ジャムの日


 ~ 四月二十日(火) ジャムの日 ~

 ※食客三千しょっかくさんぜん

  沢山の客人を家に住まわせもてなす




 普通。

 平均。

 出ない杭。


 そんなものを求めるのが当然だろうと思って。

 そっくりだよなと言ってみた。

 にゃにゅにょの拗音ようおんトリオ。


 この間は、すげえ怒られたけど。

 でも、俺にはそっくりに見えるんだよな。


「違うよ? 三人共、ぜーんぜん違うよ?」

「そうか?」

「うん! すっごい違うよ!」

「それはいいんだが、お前、今日のは……、いや、もう何と言うか……」


 今日の日替わり定食は。

 妹キャラ。


 毎日、なりたい自分探しを続けるこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のさらさらロング髪を二つに結わえて。


 椅子に座って、足をプランプランさせたいようなんだが。


 長すぎて床に付いちまうから、前に投げ出して揺らすしかなく。


 まるでかっけの検査。


「あたしにも作って!」


 そして、隣に座ってた、拗音トリオのマスコット。

 にゅ担当、錦小路にしきこうじ ゆあちゃんに。

 妹っぽくせがんでみると。


 ゆあちゃんは、上目遣いにしばらく秋乃を見つめて。

 両手で掴んでもふもふ齧ってたロールパンをお皿において。


 ジャムロールを作ってあげようとし始めたんだが。


 ロールパンの切れ目にジャムをうまく塗れずに外側ベッタベタ。

 手にも皿にもベッタベタ。


 しかも、そんな作業を。

 口の周りをベッタベタにしたままやられたら。


「……勝者、にゅ」

「にゅ?」

「は、敗北を甘んじて受け入れるから! あたしが作るジャムロール食べて!」

「にゅ?」


 左右に座る俺たちに。

 何を言われているのか分からない様子のにゅ。


 そんな姿を見て。

 正面に座ったにゃとにょが苦笑い。


「わかる。食べ物あげたくなるんだよな、ゆあには」

「うんうん! マスコットがいない遊園地並み!」

「……通訳」

「今のはさっぱり分からないや」


 ――のどかな時間。

 呑気な笑い声。


 昨日とは打って変わって。

 優雅なお茶会を楽しむ俺たち。


 本日は。


「さあ、こちらのジャムも試してごらんなさいな」

「変わった香りですね。……ん! 美味い!」


 やたら優雅なお嬢様風の三年生女子。

 たった二人が所属する。


 ジャム愛好会にお邪魔している。


「楽しんでいらっしゃる?」

「うん! ぼく、ここのお家の子になりたい!」

「あらあら、入会希望?」

「しゅり。食べるんじゃなくて、作る部活なんじゃないかな」

「あ、そっか。マリアナ海溝った」

「今のは、ものすごく間違ったって意味」

「通訳ご苦労」

「にゅ」

「あら残念」


 俺たちをもてなしてくれるお二人は。

 可愛い一年生たちに自慢のジャムを振舞いながら、優雅にクスクスと笑っているんだが。


「……立哉君」

「ああ、そうだな」


 そんな空間を台無しにする、布パーティションの向こう側。


 サバゲ同好会から、粗野な笑い声が響き渡るたび。


 雰囲気が台無しになる。


「何ともはや……。もっと静かなとこと相部屋になると良いのに」

「いいえ? 私たちが望んで一緒にしてもらっているのです」

「え?」


 あまりにも意外な返事に。

 一同揃って、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で先輩を見つめていると。


「私たちの愛好会は、意外性をモットーとしているのです」

「はい。ジャム作りには、意外性が必要なんですよ」


 すました顔で、そんな返事をされた端から。

 また、お隣りから聞こえる。

 幼稚な下ネタからの容赦のない笑い声。


「そうは言っても……」


 釈然としない気持ちを、上手く言葉に出来ず。

 エアガンの整備音にかき消されるように、反論を飲み込んだ俺だったが。


「ふふっ。意外な発想と言えば、先ほどあなたが美味しいと仰ったジャムの材料は……」


 余りにも衝撃的な言葉を聞いて。

 大声をあげることになっちまった。


「松ぼっくりです」

「意外~!!!」


 え? え?

 そんなバカな!?


 俺は改めて香りを嗅いでみたんだが。

 言われてみれば、ほんのり松ぼっくり。


 一年生も秋乃も。

 仰天しながらそんなジャムを味見していたんだが。


 さらに追い打ちをかけられた。


「こちらの食材でお好きなロールサンドを作って下さい」

「おお、ハムにチーズにレタスに……」

「マスタード、マーガリン、ジャム……? ん? 先輩、これは?」

「マーマレード・マヨネーズです」

「「「意外~!!!」」」


 なんじゃそれはと試してみると。

 これも想像を超えた未体験の美味。


 なるほど、意外性の大切さは分かったんだが。

 でも、だからと言ってサバゲと一緒というのはいかがなものか。


 そんな、眉根を寄せた俺の耳に。

 布一枚越しに聞こえた野太い声。


「ジャム!!!」


 もちろん、一般知識無しの秋乃は。

 これを聞いて、わたわたし始めた。


「おちつけ」

「で、でも、ジャムロール作って渡さないと……。撃たれる……」

「そうじゃねえよ。今のは、銃の専門用語で弾詰まりって意味」

「……と、思うでしょ?」

「え?」


 きょとんとする俺と秋乃の目の前で。

 先輩は、あっという間にロールパンへジャムを塗ると。


「そーれ」

「投げたっ!?」


 パーティションの向こうへ。

 パンを放り投げてしまった。


 もう、何度目になるのか。

 意外な光景に、俺たちは口をぽかんと開いたままにされていると。


 短い感謝の言葉と共に。

 布の上から返って来たものは。



 デザートイーグル Mark XIX。



 そして巨大なモデルガンを両手で受けた優雅な先輩は。

 流れるようにグリップを左手で下から支えた見事な射撃姿勢をとると。


「手をあげろ! 撃たれたくなくば、全員に入会してもらう!」

「うはははははははははははは!!! 意外過ぎる!!!」


 意外性を追求するジャム愛好会ならでは。

 想像を超えた笑いまで頂戴することになった。



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