エスプレッソの日


 ~ 四月十六日(金)

   エスプレッソの日 ~

 ※牛は牛れ、馬は馬

  似た者同士は集まりやすく。また、

  そんなあつまりは、万事うまくいく。




 緑の山を越えて。

 たっぷりとマイナスイオンを吸い込んだ春風が。


 白いつば広帽子に白いカーディガン。

 そんな少女へまとわりつくと。


 飴色の髪を数本透いて金色に染めると。

 北を目指して飛び去った。


「まあ、可愛いとは思うけど」

「あら? 意地悪な言い方をなさるのね?」


 自分探しの旅の途中。

 学校中の笑いものになっているこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のさらさらロング髪を。

 アニメで見かけるような三つ編みにして、真っ赤なリボンで結んで。


「ツイストっていうのよ?」

「聞いてねえし心を読むな」


 今日は欧風イメージ。

 草原の少女だそうなんだが。


 いつまで続くんだよ、その日替わりコスプレ。


 とはいえ、昨日のお化けメイクと比べれば。

 今日のは見れる。

 いや、むしろ可愛い。


 ヨーロピアン・アンティーク。

 背もたれの格子がヴァイオリンの模様になった、白い椅子に腰かけながら。


 ペリーニのエスプレッソカップへ白い指を絡ませる。


 午後のひととき。

 贅沢な時間。


 カップから立ち上る香気に顎をくすぐられながら瞳を閉じて。


 瞼の内に広がる、春の花園。

 幸せな景色に緩んだ口元へカップを運ぶと。


 少女とばかり見えていた彼女の瞳から。

 不意に大人びた涙が一滴。


 そして。


 ドキリとするほど大人びたトーンで。

 ぽつりと、胸の内を零れ落とした。




「にが」




 ――今日もかなりの変わり種。

 お邪魔しているのは、エスプレッソ愛好会。


 コーヒー愛好会から、ケンカ別れ同然に独立したこのクラブは。


 たった二人の二年生で構成されていたりするんだが。


「急に押しかけてすまん」

「いやいや、喫茶店代わりに使う連中もいるくらいだ。これからも気軽に寄ってくれ」


 そんな自由な雰囲気で迎え入れてくれるこの同好会だが。


 唯一の不自由。


 会員が淹れるエスプレッソ以外、口にしてはいけない決まりになっている。


「ウンチクとか、こだわりとかないのか?」

「無いよ。エスプレッソが好き、ただそれだけの同好会だから」

「うん。他のものを飲み食いしなければ、騒いでくれても構わない」


 落ち着いた物腰。

 ちょっと低めのトーンで話す二人。


 そのせいで、借りてきた猫みたいにしてた一年トリオが。


 騒いでいいという言葉を聞いて、ようやく止めていた息を盛大に吐き出した。


「よ、よかった……。物音一つ立てちゃいけないのかと思ってたから……」

「うん。おなかが鳴っちゃったとき、叱られるとおもってびくびくしてたよ」

「にゅ」

「そんなはずないじゃない! さあ、おねえさんと一緒に歌いましょ! 草原の四姉妹として!」


 不憫なほどに嫌われた秋乃が。

 今日も元気に一年トリオに手を差し伸べるが。


「……迷惑そうです。おやめない」

「なんでっ!?」


 なんでも何も。

 お前、三人に怖がられるようなことしかしてねえんだ。


 丁重に、椅子ごとガガガと離れてお断りするのも。

 当然だと思う。



 でも、ゆっくり付き合えば。

 三人とも、いつか秋乃に懐いてくれる。


 そんな思いで見つめた一年生トリオ。


 一週間ほどの付き合いで。

 ずいぶんと印象が変わった。



 最初のころは。

 びっくりするほど性格が違う子達だと思っていたんだが。


 俺にはなんだか。

 三人がそっくりなんじゃないかと感じ始めて来た。


 落ち着いた長女と。

 騒がしい次女と。

 愛玩動物の三女。


 三者三様。

 まるで違う三人組。


 でも。

 やっぱ似てるんだよな……。


「じゃあ、次は君たちにも淹れてあげるね」

「甘めにするから、安心して」


 ちょっとかっこいい目のバリスタ二人からかけてもらった優しい言葉に、同時に頷くとか。

 楽しみにしてくすくす笑い合う仕草とか。


 感性とか。

 優しさとか。


 そのあたりが似てるのかもな。


「今日はしゅり、いつもの電車じゃなかったね」

「それがね聞いてよ朝起きたらね! ブロッコリーがひとくちかじられてて……」

「あ、分かる。セットに一番時間かかるやつ」

「にゅ」


 揃って、同じ猫っ毛天パーショート。

 悩みも一緒なんだろう。


 長女は金系。

 次女は赤系。

 三女は青のメッシュ。

 色だけは違うんだけど。


 でも。


「さ、どうぞ。目一杯甘くしたから飲みやすいはずだよ」

「わーい! いただきまーす!!」

「ご馳走になります」

「にゅ」


 返事はまったく違うのに。


「にが」

「にが」

「にゅ」


 結局。

 三人揃って舌を出す。


「お前ら、そっくりだな」


 思わずつぶやいた俺に。

 三人はそろって眉根を寄せるけど。


「お前もそう思うよな?」

「ううん? 似てないと思うけど……」

「あれ?」


 そうだそうだと騒ぐ三人。

 でも、絶対そんなわけねえ。


「だってさ。スケジュールにお前らの名前書くとき苦労したから」

「ど、どういうこと?」

「苗字の頭文字で区別しようとしたら、さんにんとも『に』だし」

「「「う」」」

「そ、そんなことでそっくりとか思わなくていいからね?」


 声を詰まらせる三人を

 秋乃は慰めようとしているが。


 そこだけじゃねえからな、共通点。


「暗い廊下で声かけようとしたら、似たような髪型で誰だか分らなかったし」

「「「う」」」

「い、今のも、立哉君の目がフシアナなせいだから気にしないでね?」

「しかもせっかく拗音ようおんちゃんってあだ名思いついたのに、にゅーとにょーじゃ、どっち呼んでるのか分からんし」

「「「う」」」

「お、落ち込まないで? 大丈夫、立哉君の発言にほころび見つけたから、反撃してあげる」


 さっきから、三人を慰め続けた守護天使。

 へろへろな槍先を俺に向けて来たんだが。


 反撃だと?

 この、理屈っぽくて面倒な俺様に勝てるとでも思ってるのか?


「ほほう。いうてみ? どこがほころんでるって?」

「三人の区別がつかないって言ってた……」

「ああ、そうだ。そっくりじゃねえか」

「にゅーとにょーじゃどっちも拗音ようおんちゃんって」

「おお」

「……なら、拗音ようおんと関係ない二岡さんだけは区別がつくはず! どうだ……!」

「「「「う」」」」


 ぐうの音も出ねえから。

 思わず、『う』って返事をしたんだが。


「なぜおまえらまで『う』?」


 首をすくめて申し訳なそうにする三人から。

 俺の疑問に、手を上げてくれた長女。


 二岡さんが。

 心底申し訳なさそうに。


 下を向いたままつぶやいた。


「…………わたくし、二岡におか丹弥にやと申します」

「うはははははははははははは!!!」

「ぷっ! …………ふふっ!」


 ただいまをもって。

 三人それぞれの呼び名と。

 ユニット名が決定いたしました。


 ……それにしても。


 俺ですら苦労するこいつを笑わせるとは。

 いい腕してんじゃねえか。



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