違うはずねえだろ。なあ?」

「あ……。ここまでゆっくりペースなら、これ、いらないかも……」


 そう言いながら。

 ポニーテール様が髪ゴムを外すと。


 そこに姿を現したのは。

 舞浜まいはま秋乃あきの


「おいこら。それを外すなんてとんでもない」

「そんなことより、ゆあちゃん」

「ん? にゅがどうかしたか?」

「『にゅ』しか言わないの、不便だよ……、ね?」


 まあな。


 でも、本人が気にしてねえし。

 他の二人は便利だとか言うし。


 必要な時は普通に話すんだろうし。

 気にするまい。


「それより、なんでお前に付き合わされてみんなで走ることになってんだよ」

「立哉君、別人格の時と記憶は共有しないパターン……、なの?」

「何の話だ?」

「サークルミステリだと、せっかく真面目に推理してた人に悪いからやめた方がいい……」

「だから何の話だよ!?」


 急に現れるなり意味不明なことばっか言いやがって。

 毎朝のジョギングより遅いペースだから暇なのか?


「このスピードに飽きたんなら、お前だけ先頭グループと一緒に走ってこい」

「み、みんなと一緒がいい……、かも」

「だったら俺と話してねえで、みんなの応援でもしてろ」

「じゃあ、みんな。伝言ゲームしながら行こう?」

「余計に邪魔っ!!!」


 ああ、何となく分かったかも。

 こいつ、誰よりも他人思いなくせに。

 自分の物差しで考えちまうんだ。


 疲労困憊な三人組。

 余計な体力使いたくねえはず……。


「やる! 気がまぎれるならなんでもいい!」

「食いつくんだ」

「待ってね? 凄い長い文章考えるから……」

「しゅり。自分で答え合わせできなくなるからやめとけって」

「ほんとだ。じゃあ、ボクが知ってる一番長いものの名前を……」


 ぜえぜえと息をつきながら。

 にょが、凝った文言を考え出す。


 このパターン。

 山登りとか長距離走してる時によく見るやつ。


 長い間、考えてるうちに飽きて。

 結局やらねえってオチだろう。


 しかしそんなにきついかね。

 ちょっとは運動した方がいいぞお前ら。


 まあ、他人に運動を強要するなら。

 まずは自分からか。


 でも。

 引率として、こいつらを放っていくわけにもいかねえし。


 どうやって激しいトレーニングにしようか。


 ……秋乃をおんぶして走るかな?

 でも、そんなこと言ったら。


「重いって言う気かとか、勘違いして怒りそうだな。……おわっ!?」


 すっかり離れた三人組のそばにいたはずの秋乃が。

 すぐ横にいたから大慌て。


 やばい。

 聞かれたか?


 こいつ、頭の回転が俺と同じだから。

 きっと今の独り言ですべてを察する。


 そんな秋乃が、すっと寄って来て。

 真剣な表情で何かを言おうとしてきたから。


 俺は速度を上げて引き離す。


 それでもあきらめずに追いかけてくる秋乃。

 さらにペースを上げる俺。


 近付いて来る秋乃。

 全速力の俺。


「ウソだろ!? お前、そこまで速かった!?」


 いや、秋乃が速くなったんじゃない。


 ここんとこ、ジョギングをお前のペースに合わせてたから。

 俺の方が遅くなってたのか!


 とうとう先頭グループまで追い抜いて。

 必死に歯を食いしばって走る俺の耳元に。


 とうとう、秋乃の口が並ぶ。


 これはもう謝るべきなのか?

 でも、重いって思ったわけじゃねえんだ。


 いやでも謝ったらそれで終わりな気もするし。

 いやいやでもほんとにそんな事思ったわけじゃなく!


 全力で走りながら。

 必死に考えてみたが答えは出せず。


 そんな俺に。

 秋乃がとうとう。


 一つの言葉を口にした。




「…………にゅ」




「うはははははははははははは!!! 伝言ゲームかい!!!」


 あいつ挟んだら全部それんなるわ!

 うはははは!!!


 全力ダッシュの後、大笑い。

 制御が効かずに腹筋がものすごくいてえ。


「く、くるし……! 息が……!!!」


 そんなこんなで。

 俺は、念願通り。


 しばらく腹筋の痛みに耐えなきゃならんほど激しいトレーニングが出来た。



 それにしても。

 やっぱ不便じゃねえか。


 ……にゅ。


「うはははははははははははは!!! いたたたたたた…………」

 

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